僕の出逢いはいつも夕暮れ
第86話
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2月も半ばのある日、私立奥武山学園の道場に、天音と言葉の姿があった。剣道着に身を包んだふたりは、部員たちの打ち込み稽古を指導している。
竹刀を打ち込む規則正しい音と、足を運ぶ度に聞こえる、きゅっきゅっという音が心地いい。
「ね、あまね、優梨さん大丈夫かしら。すっごく心配なんだけど、私、こんなの初めての気持ちだわ」
「大丈夫さ、すぐ分かるように、スマホもそばに置いてるから」
「そうよね、そうだわ。きっと大丈夫。優梨さんだもの」
言葉がそう言ったとき、道場の隅に置いてあるスマホが着信音を奏でた。
「来た!父さんからだ!」
天音は小さく、しかし力を込めて呟くと、スマホに走った。
「うん、うんうん、ほんと!うん、稽古は大丈夫。すぐ行くからね!」
部員たちに向き直った天音は、全員に向かって叫んだ。
「産まれた!安座真監督の子供が、産まれたぞ!!」
部員たちの歓声が上がった。
言葉も飛び上がって喜んでいる。
残りの稽古を主将に任せ、天音と言葉は優梨が入院している産科に急いだ。
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「はぁ~、ちいさいねぇ、産まれたばっかりはこんなに真っ赤だから、赤ちゃんって言うんだよねぇ」
「そうよぉ~、あまねもきっと、こんなだったのよぉ~?」
「そうだよねぇ~、ことはもきっと、こんなだったんだよねぇ~」
新生児ベッドに寝かされた赤ん坊、その頭の上には、生年月日と母親の名前、産まれたときの重さが書いてある。
そして赤ん坊は、女の子だ。
天音は赤ん坊を見ながら感慨にふけっている。血の繋がりはない、まったくない妹だけど、血よりも濃いもので繋がった父と母の子供だ。天音の中に自然と沸いてくるのは、この子を守りたい、守らなきゃという、謎の使命感だった。
横を見ると、言葉は瞬きもせず赤ん坊を見つめている。きっと僕と同じ気持ちだ。天音にはそう思えた。
病室に行くと、優梨はベッドで寝ていた。傍らには雄心、そして雄大と伸子も一緒だ。
「母さん、父さん、じいちゃんにばあちゃんも、かわいい赤ちゃんだった!」
満面の笑みで歩み寄る天音と言葉を、皆が満面の笑みで迎える。
「ああ、かわいいボーボだったろ?そうだ、あまね、ことちゃん、ふたりは来年くらいか?」
「はっさ!じいちゃん気が早い!!このふたりは大学を卒業してからさぁ!ねえ?」
「はっさみよ!ばあちゃんも気が早い!でも、今だっていいんだぞ?なぁ、優梨?」
「あははは!雄心、あんまり笑わせないで!私、赤ちゃん産んだばっかりだよ?」
皆が幸せそうだ。
赤ん坊が生まれる、それがどれほどの幸せを家族にもたらすのか、天音にはそれが分かった気がした。それこそがきっと、大人になった証なのだろう。
「僕も言葉も、運んだんだよね。産まれたときにこんな幸せを、みんなに、そう思わない?」
そう問う天音に、言葉の口からは何も出てこなかった。ただ、涙を溜めた瞳が、その答えを現していた。
そして、時は流れる。
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「ふぅ、なんか久しぶりだなぁ、たった何週間か帰ってないだけなのに、なんだろ、なんか懐かしいんだよね」
「そうだねぇ~、それがさ、ふるさとっていうものかもねぇ」
大学を卒業して、もう5年が過ぎた。と言っても僕は大学に残って職員になったから、あんまり卒業した感じがしないんだ。准教授になった辺土名さんにいつも指導されてるしなぁ。
言葉は沖縄を代表するスーパーマーケットに就職して、様々な地元企画を担当している。言葉曰く、面接で、琉球弧の文化伝承を深く理解していますからそれを活かして御社のうんぬんかんぬん・・と言ったら採用されたらしい。
琉球弧伝承研究室の伝統的就活対策、恐るべし、というところだ。
ひまちゃんとたっくんの幼馴染み姉弟とは今でも親しい。言葉も交えてなんでも言い合える親友だ。もうふたりとも結婚して子供もいるから、幼馴染みでも人生の先輩だね。
そう言えば、神鈴さんは今度テレビに出演するらしい。神鈴さんのユートゥーブチャンネルがバズってて、それが取り上げられるそうだ。なにしろ百合子ちゃんとふたりでやってるんだからバズるのも当然。そして奥間さんはなんと、真鏡名家で神鈴さんの秘書になっている。ユートゥーブのディレクターも奥間さんだっていうし、きっとあのふたりは結婚するんだろうなぁ。
スズ子おばぁは、なんて言うかな。辺土名さんにしろ、とか言わんかな。
そして今日、もうそろそろ日も沈む時間に、僕たちはふたりで玉城の実家を訪れている。
お祝いと、報告があるからだ。
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玄関のチャイムを鳴らして引き戸を開けると、女の子が走ってきて僕に抱きついた。
「にぃにぃーー、おかえり!」
「ただいまぁ~、良い子にしてたか?」
「うん、あ、ことネェネェ!おかえり!」
「あはは、私はおかえりじゃなくって、いらっしゃい、だよ?」
「なんで?いいさ!おかえりぃ~!」
「天音、ことちゃん、おかえり!待ちかんてぃしたよ、早く入って入って」
「ああ、母さん、ただいま、ほらほら上がるよ」
居間にはじいちゃん、ばあちゃん、そして父さんと母さん、勢揃いでテーブルを囲んでいる。そこに僕と言葉も加わった。
「よぉーし、全員揃ったな!じゃあ始めるか!」
父さんの合図に皆の目が輝く。母さんが立ち上がって照明を消す。父さんはテレビを消し、僕はチャッカクンを取り出して火を点けた。
「さぁ、点けるぞ~」
僕はロウソクの先に、一本一本数えながら火を灯す。
「いっぽん、にぃほん、さぁんぼん・・・」
テーブルに身を乗り出してロウソクの炎を見つめる瞳に、キラキラと光が反射している。
「・・・はい!ななほぉ~ん、7歳になったね!神代っ!!」
神代はあの年、マジムンになった母さんを救った年に生まれた僕の妹。
僕の大事な、かわいい妹だ。
皆でハッピーバースディを歌い、神代が目を輝かせて唇を尖らせる。
「ふぅぅうう~~~ふぅっ!」
7本のロウソクの灯が揺らめいて煌めいて、最後の輝きを放つ。そしてふわりと揺蕩う煙と共に、部屋は真っ暗になった。
拍手、そして全員が声を揃えた。
「7歳おめでとう、みしろっ!!」
さぁ、神代の誕生パーティーの始まりだ!
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ケンタのチキンを食べ、お酒も呑んで、みなご機嫌だ。神代もニコニコでケーキを頬張っている。
その神代の周りには、じいちゃんばあちゃん、父さん母さん、そして僕たちからのプレゼントが積まれている。
「ねぇ天音、さっきのみーちゃん、見た?」
「うん、ロウソクが消えた瞬間だろ?見たよ。神代、すごい霊気を纏ってたね」
僕と言葉の声が聞こえたのか、父さんと母さんは僕たちを見て、だろ?って顔をしている。
「ところで天音さぁ~、今日は天音も話があるって言ってたでしょ~。そろそろいいんじゃなぁい?」
母さんが僕に話を振ってきた。母さんは少し酔っているようだ。それを合図にして、家族全員が僕たちの顔を見る。
「あぁ~、そうだねぇ、じゃ、発表しますか!」
言葉が僕の左隣にくっつく。
「父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん。報告します!僕、結婚するよ!言葉と、結婚します!」
言葉は僕の横で、皆に向かって頭を下げている。
小さな声で、よろしくお願いします、って言ってる。
じいちゃんとばあちゃんは手と手を取り合って、もうニコニコだ。
「そ、それで天音、子供はできたのか?」
「はっさ!なに言ってるか、じいちゃんはいっつも気が早すぎる!!」
父さんは少し涙目になって、昔を思い出しているようだ。
「ああ、思い出すよぉ~、お前たちが高校で剣道部で、言葉は天音にめっぽう強くって、天音は連戦連敗で、ああぁ、そうか!思えば父さんが天音を卓球部から引っこ抜いたからこうなったんじゃないか!父さんがお前たちの、キューピッドと言っても過言ではないというか、まさにキューピッドというか、それを言えば太斗と幸だってもうすぐ結婚だって言うんだから、父さんがいなければそれもないわけで、父さんはお前たちの神っていうか、それに花子さんの時には天音と言葉が手を繋いで・・」
「ゆうしん!うるさぁーーい!!」
話が止まらない父さんは、母さんに怒鳴られちゃった。
怒鳴ったついでか、母さんが堰を切ったように喋り出す。
「ああもう、嬉しいったらないよ、やっぱり天音には、ことちゃんだよねぇ、二人は雄心がどうとか関係なく、運命で結ばれてたんだよねぇ」
「はぁ?なに言ってるの?天音はまだ27歳でしょ?まだ早い!お母さんは許さないよ!15年近くも離れてたんだから、もう少し私の子供でいて!」
「アシタバ、あんたもいい加減に子離れしたら?それにさっさと子供作っちゃえばいいじゃない。そしたら私が優しく育ててあげる。もしその子を虐めるヤツがいたら、私が取り憑いてやるわ」
そんな母さんを見て、神代が無邪気な声を上げた。
「まただ~、明日ママと、チーノさんが出た~」
一人目は優梨、二人目は明日葉、そして三人目はチーノウヤだ。全員が母性愛の塊、これは子供に良いのか悪いのか。
「母さん、その力はあんまり出さないようにしないとね。特にチーノさんね。今度、真鏡名家にも挨拶に行くでしょ?スズ子おばぁにどやされるよ?」
「お?おお、そうだなぁ。だけど天音、お前とさ、ことちゃんが結婚するんだからさ、ふたりが母さんの中で大人しくしてくれるか、心配だよぉ」
そう言う母さんを見ながら、僕は笑うしかなかった。でもそれは幸せな笑いだ。
そんな僕の笑顔を見ながら、言葉は少し複雑な表情を見せている。
「あれ?言葉、どうしたの?」
言葉は苦笑いしながら応える。
「だってさ、私には3人もいるんだなって思ったの、お姑さんが」
「あはは、ホントだね、ことは、3人をよろしく頼むね」
僕は、言葉を見つめながらそう言った。
マジムンに出逢うのも、そしてマジムンと闘うのも、いつも夕暮れだった。
それは夕暮れが”逢魔が刻”だから。
でも八千代言葉・・・君と出会ったのも夕暮れだったね。
僕はそう思いながら、一番大事な人の手を握りしめた。
しっかりと。
僕の出逢いはいつも夕暮れ、逢魔が刻に出逢うもの 完
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