第93話 別の勝負。
借り物競争の出場者がグラウンド中央へと集められていた。
歓声とざわめきが入り混じる中、俺は軽く肩を回しながらスタート位置へと向かう。
借り物競争という種目は身体能力や足の速さはあまり重要ではない。この種目で一位を取るには、無難なお題を引く”運と判断力”が全てだ。どんなお題が出るかによって結果は大きく左右される。
お題が簡単なものであれば一位を取ることは容易い。そんな運の勝負に妙な緊張感を感じていた。
――と、その時。
「ふーん、白瀬も出るのね。」
聞き慣れた声が横から飛んできた。視線を向けると、そこには生徒会の相沢先輩が立っていた。腕を組み、どこか余裕のある表情でこちらを見ている。
「まぁ、ここに立っているということは、そういうことですね。」
「何、その変な言い回しは。すごい気持ち悪いわよ?」
「‥‥気持ち悪くて悪かったですね。素がこの喋り方なんですよ。」
「そう。まぁ、それはどうでもいいわ。私の認識では借り物競争って、運動が得意じゃない人が出るイメージなんだけど、もしかして白瀬は運動が苦手なの?」
やはり、来たな。いつもの相沢先輩の完全に煽りだ。
だが、その煽りに屈する俺ではない。ここで煽られっぱなしで終わっては、俺だけではなく団までなめられたことになりかねない。ここは強気に俺も煽り返してやる。
「さぁ、どうなんでしょうね。少なくとも自分は借り物競争にそういったイメージは抱いていないです。でも、相沢先輩の借り物競争へのイメージが正しいなら、運動が苦手なのは自分じゃなくて相沢先輩なんじゃないですか?
現に相沢先輩のD団は最下位ですし?この借り物競争でも少しでも良い順位を取って、最下位を脱出できるといいですね?」
俺の言葉に相沢先輩の口元と眉がピクピクと動いており、明らかに効いていることが分かった。その表情を見ることができて、とても満足だ。
「‥‥あんた。面白いことを言うのね?なら、こうしましょう。この競技で低い順位を取った方が相手のお願いを一つ聞くっていうのはどう?」
「‥‥本気ですか?」
空気が一瞬だけ張り詰める。周囲のざわめきとは別に、二人の間には静かな火花が散っていた。
「もちろんよ。何、あれだけのことを言っておきながら、負けるのが怖いの?」
「いいでしょう。同着だった場合はどうしますか?」
「それは‥‥ノーカンでいいでしょ?」
「分かりました。その勝負、お受けします。」
短い沈黙。しかしその緊張を断ち切るように――
「――出場者、位置についてください!!」
係の声がグラウンドに響いた。
張り詰めていた空気が一気に切り替わり、俺は前を向いてスタートラインに足を合わせる。
――勝負だ。
「よーい‥‥」
全員が身を低くし、次の瞬間――
「ドンッ!!」
乾いた音と同時に、一斉に地面を蹴った。一直線に置かれた机へと駆け寄り、紙を掴み取って勢いのまま広げる。
「――は?」
思わず声が漏れた。
そこに書かれていたのは――
”好きな人”
――終わった。
頭が真っ白になる。いや、違う。これは競技だ。落ち着け、考えろ。周囲では既に何人かが対象を見つけて走り出しているが、俺だけがその場で立ち尽くしていた。
「‥‥ふざけてるだろ。」
こんなもの、どうしろって言うんだ。適当に連れていくわけにもいかない。かといって時間をかければ、その分不利になる。
脳裏に、いくつかの顔が浮かぶ。
――咲。
――雪。
「‥‥いや、待て。」
違う。これはそういう問題じゃない。これは“競技”だ。
だが――
「クッ‥‥!!」
考えている時間はない。選べ。今、この瞬間に――じゃないと”勝負”にも負ける。




