第25話 私立白王中等教育学校。
片道――約30分。
長くも短くもないこの時間を掛けて、これから3年間通うことになる道を歩く。その時間は人生で見ればたかだか3年だが、中学の3年間は人生では一度しかなく、二度経験することは出来ない。
だから通う者は、この3年間に後悔が出来るだけないようにと“青春”という二文字を謳歌するのだろう。
だが、例外もいる。皆がその青春が始まることにワクワクしながら歩く道を、入学初日から絶望の表情で歩く生徒が一人――その名は『白瀬悠真』であった。
◇
はぁ‥‥萎える。もう帰りたい。
悠真の心情は既にこの道を引き返りたいと思っており、周りが満開な桜道を歩いて写真を撮って楽しんでいるなかを、足を止めることなく進み、その門を潜るのだった。
悠真は首席合格をしているので、新入生代表の挨拶という大事な仕事がある。そのため他の生徒とは違って職員室に寄って、最後の段取りの確認をする必要があった。
「コンコン――失礼します。白瀬悠真です。新入生代表の挨拶の打ち合わせに来ました。」
先程のような負の感情は全く見せないように背筋をピンと伸ばして“礼儀正しい生徒”を演じていた。そんな悠真の言葉を聞き、一人の男性教員が寄って来た。
「おー!!待ってたよ!!君が白瀬くんか。いや~驚いたよ。まさか、あの試験を満点を取るんだから、教師達もみんな君の話で持ち切りだったよ。」
「そう言ってもらえて嬉しいです。自分も必死で勉強した甲斐がありました。ありがとうございます。それで校長先生はいらっしゃいますか?」
「おう、校長ね。いるよ。案内するからついて来て。」
「ありがとうございます。」
教員の後ろをついて行き、校長室と書かれた部屋へと入ると、そこには如何にも“偉い人”と思える風貌をした爺さんが座っていた。
「校長先生。白瀬悠真くんをお連れしました。」
男の話し方が先程のような軽い口調ではなく、目上の人に対する口調に変わっていた。
この人も敬語とか使えたんだ。初対面なのにあまりに友達みたいな感じで話してくるから、てっきり全員に対してそうなのかと思ったが、ちゃんとしてるんだな。多分、担当科目は体育か社会で、部活は‥‥野球部かな?
などと全く関係ないことを考えていると、校長先生から「君が、あの白瀬悠真くんか。」と声を掛けられた。どの白瀬悠真かは分からないが、恐らく入試のことを言っているのだろう。ここは謙虚に行こう。
「そうです。自分が新入生代表を務めさせて頂く白瀬悠真です。本日は最後の段取りのご確認の為に参りました。事前にご確認して頂いたとは思うのですが、最後の確認として、もう一度挨拶の内容と流れを見てもらいに来ました。」
と用意していた挨拶の紙を校長先生へと渡した。
「ふむ‥‥確認しよう。」
校長先生が読んでいる間、俺は部屋をぐるっと見渡していると、机に置かれた一枚の写真が目に入った。
その写真に写っているのは、校長が女の子を抱き上げているところだった。特におかしなところはない普通の写真なのだが、写っている女の子に何故か既視感があった。
俺の知り合いに女の子は雪だけで、幼稚園、小学校を通して顔を覚えている人は一人もいない。なのに、見たことも会ったこともない女の子に既視感を感じている自分がいる。
なんか‥‥気持ち悪い感じだ。
「うん、問題ない――ん?その写真が気になるのか?」
と読み終わった校長に話しかけられていた。
「気になるといいますか、目に入ったという感じです。写真の女の子はお孫さんですか?」
「そうじゃ。3歳の時に撮った写真じゃ。」
‥‥3歳か。流石に3歳の時の写真じゃあハッキリしないな。なら――。
「なるほど。今の写真とかはないんですか?」
「今は‥‥ないの。ただ、孫はこの学校に入学しておるから、ワシと同じ苗字の人がいればその人が孫じゃが、お主は会わんほうがええじゃろーな。」
「え??何でしょうか。」
「あ奴、自分が首席になれなかったことを酷く悔やんでおったから、お主と会えば必ず悶着を起こすだろうからな。」
「‥‥なるほど。そういうことですか。」
どう言葉を返したらいいのかが分からなかった。本音100%で返していいなら「え!?本当ですか?今すぐ代わって欲しいです!!自分はこんなめんどくさいことしたくないです」と返すのだが、言えるわけもない。
だから、苦笑いをしていると、俺の気まずさを察知したのだろう校長が笑顔で――
「心配せんでいい。勝負の場じゃ。負けることも経験することで人は成長できる。それは孫であっても同じじゃ。お主は新入生代表としての振る舞いをしていればよい。」
「そうですよね。ありがとうございます。」
「うむ。それじゃあこの内容で問題ない。お主なら式の流れも頭に入っているだろうから、後は勇気と自信を持って壇上に立つだけじゃ‥‥頑張れよ。」
「はい。頑張ります。」
と紙を受け取り、校長室を出て他の新入生が待つ場所へと向かった。




