第2話 楽しみが無くなった。
白瀬 悠真に転生して一週間が経過した。
流石に一週間も経てば自分が赤ちゃんであることは受け入れるぐらいにはなっていた。それに、体も目覚めた時よりは少し動くようになり、自分で起き上がれるようになっていた。
そうして、少しの自由を手に入れた俺は、外の世界の事を知る為に父が決まって毎朝見るニュースを自分も見て情報を得ていた。
その結果から、まずこの日本は俺が前世で暮らしていた平和な世界ではないことが分かった。平和ではない。これは戦争やテロといった争いという意味ではなく、この世界は俺が前世で読んでいた小説に出てくるような魔物、ダンジョンと呼ばれる空想の産物が存在していることが分かった。
そして、そのダンジョンに住む魔物を放置し過ぎるとダンジョンブレイクを起こし、ダンジョンの外に魔物が出てきてしまうらしく、それから自分達を守る為に戦っている人達のことをシーカーと呼んでいる。これは前世で言うところの冒険者だな。
そんな冒険者の数は今や三人に一人の割合でいるのだが、家の家族は父も母も冒険者の適性がないらしく、ダンジョン関係の仕事ではあるが冒険者ではなかった。
そこから考えると俺も冒険者としての才能はないのかもしれない。まぁ、別に冒険者になれなくても生きていけないわけじゃないから、特に問題ない。ただ、少し残念だとは思うけどね。
――が、この一週間でテレビから得た情報なのだが‥‥正直、薄い。
もっと色々な番組を見れれば分かることもあると思うのだが、父が仕事に行くと母はテレビを消してしまうのだ。
そして、しばらくしていると姉が起きてきて、俺が眠るまで永久に可愛がられるので情報を得る時間は朝しかないのだ。
本当に勘弁して欲しい。
などと考えていると、俺が待ちに待っている父がニュースを見る時間がやってきた。
俺はワクワクしながらテレビの方に視線を向けると、父はいつも通りテレビの電源を入れてチャンネルを変えた。
さっきも言ったが父は冒険者ではない。だが、ダンジョン関係の仕事に就いているので基本的に見るニュースはダンジョン関係になるのだが‥‥今日はなぜだか「子供番組が映っていた。」
「うぇ!!うぇぇ!!」
俺は自分の楽しみを奪われて早く見せてと言わんばかり、声を出したり体を動かしたりしてアピールすると、そんな姿を見て父は。
「どうだ? テレビ面白いだろ!! 今日から毎日、見ていいからな。」
――と地獄のような発言をしてきた。
嘘だろ!? 俺、今日からずっーーっと、これを見ないといけないのか? そんな無理だって。こんな全然面白くもないし、それに外のことを知らないといけないのに!!
と泣いてみても、喚いてみても現状は何も変わらず、こうして俺の朝の楽しみは無くなったのだった。
あ、ちなみに父はニュース番組の代わりに新聞を読むようになった。
◇
そうして朝の時間を過ごしたあと昼頃になると、決まって一人の怪獣が俺の部屋へ突撃してくる。そう――姉だ。
「ゆうまぁ〜〜! 起きてる? 起きてるよね? 絶対起きてるでしょ!」
ドアを開ける前からテンションが天井を突き抜けているのはいつも通りのことで、その勢いのまま幼稚園であったことを全部話し終えると、今度は俺を抱っこして人形みたいに可愛がりだす。
「ほらほら、今日も可愛い! なんでこんなに可愛いの!? 私の弟だからだよね!? そうだよね!?」
いや、知らんがな。
どうやら姉の中では“可愛い=正義=無限に愛でていい”という謎の方程式が成立しているらしい。姉は俺のほっぺをむにむにしたり、小さな手を握ったり、そのたびに「きゃー!!」と勝手に盛り上がる。放っておけば三時間でも四時間でも俺が寝るまで可愛がるのだ。
いや、頼む。マジでほどほどにしてくれ。
心の中で懇願しても伝わるはずもなく、姉は今日も全力だ。変なダンスをしたり、絵本を一方的に読んだりと俺から離れることはなかった。
そんな騒がしい午後を過ごしていると、母が洗濯物を畳みながら会話に参加してきた。
「明音は今日も元気ねぇ。悠真がずっーーっと捕まってるじゃない。」
「だって可愛いんだもん!! ゆうまのほっぺはいつ触ってもぷにぷにで気持ち良くて何回触っても飽きないのっ!!」
そりゃ触ってる側はぷにぷに気持ちいいかもしれないけど、触られてる側は意外に疲れるからね?眠いな~って思ってる時に横でぷにぷにされるわけだからね、疲れますよ。
と心の中では愚痴を零すが、嫌がる素振りは見せず、逆に向こうが喜ぶ反応を見せる。
「ほら、見てママ! 指ぎゅーってしてくれるの!!」
「本当ねぇ。いつもは無反応なのに、たまにこういう可愛い姿を見せるから、より可愛く思うのよね。」
「うんっ!! ゆうまはねっ!! あれだよあれ‥‥えっーーと、ツンデレってやつだよ!!」
誰がツンデレやッ!! と姉の指を強く握ってツッコンだ。
「痛い!! ゆうまが怒ったっ‥‥ごめんね、ゆうま。」
「ふふ。悠真はまだ赤ちゃんよ。私達の言葉は分かっていないわ。明音がしつこくツンツンするから嫌がったのよ。」
「違うもん。お姉ちゃんの私には分かるの。悠真は可愛いだけじゃなく頭もいいから言っていることを理解してるんだわ。ごめんね‥‥悠真。もう、言わないから。」
と謎の姉理論を展開してきたが、その理論は合っている。
俺は二人の言葉をちゃんと理解している。多分、母や父は分かっていないと思っているが、姉だけは子供の勘で俺が言葉を理解してると思ったのだろう。
こういうときの子供の勘は本当にすごいな。
そうしてそのあとも姉と母と3人で過ごしていると、母が何かを思い出したかのように話を出した。
「そういえば、今日買い物に行っている時に、偶然隣の白河さんに会ったんだけどね。白河さんのところにも赤ちゃんが生まれたんだって。」
その言葉を聞いた姉は、バッと顔を上げる。
「えっ!? そうなの!? 性別は?」
「女の子ですって。写真見せてもらったんだけど凄く可愛かったわ。」
「そうなんだ‥‥女の子なんだ。」
姉のテンションは明らかに下がっていた。
「それでね。年齢も悠真と同じだから今度一緒に公園でもどうですか?って言われたから、一緒に公園に行くことになったんだけど、明音はどうする? 一緒に行く?」
母に聞かれた姉は少し考えてから笑顔で「行くわ」と答えた。
俺はその話を聞いて“同い年か”と思っていた。
前世では同い年で友達と呼べる人は一人もおらず嫌なイメージしかなかった。でも、それはあくまでも前世のことだから今には当て嵌まらないかもしれないが、それでも同い年に対しては苦手意識を持っていた。
ふと、窓の外から子どもの笑い声が聞こえた。
いつもなら気にも留めなかった音が、今日は妙に気になる。もしかしたらその子なのか?と思う俺だった。




