敗戦国の女たち(戦争の話ではありません)
一人目との結婚はとても穏やかなものだった。
少し自分に自信のない人だったためとても丁寧に接してくれる人だった。
初夜の夜、痛みを感じることがほぼないままに終わって、ひどい痛みを感じることがあると聞いていたのでホッとした。
この夫とは私が妊娠する前に戦争に駆り出されて夫はあっさり逝ってしまった。
義母に「実家に帰ってこの家にとらわれるのではなく新しい人生を始めなさい」と言われて義母の言う通り実家へと戻った。
実家に帰って三ヶ月後、戦争は一時休戦となった。
その理由は明らかにされていなくて、敵国に大きな不幸な出来事があったために一時休戦となったのだという噂が流れる程度のことしか解らなかった。
一時休戦の翌月、亡くなった夫の母が紹介してくれた方に嫁ぐことになった。
相手の方も再婚で、前の奥様は夫が戦争に行っている間に他の男と子供を作ってしまったらしい。
二人目の夫との営みはとても情熱的なものだった。
前の夫との初夜に苦痛を感じなかった理由を初めて知った。
処女ではないのに夫を受け入れるのに痛みを感じた。
「もう無理」と何度口にしようかと思ったことか。
初夜の相手がこの人でなくてよかったと心の底から思った。
結婚して一年が経つのに妊娠しない事を心苦しく思っていると、夫が私の手を取って話し始めた。
「前の妻と二年間結婚生活を送ったが妊娠しなかった。だから原因は私にあるのだと思う。だから子供のことは気にする必要はない」と言ってくれた。
そしてその事を友人や知人に告げてくれて、私に瑕疵はないと表明してくれた。
子供は望めなくても温かい結婚生活が送れると夫のことを心から愛した。
夫は情熱的で夫を受け入れるのは無理と思っていたけれど慣れればとても深い快楽を与えてくれる。
幸せな時間は短くて結婚して二年目、戦争が再開された。
夫が「行ってくる。必ず帰る」と言ったのに夫は小さな箱に入って帰ってきた。
一人目の夫は遺体すら戻ってこなかったことを考えると、今の夫は約束通りに帰ってきてくれたことになるだろうか。
また一人取り残されてしまった。
夫には兄弟姉妹がいなかったため、伯爵家を継ぐ者がいなくなってしまった。
義父が「これもなにかの縁だ。其方が婿を迎えてこの伯爵家を継ぐと良い」と言い出した。
「親族の方の中からどなたか選ばれたほうがいいのではないですか?」
と訪ねたが義父の答えは「爵位を継げる男たちは皆、死んでしまった」という悲しい答えだった。
この国は女性が爵位を継ぐことはできなかったのだけれど、この戦争であまりにも多くの人を亡くしてしまって女性が爵位を継げることになった。
私は義父の助けを借りて伯爵家の領地を少しでも良くなるように奮闘した。
戦争で死んだと思っていた義父の縁戚の方が生きて帰ってこられて、その方と結婚してはどうかと言われた。
今この国は女性が男性を選べる状況にない。
それほどまでに男性貴族が減っている中で貴族男性と結婚できることは本当に幸運なことだった。
「その方が私でもいいと仰るなら⋯⋯」
と、その方との結婚を受け入れた。
三人目の夫は夜、怯える人だった。
よほど戦争で怖い思いをしたのだろう。
その怯えを私を抱くことで紛らわしていた。
結婚して一度も月のものがこないまま妊娠した。
妊娠の安定期に入っていないのに夫はやはり夜になると怯え、私を求めた。
怯える夫を見ていられなくて求められるがまま受け入れているとお腹がせり出してくる頃には夫も少し落ち着いてきた。
昼は一緒に政務を熟し、夜の回数はグッと減って手を繋いで眠るだけで夫は悪夢をあまり見なくなった。
悪夢を見て飛び起きた日はやはり夫が私にすがりついてきたけれど。
無事に男の子を産んで跡継ぎができたと義父も喜んでくださった。
その義父も二人目の女の子の誕生を喜んでくださった後、眠るように亡くなった。
まだまだ力を知識をお借りしたい。
子どもたちともっと遊んでほしかったのにと義父が逝ったことが悲しくて仕方なかった。
私の周りで死が多すぎると嘆いた。
義父が亡くなって数ヶ月後、戦争が終わった。
ここまで酷い負けがあるだろうかというほどの敗北だった。
国の名前が変わり、王が変わり、法律も変わった。
そして女性が爵位を継ぐことは禁止された。
我が家では夫が爵位を継げばいいことなので特に問題にはなからなかったのだけれど、他所様ではかなり問題になった。
元は敵国だった貴族が乗り込んできて寡婦となった女性たちを娶って爵位も強奪するように奪っていった。
そんな家は家名まで変わってしまって新しい貴族名鑑が出るまでの間落ち着かなかった。
ごく少数は幸せな結婚になった人もいたようだけど、ほとんどの女性が不幸な目にあうことになってしまった。
酷い家では結婚して爵位を譲り受けた途端妻を追い出した家もあった。
追い出されても帰る実家のある女性は良いけれど、実家も母親が爵位を継いでいるところは戻る家も失ってしまっていた。
貴族女性から憤懣が溢れ出したが現王の力で押さえつけられてしまっていた。
敵国であった貴族が乗り込んできた家が力を持ち、元々のこの国の貴族だった家は不遇され、小さな失敗を大きくとりあげられ、ますます力を落としていった。
我が家も重箱の隅をほじられるように責め立てられ苦境に立たされていた。
心労が祟ったのか夫はあっけなく死んでしまった。
息子はまだ七歳で家督を継ぐことはできなかった。
夫が亡くなった悲しみを感じる暇もなく乗り込んできたのはやはり敵国だった貴族の四男で、領主の仕事を全く理解していない人だった。
そして敗戦国の女とその子供などに価値を見出す必要もないとばかりに振る舞う人だった。
この夫は暴力的で私に屈辱を与える人だった。
そして躊躇無く手を振り上げて私や子供に振り下ろす人だった。
この男の側にいては身が危険だとたった数日で思い知らされた。
私は裏山に生えている特殊な茸を探した。
一週間掛けて見つけたときには私の顔は腫れ上がり、体中に痣ができていた。
子供たちも同様で、痣のない場所を探すほうが難しいほどだった。
その日の夜、調理人に裏山から取ってきた茸を夫の食事にだけ入れるように頼んだ。
この茸は自国では有名で、生で食べるとても美味しくいただけるのだけれど、火を通すとたった一本の茸で三十人は殺すことが可能な茸だった。
その上、この茸のことを知らない人が診察するとただ心臓麻痺を起こしただけと判断される。
今の私にはありがたい茸だった。
調理人は夫の食事だけに茸を入れることができたようで、食事が終わって二〜三時間後に胸を押さえて苦しんで逝った。
私はその苦しむ夫の姿を堪能した。
心臓発作を起こす瞬間まで私に手を上げ、屈辱を味あわせていたから。
私の下にまた新しい夫が来たが前の夫と大して変わらない男だった。
この夫も数日で心臓麻痺で死んだ。
私の夫が二人続けて心臓麻痺で死んだという一報が流れると、それからは次から次に心臓麻痺で亡くなることとなった。
そして国王も心臓麻痺で亡くなった。
妻たちが追い出された家では使用人たちが独断で茸を使用したようだった。
敵国だった国から男が来なくなり、また女性が爵位を継げるようになった。
新しい国王がやってきたが、何時殺されるかと始終怯えているような人で悪政を行う人ではなかったので今もまだ生きている。
今のところこの国で受け入れられている方だろう。
数が少なくなった元は敵国で今は同国者になった人たちの発言力は著しく落ちている。
そのうち誰もいなくなるんじゃないかと噂が流れていて、一人また一人と親元へ帰郷して帰ってこない。
この国はやけに女性の力の強い国になりつつある。
突然の心臓麻痺で亡くなる人がいなくなった頃、息子が成人し私の友人の娘と結婚した。
息子に爵位を譲り、私は手伝うだけになった。
娘も敵国ではない人に嫁ぐことができて、幸せに暮らしていると便りがある。
そして元々のこの国の者たちだけに密かに茸は受け継がれていく。