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アシタバ

第85話



 おお、目の前の男は、何を言っているのか。


 分からない。この男は、誰だったか。


 おお、懐かしい匂いの元は、この男か。


 ああ、もうひとつ、懐かしい匂いがする。


 ああ、あの女か。


 でも、私が助けるのはこどもだけ。


 そうだ、こいつらは、大人だ。


 こどもじゃ、ない。


 目の前の男は、私を祓うのか?


 ならばこの男は、私の、敵か。



 天音は両の手に印を結び、明日葉に向けた。天音の霊気も少ないが、大里鬼に取り込まれかけた明日葉の瘴気もほとんどない。なにも苦しまずに霧散するはずだ。

 だが、天音を敵と見なした明日葉は、残った瘴気を振り絞るように両手を広げ、印を結んでいる。その姿はまるであのときの、天音を、我が子を守ろうとする明日葉のようだった。


 天音の霊気と明日葉の瘴気、ふたつの塊が触れ合おうとする瞬間、誰かが止めたように明日葉の手が止まった。同時に、天音の耳に声が響く。


「天音、やめなさい。あれはあなたの、お母さんなんだから」


 いつの間にか、天音の隣に優梨が立っていた。


「見て、明日葉さんの手が止まっている。天音には止まっている理由、分かるね?あそこのあれは、天音のお父さんなんでしょ?」


 天音は黙って頷いた。


 天音が2歳の頃、幼い天音を助けようと、海で怪異にさらわれた父、翔馬。その魂は大里鬼の中にいた。あの怪異は、大里鬼が使役する子鬼だったのだ。


「じゃあ天音、お父さんの魂はあなたが天に送ってあげなさい。でもその前に、母さんはやることがある」


 優梨は目を瞑り、両手を大きく広げ、その霊気を明日葉に解放した。


「さぁ、明日葉さん、わたしよ、優梨先生。久しぶりね、お話、しましょ。ほら、アンマークートゥアンマークートゥ、お母さんのことだけ、見ておきなさい・・」

「あんまぁ・・・くぅとぅ・・・あんまぁ・・・」


 アンマークートゥ・・その言葉に反応した明日葉の手が伸び、優梨の霊気に触れた。



 ああ、これは、私が知らない、世界。

 私が知らない、時間。


 ああ、思い出した。あなたは、優梨先生。


 ああ、ああ、私のかわいい、こども。

 わたしの・・あまね。


 これは優梨先生の、記憶なの?


 どこに行くの?ふたりで、空を飛んで、海を越えて、ビルがいっぱいね。


 優梨先生と新しい街、新しい学校、これが、あまねの新しい暮らし。


 あら、あまねは元気そうにはしゃいで、そうか、遠足なのね。


 かわいいリュックにかわいいお弁当箱。おにぎりを詰めて、まぁ、赤いウィンナーがかわいいわ。


 あまねがニコニコして、お菓子は300円までなの?そうなのね。


 あまねが2年生の日々、3年生の日々、ほらほら、喧嘩しちゃ駄目よ。お友達とは仲良く、ね。


 運動会で走るあまね。


 体操をするあまね。


 学芸会の劇、どうしてあまねがあんな、木の役なのかしら。

 でも、木だってかわいいわ。


 4年生、5年生、あら、あまねは背が伸びて、女の子にもてもてねぇ。

 それはそうだわ、しょうまとわたしの子供だもの。


 ほら、学芸会ではもう、主役よ!


 でもなにかが違う。なんだろう。


 そうだ、マジムンがいない。ぜんぜんいない。


 なぜ?


 そうか、優梨先生が守ってるんだ。

 やっぱり良い先生!そしてやっぱり力持ち!


 あまねが小学6年生、修学旅行はどこに行ったの?

 これがお土産?そうか、京都か。楽しそうで良かった。


 あらあら、彼女みたいな子を家に連れて来て、でも小学生には、まだ早いわよ!


 毎年の誕生日、一本づつ増えるロウソク。


 母の日、あまねが走って帰ってきて、後ろから抱きついて。


 かあさん、ありがとうって言ってくれる。


 幸せな日々ね。


 もう、あまねは中学生、ああ、卓球部に入ったのね。


 ああ、あまねがどんどん大きくなっていく。


 背があんなに伸びて、高校では剣道部?


 かっこいいわぁ。


 ああ、あああ。


 あまねはもう、子供じゃない。


 私のこどもだけど、子供じゃない。


 ああ、あまねに会いたい、この手で抱きしめたい!


 愛してるって、言いたい。



「ほら、目を開いて、明日葉さん、目の前にいるのは、誰?」



 誰?わたしの目の前に?


 わたしの目の前に、誰がいるの?


 誰が?



 明日葉は、ゆっくりと目を開けた。

 その真っ黒なマジムンの瞳に映ったのは、青年になった天音の姿だった。


「あああぁぁああ、おおおうううおおお・・・あぁーまぁぁーねぇえええ」


 明日葉は息子の名前を絞り出した。目の前の青年は自分の子供、小さくてかわいい天音が成長した姿だと、知った。


 天音の頬に、明日葉が手を伸ばす。

 皮膚が禿げ、ボロボロになった灰色の手を、天音は両手で包み込んだ。


「おかあさん、遅くなったね。ごめんね。ちゃんと言えて良かった。僕のことを思い出してくれて、うれしい」


 天音の頬を、溢れる涙が伝う。その涙を明日葉の両手が拭う。


「あああ、あんまぁ・・くぅとぅ・・あんまぁくぅとぅ・・おかあさんだけ・・・みておきな・・さい」


「あああ・・・あ・ま・ね・・・ないちゃ・・・だめよ」


「ああ、おかあさん!おかあさん!!」


 天音は明日葉の胸に顔を埋めて、泣いた。


 その姿はあの日の、幼いあまねと明日葉のようだった。



「さぁ、あまね、お父さんの魂を、あなたが送ってあげるのよ」

「うん、母さん、じゃあ、やるね」


 天音は父、翔馬の魂に両手の平を向け、温かな霊気を送った。翔馬の魂は金色の霊気に包まれ、穏やかに消えていく。


-僕を守ってマジムンに囚われた父さんの魂、そして今も、母さんと僕を守ってくれた。


 父さん、今度こそ、安らかに。


 光の粒となった翔馬は、空を翔る天馬となって空に昇った。その姿を明日葉も見上げている。

 明日葉の真っ黒な瞳が、潤んでいるように見えた。


 その様子を見届けた優梨は、天音に向き直る。


「天音、今から母さんが言うことを、よく聞いてね」


 天音の表情は硬い。マジムンになった明日葉に、もう人の魂はない。後はマジムンとして存在するか、祓われるしかないのだ。

 だが、思ってもみなかったことを、優梨は口にした。


「今から私は、明日葉さんを取り込みます」


 その言葉に反応したのは、神鈴だ。


「優梨さん、スズ子おばぁがなんて言うか、絶対に怒るよ?」


 そんなものは関係ない、と言いたげな顔で、優梨は宣言した。


「神鈴ちゃん、おばあちゃんにはもう叱られてるの。さっきから頭の中でワンワンとうるさいったら。それに私の中にはチーノウヤもいるんだから、ひとり増えるくらい関係ないのよ」


 そう言う優梨を見ながら、雄心は心配そうだ。お腹の子供が気に掛かるのだ。

 雄心に顔を向けて、大丈夫よ、と呟き、優梨は目を瞑る。


「さぁ明日葉さん、私の傍に来て。そして私を抱き締めるの。あのとき、チーノウヤがそうしたように」


 その優梨の言葉に惹かれ、明日葉の姿は霧のようにぼやけて優梨を包み込む。そして優梨の霊気と明日葉の瘴気が混ざり合い、溶け合うように優梨の中に入っていく。


 優梨が目を開けて、自分の内のマジムンたちに声を掛けた。


「どうかしら、明日葉さん、居心地は?あとチーノウヤ、これからはふたりよ、その人のこと覚えてるでしょ?仲良くしなさいね」



 ああ、優梨先生の目を通して、天音が見える。

 ああ、優梨先生の手を使って、天音に触れる。


 これからずっと、天音のことを見守っていられる。

 うれしいわ。なんて居心地がいいのかしら。


 あら、チーノウヤ、久しぶりね、あのときはお世話になったわ。

 あなた、結局あまねを助けてくれたのね。


 え?なにがあるの?


 あら、まぁ!


 かわいらしい赤ちゃん!

 そうなのね、もうすぐ生まれるのね。


 いいわ、私があなたを守ってあげる。だから安心してね。


 え?私も守るんだ、って?

 さすがね、チーノウヤ。


 じゃあふたりで守りましょう。


 この女の子を、ね。



 同時刻、真鏡名家の一番座でスズ子と鈴音が話している。


「終ったな、全てな。まさか鬼が出たと思ったら、更にまさかの土着の神が出よったわ。あの子たちは、よほどに行いが良かったと見えるさぁねぇ」

「そうですねぇ」

「ああ、優梨の力は、由布の力は、すべてのマジムンの力を我が物にするのではなかったなぁ。あの力はマジムンを選ぶのさ。優しい心、強い心、それが強すぎる余りマジムンとなったものだけを救う力さぁね。だからよ?極悪人であったミミチリボージやウフザトウナーは取り込まないのさ」

「そうですねぇ」

「あれは、優梨の力、由布の力は、魔を呼ぶ力ではなかった、神の巫女の力さぁね」

「そうですねぇ」


 いつまでも一方的に話すスズ子に、鈴音はあいづちを打つだけだ。

 真鏡名家の一番座に、穏やかな時間が流れた。



 天音たちがサークル棟の部室に戻ると、当銘副部長を始め、全員が帰りを待ちわびていた。

 真っ先に飛んできたのは、日葵と達也だ。


「わぁ~ん!ことちゃんっ!大丈夫だった?怪我はない?血ぃとか出てない?」

「おわぁー!あーちゃん!なんか怪我してるみたいだけど、血ぃ出てる?出てない?」

 日葵は言葉に、達也は天音に抱きついて、無事を喜んでいる。


 当銘が、真美が、そして智、武史、望、五月が、やはり皆の無事を喜んだ。ホンモノのオカルト研究会と名高い琉球弧伝承研究室の全員がこの一件に協力し、力を尽くしていたからだ。


「部長、無事で良かった。それで、どうだった?天音のお母さんは、助けられた?」

「ああ当銘さん。上手く行きました。雄心さんと優梨さんも来てくれたし。でもホントに大変だった。正直、鬼が出るとは思ってなかった、それに神様まで出てきたからなぁ」

「鬼?それに、神様って?」

「ああ、出ましたよ。ホントに出ました。鬼と神、ね!勇二!」

「うぁぁああ、なんか見えたんだよぉおおお、当銘さぁ、一緒に行けばさぁ、うぁああああってな経験、できたよぉおおお」

「なにへんな言い方してんの、奥間、おかしくなったんじゃないか?ねぇ顧問、おかしいですよねぇ、こいつ」

「いやぁああ、当銘くぅん、僕も見ちゃったんだよねぇええ、神様とオニ!怖かったよぉおお、でも神鈴くんの結界のお陰で、助かったんだよぉおお~」

「うわ、これはやばい、顧問までおかしくなってる!!」


 琉球弧伝承研究室は、明るい笑い声に包まれた。あの浜での激しい闘いも、その笑い声が過去のものにしてくれる。


-僕だけじゃだめだった。お母さんを救えたのは、ここにいるみんなのおかげだ。


 天音は皆の笑顔を見ながら、強い絆を感じていた。




つづく


お読み頂きまして、ありがとうございます。

毎日数話ずつ更新していますので、ぜひ続きをお読みいただきたいと思います。

気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします。

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