第41話 理解できない話。
《咲――視点》
ダンジョンの中へ足を踏み入れた瞬間、私の呼吸は浅くなった。
ダンジョンの中の空気は、外の世界とは何かが違っていた。重いわけでも、冷たいわけでもない。ただ、吸い込んだ空気が肺の奥に触れた瞬間、じわりと体の内側へ染み込んでくる感覚があった。
息をする度に、得体の知れない何かが全身を巡っているような、説明のつかない感触があった。
不快というほどではない。ただ、外の世界では感じたことのない感覚だった。
数度、ゆっくりと呼吸を繰り返すと、その違和感は次第に薄れていく。代わりに、体の奥に何かが宿ったような、そんな曖昧な感覚だけが残り、気持ち悪い感覚は消え去った。
私は小さく息を吐き、改めて周囲を見渡した。
◇
「ここが、ダンジョンですか。外の世界とは何か違った物を感じます。」
と口にする咲だった。
初めてダンジョンに入ると、似たような感想を皆が持つ。ダンジョンに漂う濃度の高いマナが空気と共に体に吸収され、マナが魔力となって体に宿る。その感覚は外の日常では絶対に味わうことが出来ない”独特な感覚”だ。
俺も初めて体内にマナを取り込んだ時は変な感覚であった。今は慣れていないから、その感覚も変に感じるだろうが、一時間もしない内に慣れて”日常”になるだろう。
「そろそろ行けそう?」
「待たせたわね。この変な感覚にも慣れてきたわ。先へ進みましょう。」
「了解。じゃあ今日は二人で潜るのも初めてだし‥‥試運転って感じで5層までをぐるぐると回るか。」
本音を言うのであれば、6層から上の層を探索したかった。だが、今日初めてダンジョンに入った咲を、行ったことがない層に連れて行くのは流石に危険すぎる。
俺一人であれば絶対に問題ないと言い切れるが、咲を守りながらとなると絶対とは言い切れない以上、何度も探索したことがある層に行き、咲が探索に慣れる方を優先する方がいい。
そういう訳で5層までで探索しようと提案するが、咲は「それダメよ。」と断った。
「何でダメなんだ?どう考えたって5層までの方がいいと思うが?」
「その提案には私の”安全”が考慮されているものでしょ?それはダメよ。この探索は私が私の意思であなたについて行くと決めた。だから、悠真も私のことは気にしないで、行きたいところに行くべきよ。」
「はぁ?何を言っている?」
言っていることが理解できなかった。
不本意ながら俺は咲の騎士になった。そして騎士は主人を守るのが役割で、咲も「守ってね」と言っていた。だから、比較的安全な場所を探索することにしたのに「私のことは気にしないで」と言ってきた。
だったら、俺を騎士になど任命しないで欲しい。そうすれば俺だって自由に行動できるんだから。
「理解できない。俺の自由にしていいなら、今すぐダンジョンから出て咲を安全な外の世界に置いて来るけど?それはダメなんでしょ?」
「もちろんよ。私が言いたいのは、悠真が戦っている世界に一緒に着いて行きたいのよ。だから、私の遠慮なんてして欲しくないわ。」
「つまり、咲は『俺には私など気にせず、いつも通りの探索をして欲しい』ってことが言いたいってこと?」
「そういうことよ。だから、悠真は自分のやりたいようにやって欲しい。そして、その場所で私を守って欲しい。騎士としてね。」
「ハハッ‥‥クソみたいなお願いだな。お前、頭イカれてるだろ。まぁ、言いたいことは理解出来た。だったらお望み通り6層から探索をするが、怪我しても恨むなよ?」
「はい。怪我などしないので大丈夫です。私の騎士は優秀ですので。」
こうして二人は6層へと向かった。




