第10話 あっという間に騙されてたー!
とりあえず俺の部屋へアイを案内する。会議が終わったので家は俺とアイしかいない。リビングでも良かっただがアイが俺の部屋を見たいと希望したのだ。
俺の感謝を受けて元の素顔に戻るか心配になるほどにアイは笑顔のまま顔が固定されている。気にしないように振る舞う俺が部屋の扉を開けると招かざる客が俺のベッドに腰を下ろしていた。
「もう会議は終わったのかしら。私を待たせるなんてアユトも成長したわね。全くもって微笑ましいことではないのだけれど」
「おい。なんでお前がここにいるんだよ……」
不法侵入者は扉の前に立ち尽くす俺の姿を見ずに話を振る。まるで自分の部屋であるかのように長い足を組んで退屈そうに艶のある黒い髪をいじっていた。
「ほえっ。急に立ち止まるなんてどうかされましたか?」
俺の身体が邪魔となり部屋の様子が確認できない背後のアイは間抜けな声を出した。俺はアイの疑問には答えずに高嶺の花と称される整った容姿を睨む。
直感的に思う。戻っていたのなら会議に出席しろよと。
「一つ忠告しておくと会議で決まったことに依存しないほうがいいわよ。主人公とヒロインの行動はシナリオ通りに行くわけではないのだから」
「別に依存はしないが何も決めておかないわけにもいかないだろ?」
悩みを打ち明けてもいないのに勝手にアドバイスをされてしまう。確かに会議で決まった通りにいかない可能性もあるが会議に出ない理由にはならない。
そろそろ説教じみた言葉をぶつけてやろうと考えたが次の瞬間には背後から勢いよく突き飛ばされ床に腹ばいとなってしまう。
あまりの衝撃に視界一面が床だけとなり一瞬何が起こったか分からなかった。
「えー! なんで師匠がアユトさんの部屋にいるんですか!? またしても抜け駆けですか!?」
いつのまにむっつり女から師匠に格上げされたんだ。そしてアイの華奢な身体のどこにこれほどまで腕力があるのだろうか。
背中の痛みと床に顎を打ったせいで痛みに耐えていた俺は唸るように弁解した。黙って聞いているだけじゃこの二人のペースに巻き込まれるとすでに学習している。
「別に俺が招いたわけじゃない……こいつが勝手にこの部屋に居たのだ。これが真実で紛れもない事実なのだ」
「私は同じ質問をツインテにさせてもらうわ。なぜ会議の参加者ではないツインテがここに存在しているのかしら? いえ。そもそもなぜアユトの背後にいたのかしら? 背後霊ごっこは時代遅れなのだけれど? 除霊師を呼びましょうか?」
マユミは俺に同情すらせずにアイに問いかけた。なぜアイをツインテと呼んでいるのかは気にはしない。
「私はアユトさんに配役をお聞きしようとここまで来たんですっ! 背後霊扱いしないで下さい! 私は生きていますー!」
どうやら二人揃って床に倒された俺を心配してはくれないようだ。うな垂れる俺は立ち上がる気力が徐々に失われていく。
「そういう理由ね。てっきりこの男の性欲処理に来たんだと思ってしまったわ。勘違いでほんの少しだけ驚いてしまったじゃない。あなたも悪い女ね」
マユミは床で情けなく四つん這いになった俺に片足を伸ばした。指をさしたのではなく足で伸ばしたせいでマユミのスカートの奥から純白の下着が垣間見ることとなった。
お前が白かよ。紫のほうが性格に合っている気がするのだが。
いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。変態の汚名を一刻も早く返上しなければならない。
「そっ、そんなことはしません! だってアユトさんの性癖はレベルが高すぎて私のこの未発達な身体では荷が重過ぎます……でも未発達ボディでも構わないのならアユトさん……私は覚悟が出来ていますよッ!」
アイは落ち込んだ表情から覚悟を決めた表情へ様変わりする。感情の変化が激しい。
アイ。目を覚ませ。お前はこの女の口車に乗せられているんだ。気づけ。自分の純粋さは危ういと。
「アイ……騙されるな。この女の言う事は全部嘘だからな。そして俺を変態扱いするのは頼むから止めてくれ」
「はえ……全部嘘……なんですか?」
背後から突き飛ばされたせいで痛む背中をさすりながら純真無垢の少女を諭す。
冷静に考えたら分かることだろうとアイの純粋さに吐息をつく。俺の知人で詐欺などに騙されやすい人ナンバーワンだ。
「何を吹き込まれたか知らないが誤解しないでくれ。俺はマユミが説明したような人間じゃない。頼むから冷静に考えてくれ」
悪女に洗脳されきっていたアイはまだ戸惑っている。アイは俺とマユミの交互に見つめた。
「そっ、そうなんですか師匠?」
「真実か嘘なのかはあなたの考え方次第でどのようにでも変化するわ。まぁ嘘ですかと問われれば嘘よと私は答えるのだけれど」
師匠と称されたマユミは不敵な笑みを浮かべる。部屋にはなにやら険悪な空気が流れる。
沈黙が続く中でアイは火照った顔を咄嗟に両手で隠した。
「だっ、だっ、騙されたー! 完全に騙されたー! あっという間に騙されてたー!」
真実を知らされ涙目になったアイは勢いよく走り出した。
階段を乱暴に駆けおり玄関が乱暴に閉められる音が響く。うわーというアイの声が次第には聞こえなくなったが、悲しみを含んだアイの叫びは耳に反響したまま残っていた。
「年下の女の子を泣かせるなよ。あと嘘をつくな」
「確かに少し調子に乗りすぎたわね。後で謝っておくわ……それとあの子の配役は私に任せてもらえないかしら?」
「……そうだな。だったらお前に任せるよ」
自ら任命責任を請け負ったマユミは何も言わずに立ち上がりそのまま歩き出した。「気をつけて帰れよ」と俺はその背中に投げかける。マユミは小さく頷いた。
二人が去った後、俺は部屋で一人きりとなる。
マユミは唯我独尊みたいな性格だが決して悪人ではない。アイの配役の件も謝罪の電話をするきっかけが欲しかったのだろう。たぶん。
俺は精神的に疲れた身体をベッドに預ける。
とりあえずこれからの会議はどう振舞っていこうかと考え出した。
頭を軽く掻いた俺は、寝返りをうつと何気なく壁に目をやった。するとアイの水着写真の横に見覚えのない写真が貼り付けられていた。
目を凝らしてよく見るとビキニ姿のマユミの写真だと分かった。マユミらしく紫の水着を着用しており大胆とまではいかないがよく似合っている。
胸のふくらみや腰のくびれなど大人びた身体を眺めながらマユミも大人になったなと父親のような感覚が押し寄せた。ただなぜ無表情なのかは分からない。
同時にあいつは一体何がしたいんだろうとマユミの奇行に頭を悩ませた。




