第96話 不穏な流れ。
リレーで勝利したC団は、その勢いをそのまま次の種目、さらにその次の種目へと繋げるようにして高順位を取り続けていたが、一ノ瀬会長率いるA団もまた負けず劣らず、着実にポイントを積み重ねていった。
その結果、現在の順位はA団180ポイント、C団175ポイント、B団120ポイント、D団110ポイントとなり、上位二団が僅差で競り合う形となっている。
残す種目は、学年全体で行われる”全学年対抗の綱引き”と”全学年男女混合リレー”の二つのみであり、この結果がそのまま体育祭の勝敗を決定づけることになる。
だが、それらの決戦の前に一度区切りとして昼食の時間が設けられ、その後には各団による昼の応援が披露される予定だ。俺は昼の応援には参加しないため、どんなパフォーマンスが見られるのか純粋に楽しみにしているのだが、その前に生徒会として軽い業務が残っているため、昼食後は生徒会室へ向かう必要がある。
そして現在、俺は雪と咲の三人で昼食を取っていた。
「てか、悠真は家族のところで食べなくていいの?みんな来てるんでしょ?」
「うん、大丈夫。向こうで食べると解放されるまで長くなりそうだし、この後は生徒会の仕事もあるから、ここで済ませた方が効率がいいんだ。体育祭のことは家に帰ってからゆっくり話すつもりだしな。それより、雪の方はどうなんだ?家族は来てるのか?」
「いや、ママは仕事で来れないって。パパの方は‥‥来るはずもない。」
その言葉に、俺は一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「そうか‥‥悪い。」
「ううん、全然だよ。もうだいぶ前のことだし、今は本当に気にしてないから。」
そう言って雪は笑みを浮かべるが、その目だけはわずかに陰りを帯びていた。
雪の家族は、俺たちが離ればなれになる少し前に父親の浮気が原因で離婚している。それ以来、雪は父親と一度も会っておらず、今どこで何をしているのかも知らないらしい。
自然と場の空気が沈みかけるが――
「家族なんて来ても良いことがないわよ。」
その空気を断ち切るように、咲が淡々と口を開いた。
「私なんて、あえて体育祭の日を嘘の日にして伝えて、来ないようにさせたわ。あの両親が来たら、碌なことにならないもの。」
「いやいや咲ちゃん??それはさすがに良くないと思うよ。確かにお父さんはちょっとぶっ飛んでるところはあるけど、それでも咲ちゃんのことをすごく大事にしてるじゃん。」
「あれはそういう次元を超えているのよ。今だに一緒にお風呂に入ろうとか言ってくるのよ?気持ち悪すぎるでしょ。あんなのに来られたら、余計なことをしていないかこっちが心配になるわ。」
その話を聞いた瞬間、俺は本気で「それはアウトだろ」と思った。
中学生の娘と一緒に風呂に入りたがる父親が現実に存在していることにも驚いたが、以前一度だけ会った咲の父親の性格を思い出すと、あながち冗談ではないのだろうと理解できてしまうのが余計に怖い。
母親にはまだ会ったことがないが、できればあの父親と同系統ではなく、もう少し常識的な人物であってほしいと心の底から願ってしまう。
そんなことを考えながら、俺たちは他愛のない会話を続けつつ昼食を進めていると――
グラウンド全体に設置されたスピーカーから、普段とは明らかに違うトーンのアナウンスが流れる。
「――全校生徒並びに来場者の皆様にお知らせいたします。」
それまでの賑やかな空気を押し切るように、落ち着きながらも緊張感を帯びた声が響き渡った。
「現在、校内において確認作業が必要な事案が発生しております。安全確保のため、競技は一時中断としています。」
ざわめきが一気に広がる。
「繰り返します。現在、校内で確認作業中の事案が発生しております。生徒の皆さんはその場を離れず、指示をお待ちください。」
その一言で、体育祭の空気が一変した。さっきまでの熱気は消え、代わりに張り詰めた緊張がグラウンド全体を覆っていく。
――何かが、起きている。
そして、その直後だった。
「――生徒会所属の生徒は至急、生徒会室へ集合してください。繰り返します、生徒会所属の生徒は至急、生徒会室へ集合してください。」
追加で流れたそのアナウンスに、俺は反射的に立ち上がった。
「悠真‥‥?」
雪が不安そうな声を漏らし、咲もわずかに表情を引き締める。
「悪い。ちょっと行ってくる。」
短くそう告げると、俺は二人に背を向けた。胸の奥に広がるのは、嫌な予感だった。
俺は生徒会室へと向かって走り出した。




