シロネコ
第84話
「うぉっ!今のは何だ?俺は誰かに、助けられたのか?」
気が付くと雄心は砂浜に横たわっていた。海に顔を向ければ、大里鬼と闘う天音の姿が見える。天音は泣き叫びながら強大なオニに立ち向かっている。
天音の霊気は恐ろしいほどに膨れ上がり、大里鬼の禍々しい瘴気とせめぎ合う。それは互角のように見える。だが、天音の霊気は憎しみの色に染まっていた。
大里鬼と闘う天音の霊気は、真っ黒だ。
-だめだ、あまね、その霊気で鬼には、勝てない。
浜に顔を向ければ、優梨が見える。優梨は顔を覆って、なにかを叫んでいるようだ。言葉と百合子が優梨を支えてくれている。
-優梨は今にも崩れ落ちそうだ。
-あまね、ゆうり、そして、おれの赤ん坊。
-家族を、守りたい。
突然、雄心の耳に声が響いた。
「なぜか助ける気になってしまったが、そうか、お前は、あのときの子供か」
頭のすぐ横だ。何かが近づく気配はまったく無かったはずなのに、見ればそこに、大きな白い猫がいた。
「覚えているぞ、お前はわたしが猫だった頃、わたしたちのことを想って泣いてくれた子供だな?」
「ね・・ねこが?しゃべる?」
「そうだが、そうでもない。お前は人語を喋る猫を知っているはずだ。お前は親子3人と、4匹の猫の家を、あのガジュマルの家を訪ねただろう?」
「まさか!お前はあのときの白猫か、ガジュマルの家の、亡くなった飼い主を迎えに天に昇った、あの4匹の中の、大きな雄の、白猫」
「そうだが、そうでもない。あのとき、わたしだけは天に昇らなかった。それはお前も知っているだろう。わたしは、この土地の神になった白猫だ」
それは雄心と天音だけが知っている、あの家の話だ。
大きな白い雄猫、2匹の三毛猫、茶白の子猫。猫たちは死んでしまった飼い主、父母と娘を慕って、家族の会話と暮らしを再現していた。
-今夜はオムライスだよ、新しいドラマが始まる、アニメを録画しといてね。
家族が、猫たちが幸せだった頃の会話を。
そして、マジムンにはならないと決めた猫たちは、自ら海に入ったのだ。
清らかな魂となった三毛と茶白の3匹は虹の橋を渡り、飼い主たちと天に昇った。だが白猫の行方だけは分からなかった。雄心や天音の残留思念読みを持ってしても、分からなかった。
白猫はどこへ行ったのか。
白猫は、土着の神になっていた。
「わたしがお前を助けてやろう。だが神は誰でも助けはしない。マジムンを祓いもしない。ただ、運命に正しく抗うものを助けるのみ。あの鬼と闘っているあの男も、お前と同じ匂いがするな。お前はあれを助ければいい。わたしの力を使って、なぁ」
白猫はその前足を、横たわる雄心の額に乗せた。
瞬間!
雄心の体はふわりと浮き上がり、ヒュウヒュウと音を立てる旋風を纏う。
-おお、この力は霊気じゃない、これは神の気、神気か。
「さぁ行け、優しい子供よ。あの男を助けろ」
白猫の声、神の声が響いた。
砂の上を雄心は滑るように進む。その姿は砂浜を吹き渡る風のようだ。その速度は増し、見る間に大里鬼との間を詰める。
「あまねぇーー!父さんが突っ込む!お前が止めを、決めろおおーー!!」
一瞬、雄心を見た天音は驚愕の表情をみせたが、その脳裏に雄心と白猫の姿が浮かぶ。
天音は理解したという顔つきで、両の手に黄金に輝く霊刃を練り上げた。そこにはもう、憎しみの色は無い。
「いいよ!父さん、いつでも!!」
先ほどまで取り込まれていた大里鬼の懐に、神気を纏った雄心が突っ込んだ。鬼の瘴気は神気に触れることも出来ず、見る見るその力を失っていく。
「おおおお・・・ぉぉおおおあああ!ああがががぁあぁあーーーっ!!」
大里鬼は、自分の腹からジュウジュウと音を立てて霧散する瘴気を掻き集めるように、その巨大な腕を振り回した。
「なぁんだぁぁああ、なぜお前がぁああ、なぜ手ぇをぉ、出すぅぅうう!」
初めて叫ぶ大里鬼の問いには、天音が応える。
「僕の父さんを取り込んだのは失敗だった。おまえは、この土地の神を怒らせた。神の気に、障ったんだよ」
一瞬の間に、天音は雄心の思念を読んだのだ。
「もう敵わないよ。神様と、僕たち親子が相手だ!!」
両の手を天に差し上げた天音は、すでに巨大な霊球を練り上げている。眩しく輝く金色のそれは、天音の最後の技だ。
「さぁ、もう消えろ。そして、名城明日葉を離せ」
その言葉と同時に、後ろに控えていた神鈴が両手に印を結ぶ、そして呪を唱えると手の平を大里鬼に向けた。
明日葉の魂を、大里鬼から切り離すのだ。
それを確認した天音は、手の平を胸の前で合わせる。その動きに合わせ、霊球はゆっくりと大里鬼を包み込み、鬼の瘴気をすり潰し、霧散させながらその中心に向かう。
外からは天音の霊球が、内からは雄心の神気が大里鬼の瘴気を消し去っていく。
真っ黒な瘴気の塊は見る間に萎み、その頭とおぼしき部分に、真っ赤な大口が空いた。
「おぉおおおぁぁあああ・・・がぁあがっっがあががががあ!おぉぉまぁえぇぇええ!!」
それは、大里鬼の断末魔の叫びだった。
ついに消え去ろうとする瘴気の中から、旋風の如き風神と化した雄心が姿を現す。そして波打ち際にその足を付けた瞬間、その身に纏った神気は消え失せ、砂にがっくりと膝をつく。
雄心の足下で、いつの間にか現れた白猫が「にゃーん」と一声鳴いて、消えた。
何かが抜けたようにしゃがみ込んでいる雄心の元に、天音が、優梨が、皆が駆け寄る。
「ことちゃん、百合子ちゃん、あなたたちの師匠を助けてあげて。そして天音、あなたはもう少し、がんばらなきゃいけないようね」
優梨の言葉を天音は理解している。そして、大里鬼が消えた空間に目をやった。
そこには、全ての呪縛から解放された、名城明日葉がいた。
-ああ、母さん、ようやく会えた、瞳がまっくろだ、マジムンの瞳、笑わない口元、灰色の肌。あの優しい、強い母さんは、もういないのか。
その姿に、天音の両目は涙で霞む。
「母さん、僕は母さんの魂を救うために、もう何年も、何年も・・でも遅かったね、ごめんね、僕が遅かったから、母さんはこんなに」
天音は涙に濡れた瞳を明日葉に向ける。そのとき、天音は明日葉の傍らの存在に気付いた。
「ああ、まさか、この海にいたんだ。母さんを助けてくれたんだね。母さんが大里鬼に喰われないように・・」
その存在に、天音は話し掛ける。
「じゃあ、僕が今から、天に送るね。でも母さんはマジムンなんだ。せめて、せめて僕の手で、母さんを苦しみから解き放つよ」
天音の頬を、また新しい涙が伝う。
「一緒に見ていてね・・・お父さん」
天音はその手に、残り僅かな霊気を集めた。
つづく
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