第3話 普段とは違うこと。
次の日の朝――。
今日も昨日と同じように、母と父が忙しく朝の準備をしている音で目が覚めた。普通の赤ちゃんであれば“うぇーん”と泣きながら起きてすぐさま“お腹が空いた”と要求するだろう。
事実、俺のお腹も“ぐぅ~”と鳴って空腹になっている。だが、俺は我慢する。仮にここで泣いてお腹が空いたと要求してしまえば朝の自由の時間は無くなって、昼になれば姉のおもちゃになることが確定している。
だからこそ、この時間を大切にしていたのに――昨日から、朝のテレビはニュース番組から幼児番組へと変更されてしまい情報収集することが出来なくなった。
「おはよう~悠真。良く寝れたか?」
俺が起きたことに気付いた父が話しかけてきたので、俺も赤ちゃんらしく言葉ではなく行動で返して朝のコミュニケーションをとった。
そして父とのある程度のコミュニケーションを取り終わると、父が「さぁ~お楽しみのテレビの時間だ」と言ってテレビを付け、いつも見ているニュース番組を飛ばして幼児番組を映した。
はぁ~やっぱりこれか。
心の中で溜息が出るが、どうすることも出来ない。このまま、これを受け入れるしかないのだと諦めていた――その時だった。
《クエストを開始します》と脳内で知らない声が聞こえてきた。
俺は周りを見て“誰だ?”とキョロキョロするが、俺の近くにいる人は父だけだった。その父も今は新聞を読んでいるので声の主は父ではない。
俺は恐る恐る「だ、誰だ?」と同じように声には出さず心の中で発したが、明確な答えは返ってこず、代わりに――『デイリークエスト』と同じように脳内で響いた。
1、テレビをニュース番組へと変える。
2、姉に「可愛い」と言わせる。
3、母から「ありがとう」と言わせる。
『全てクリアで特別ボーナスあり。タイムリミット本日の00:00まで。』
と目の前に意味の分からない半透明なボードが出て来たのだった。
俺はそのボードを見て、前世でこれでもかというほど読んだ小説に出てくる“ウィンドウ”そのものだった。
そんなウィンドウが俺の目の前に現れるということは、やっぱりそういうことなのだろう。この出ているデイリーをクリアすれば間違いなく“何か”もらえることは間違いない。
そして、その何かは俺にとって良いものであると思う。その理由として、俺のこの人生は神が与えてくれたものだからこそ、このクエストは神が与えてくれた“贈り物”なんだと思う。
なら、クリアしない手はない。この3つのクエストをクリアして“特別ボーナス”までもらってやると決意するのであった。
全部をクリアするとなると‥‥この3つのクエストのうち、2と3は特に問題はない。
姉はいつだって俺のことを可愛いと言うし、母に関しても少し良い事をすれば「ありがとう」と言ってくれる。残るは1の“テレビをニュース番組へと変える”だ。これだけが難しいと言える。
俺は最初の手段でもあり最後の手段でもある“泣く”を選択した。
「うっ‥‥ううぅ‥‥う"えーんっ!! う”えーんっ!!」
無理やり涙を出して泣き叫ぶと、新聞を読んでいた父が大急ぎで俺のところにやってきて焦っていた。そう、俺は他の赤ちゃんに比べると泣く回数が極端に少なく、それに不安を持った母が病院にまで連れて行ったこともあるぐらいだ。
そんな俺がこうも大きな声を出して泣くものだから、父の焦りようはとんでもない。しかも今は、こういう時に一番頼りになる母は姉を幼稚園に届けていて居ないという状況なのだ。
「悠真‥‥どうした‥‥ご飯かっ? オムツかっ? それとも何か嫌なことでもあるのか!?」
思い当たることは全て試すがどれも違う。俺が求めているのは父に抱っこされてこのベッドから出ることだ。テレビのチャンネルを変える為には、まずこのベビーベッドから出ないことにはどうすることも出来ないのだ。
「どうしたんだ‥‥悠真‥‥! いつもはこんな風に泣かないじゃないか‥‥あぁ‥‥どうすればいいんだ‥‥」
父はスマホを取り出して何かし始めた。多分、ネットで“涙を止める”方法を検索しているのだろう。俺の予想は正しく父は‥‥。
「赤ちゃん 泣き止まない 赤ちゃん 突然泣く 赤ちゃん 理由」
と言葉に出して、出て来たこと全てを試した。本を読んだり、頭を撫でたり、歌を聞かせたりとしたがどれも効果はなく、最後の最後で‥‥。
「ええっと‥‥“抱っこして優しく背中を撫でると落ち着く”‥‥か。やってみよう。」
ぽん、ぽん、と俺を抱きながら背中を優しく叩く父だった。
とりあえず抱っこをさせることは出来た。次は、テレビを求めていることを伝える為に俺は泣き声の強弱を変えて、求める物に気付くまで泣き叫び続けた。
「う”えーーーーーん!!」
「わあああ‥‥!? 悪化した‥‥!! なんでだあああ!!!?」
父のテンションがカオスになってきた。もう少しだ。父には申し訳ないがこの手しか俺には残っていないのだ。父はついに俺を抱いたまま部屋を見渡し――テレビ方向を見た。
その瞬間、俺は泣き声を一段弱めて腕をテレビの方に伸ばした。
「‥‥テ、テレビ‥‥?」
俺が求めている物に気付いた。あとはこのまま誘導するだけだ。俺の必死のアピールをし続けたお陰で、父はおそるおそる俺をテレビに向けて歩き出した。
「もしかして‥‥テレビが見たいのか‥‥?」
俺はその問いに合わせて泣き止み、腕を伸ばし続ける。父はついにリモコンを手にし、俺の前へ差し出した。
「‥‥これ‥‥?」
俺は全力で掴み取り、急いでニュース番組のチャンネルに切り替えた。
俺の行動に驚いた父は硬直した。
「悠真‥‥まさか‥‥ニュースを見たかったのか‥‥? この歳で‥‥理解して‥‥いるのか‥‥? 間違いない、この子は‥‥天才だ!!」
姉は子供の勘で言葉を理解していることを知り、父は俺とのやり取りで俺が完全に言葉を理解していることを気付いたのだ。残るは母だけとなったが、父がその事実に気付いた時点で母も気付くのは時間の問題だろう。
こうして俺は、父をパニックにさせたが無事に朝の楽しみの時間とクエストの1つ目をクリアしたのであった。




