第1話 小さなガッツポーズ
初めまして竜宮です。
興味を持って下さりありがとうございます。
楽しんで貰えたら嬉しいですね。
足の踏み場もないほど散らかった床の資料。机の上は数ある小説がいつ崩れてもおかしくないほど不安定に山積みとなっている。
開けたままのノートパソコンの画面は暗く、窓から注がれる夕日のせいでほこりがゆらゆらと舞っていた。
仰向けで寝転んでいる俺は浮遊するほこりを見つめてベッドで寛いでいた。
長期の仕事を終えて一人暮らしのアパートに先ほど帰宅したのだ。そのままベッドに疲れた身体を預けてしまうのは仕方がない。
台本や仕事の資料で散らかっている部屋を見渡す。掃除しなければならないことは頭では分かっているが今は掃除をする気分ではなかった。
仕事が終わった解放感、いい仕事をしたという満足感で心は満たされている。とりあえず掃除は後回しにして今はやり遂げた余韻に浸っていたい。自分を甘やかしてあげたい。
達成感にどっぷり浸ろうとしていると玄関のチャイムが俺の静寂を壊した。
なんだろう。少しの間だけでも寛いでいたい気分だったので急な呼び出しはかなり憂鬱だった。
少し尖った声を出しながら「どちら様ですか?」と言葉を投げる。
玄関の扉を開けると黒のスーツを着た男性が立っていた。よく見ても知らない顔なので初対面には違いない。誰だろうと警戒心を高めていると男性が遠慮がちに尋ねてきた。
「アユト様のご自宅でお間違いないでしょうか?」
低くていい声だ。声の印象だけだと優しい大人のような気がする。女性にモテそうだ。
「俺がアユトですが……なんの御用でしょうか?」
「私は脇役協会の者です」
男性は名刺を丁寧に俺に見せた。そして俺はぎこちなく名刺を預かる。脇役協会とは俺の所属している組織だ。簡単に説明すれば仕事先である。
「お届け物です。こちらとこちらにサインをお願いいたします」
男性は落ち着いた口調で大きめの封筒を差し出してきた。「分かりました」と俺はいつものようにすらすらとサインする。
直筆のサインをしっかりと確認した男性はそれでは失礼しますと端的に礼をしてアパートの階段を下りていった。
扉を閉め部屋に戻ると封筒の差出人を確認する。印刷された文字は脇役協会と明記されていた。
封筒を手で破ると高級感のある用紙が封入されていた。手触りが他の紙と全く違う。
内容を確認した瞬間、指が震えて紙が小刻みに揺れる。
興奮を押さえられない俺は自然と声が溢れる。
「マジかッ! ついに俺も!」
頬が緩むのを抑えることが出来ない。自然と拳を顔の高さまで上げて強く握り締めていた。
「よしっ!」
誰かに自慢したい、誰かに伝えて凄いと言われたいという衝動に襲われる。自分以外の人間に褒めてもらいたいという欲望が抑えきれないのだ。
急いでズボンのポケットに入っていたスマホを取り出す。
流れる手つきで電話帳の人物名をタッチして耳に当てる。呼び出し音が鼓膜に響く。軽快なテンポで刻む心臓の鼓動。そしてついに呼び出し音が止まる。
ただいま電話に出ることが出来ません。
無機質な声で繰り返されるアナウンスは俺を落胆させる。
せっかく最初に教えてやろうと思ったのに。本当にあいつは使えない。
悪くもない相手に軽い皮肉を言いながら俺はスマホをベッドに投げた。連絡した相手が仕事をしているのは分かってはいる。理不尽だと分かっていても文句が言いたくなる。本当に不思議だ。あいつに対してだけなのだろうか。
客観的に自分を判断していると少し冷静さを取り戻していく。
ふわふわした気分が霧散すると、次はどうしようもなく心配になってきてしまった。
本当に見間違いじゃないよな。俺は臆病という暗闇に感情を侵食されながら恐る恐るその文字を確認する。
アユト様を脇役ランクAに認定いたします。
両手にしっかりと掴んだ紙には何度見ても同じ言葉が並べられていた。夢じゃなかったことに濃度を高めた吐息をつき、俺は拳を強く握りガッツポーズをした。




