第56話 タッグマッチ④
転移の光が収まり、視界がゆっくりと開けていく。
渋谷ダンジョン――地下二層。
八王子ダンジョンのような洞窟型とは違い、ここはコンクリートで形成された人工的な通路が広がっていた。だが、その無機質な壁面には黒ずんだ染みのようなものが広がり、どこか湿った空気が肌にまとわりつく。
「‥‥空気が重いわね。」
隣で咲が小さく呟いた。
確かに咲の言う通りで、八王子のダンジョンとは違う“空気の重さ”を感じる。渋谷ダンジョンは、ダンジョンの中でも探索者が拠点にしている者が一番多い場所だ。その理由として、ドロップ品が美味しく、より多くの利益を得ることが出来るからだ。
もちろんメリットばかりじゃない。ドロップ品が良いということは、それだけ出てくる魔物も強い者が多く、ダンジョンの中では一番の死者と行方不明者を出している。
それが、渋谷ダンジョンだ。
俺は慎重に些細な物を見逃さないように、念入りに周囲を確認しながら進んで行く。
視界はそこまで悪くない。特にトラップがある感じもしない。危機感知に反応はない。ただ、呼吸をする度に喉の奥に薄い違和感が残るぐらい‥‥か。
「毒素‥‥かも知れないわね。渋谷は毒系の魔物の出現率が高いって聞いたことがある。」
「確かに‥‥その可能性はあるが、俺の危機感知に反応がない以上――魔物の攻撃じゃないと思う。咲はいつでも天啓を使えるように準備だけはしておいて。」
「分かった。」
八王子のダンジョンでは感じることが出来ない、不気味さと変なプレッシャーを肌で感じながら先へと進んで行く。
すると――コツン、と足音が響いた。
「‥‥反響してる。」
どうやら、進んで行くうちに通路が狭く、天井も低くなっていたようだ。そのせいで音が通路内を跳ね返り、位置を誤認しやすくなっている。
八王子のように、魔物の気配を頼りに戦う感覚は通用しないかも知れない。
「咲――天啓を発動して。」
「えぇ‥‥分かった。」
咲が目を閉じ、意識を集中させる。
数秒の沈黙の後――
「‥‥前方、右の通路を90m。なに、この魔物‥‥見たことがないわ。人の形をした‥‥魔物が三体よ。」
「人型?」
「えぇ‥‥しかも、武器も持ってるわ。」
武器持ちの魔物?そういう魔物がいるとは聞いたことはあるが、八王子では見たことがない。どうする?逃げるか?いや‥‥ダメだ。ここで逃げたら優勝への道が遠くなる。
俺は咲に目配せをして、音を立てないようにゆっくりと通路の角へと近づいた。
そして、そっと覗き込む。
そこにいたのは――人の形をした魔物だった。
黒緑色の皮膚に、細身ながらも引き締まった体。顔の一部が異様に膨れ上がっており、そこからは毒々しい液体が滲み出ている。
そして何より――右手には短剣。左手には小型の盾。
「‥‥武器だけじゃなく、盾まで持っているのかよ。」
見た目こそゴブリンに似ているが、纏っているオーラが全然違う。ゴブリンとは比べ物にならないほどの強いオーラを纏っていた。
三体の魔物は通路の中央に陣取り、こちらに背を向けたまま周囲を警戒している。
ただ立っているだけじゃない。通路の両端を塞ぐように配置され、死角を作らないように陣形を組んでいる。多分、偶然じゃない。魔物自身が意図してあのように陣取っているのだ。
「‥‥こっちを、警戒してる?」
「いや‥‥違うな。」
あれは、獲物を待ってる目だ。ここで待ち伏せをして、ノコノコとやってきた探索者を袋叩きにするつもりでいる。




