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決戦の日

第80話


 2月が始まってすぐのある日、安座真家はある話題で持ちきりだ。それは、間近に迫る優梨の出産のこと。


「あい!ゆうりぃよ~、そんな重いもの持たんよ!もういつ産まれてもおかしくないって、言われたんでしょ!」


 玄関で伸子の声が響く。買い物帰りの優梨がミネラルウォーターを抱えていたからだ。


「雄心も!なんでゆうりぃに持たせるか?臨月の妻を何だと思ってるわけ?」


 一緒に入ってきた雄心もそれなりに重いマイバッグを持っているのだが、ここは伸子に従うしかない。


「あああ、ごめんごめん、優梨、ほら今からでもオレが持つからさ、それ、そこに置いて」

「もう、お義母さん大丈夫ですよ。うちのおばぁなんか、除霊してるときに陣痛が来て、しっかり除霊し終ってから誠仁を産んだんだって、自慢してましたから」

「えぇ、それはスズ子さんのはなしさ!あんたは違うさぁ!!」


 この数日、予定日が近くなった優梨を心配して、安座真家は朝から晩までこの調子だ。


「それにさ、何か天音に大事なこと、あるんでしょ?あんたたちも放っておけない何か、あるんでしょ?」

「ああ、うん。おかぁ、そのとおりだよ・・」


 伸子は天音のことで雄心も優梨もただ事ではない事態に直面していることを、薄々と感じていたのだ。


 雄心と伸子がそんな話をしているところに、奥の部屋から雄大が顔を出した。


「おい雄心、天音から電話、父さんも母さんも電話取らんから、じいちゃんに電話したってよ。ほら、早く」


 雄心と優梨は顔を見合わせた。ふたりとも騒がしいスーパーでスマホの着信を聞き逃したのだ。雄心は慌てて雄大のスマホを受け取る。


「天音!はじまったのか!?」

「父さん、はじまった。母の、名城明日葉の瘴気が集まってる。急がなきゃ。僕はもう向かってるし、サークルのみんな、神鈴さんや言葉たちも向かってると思うから、父さんと母さんは心配しないでね」

「なに言ってる、天音!父さんも行くぞ!!」


 雄心はそう言ったが、すでに天音は電話を切っていた。


 優梨は雄心の顔を見つめている。私だけ家に残るのはいやだ。優梨の顔はそう言っていた。



 知念西小学校下の砂浜。国道からつづら折りの坂を100m近く下ると、その砂浜はある。

 もう夕方に掛かろうとする時間、そこに天音たちは集合していた。天音と言葉はバイクで、そして神鈴と百合子、奥間は辺土名の車で来ている。


ー私にはこのサークルの顧問として、君達に同行する義務と権利がある!


 辺土名はそう言って付いて来たのだ。辺土名をよく知る神鈴や奥間は、もう彼を止めはしなかった。


「天音、お父さんとお母さんに連絡は付いたか?」

「はい神鈴さん。もう大丈夫です。でも母の、明日葉の瘴気はまだ集まり切っていませんね。時間的には少し余裕があったようです」

「うん、そのようだ。ミミチリボージの瘴気も同じだな。この瘴気を逃がさないように、今からこの崖ごと結界で覆うぞ。これはことちゃんと百合ちゃんには無理だな。私と天音でやる」

「ちょ、ちょっとだけいいかな。天音くんは今日、この時間にその、ミミチリボージの瘴気が動くって、どうやって知ったんだい?」


 そう聞く辺土名の横で、奥間も頷いている。


「ああ、それは、これです」


 天音はポケットからシャープペンシルを取り出した。それはシャープペンシルにしてはかなり高級に見える。


「このシャーペンにはキャップがあるんですけど、僕はそのキャップを、そこに」


 そう言うと、天音は駐車しているスペースの地面を指差した。そこにはシャープペンシルのキャップが刺さっている。


「僕はシャーペンに強く思念を込めました。それを二つに分けて、離したんです。これでシャーペンのキャップと本体に、強い絆が結ばれました。僕はつまりその絆を辿って、母の瘴気を常に感じていたんです。遠く離れても、昼も夜も」


 なるほど、という顔で頷く辺土名の横で、奥間は急に何かを思い出した表情だ。


「ああっ!風樹館の万年筆!あれと同じ事か!」

「今さら思い出したのか、あのとき勇二、お前は死にかけたのにな」


 神鈴はそんな奥間に、呆れた顔で言った。


「それより天音、もういいか?余裕があるとは言え、どれくらいの時間があるかは分からないんだ。そろそろやるぞ?」


 天音も頷く。その瞬間、神鈴の頭の中に、声が響いた。


「神鈴、それはダメだ!結界に天音の霊気を使うでないわ!誰と闘うと思っておるのか!結界は儂が張る。お前の目と体を通してな。お前の霊気も使わんぞ、儂が、儂の霊気で張るわ!それほどに、こいつは恐ろしい。ミミチリボージだけでこの気配か?神鈴、天音、気を付けてなぁ」


 音にならない声の主、それは、真鏡名スズ子だった。


「っ!!もう、大声だなぁ。天音、結界はスズ子おばぁが張るってさ、お前たちは闘いに集中しろ、ってことだな」


 海を含む砂浜一帯、そして崖までも強力な結界で覆うには膨大な霊力が必要だ。その力を天音と神鈴が使えば闘いは不利になる。スズ子はそう考えたのだ。


「しかし、おばぁが恐れるようなマジムンなんて、そういないんだが・・・お、やるみたいだぞ」


 神鈴の両手がひとりでに上がる。だがそれは、神鈴の目と体を使ったスズ子の力だ。


 緑色に輝く霊気が、神鈴を中心として湧き上がる。それは天空に届くかと思えるほど高く、そして大きく広がった。まるでドームのように展開された結界は、そこにある瘴気を全て閉じ込める。巨大で強力な結界は、異世界のような異空間を作り出した。


「これは、昔見たミミチリボージの異界結界より何倍もすごい。さすが、おっきいおばぁだな」


 そう呟いた天音だが、すぐに異変に気付いた。


「神鈴さん!結界の中でどんどん瘴気が集まってます!ミミチリボージの瘴気、それに母の瘴気も」

「ああ、空間が閉じたからだな、これは、もうすぐだ。勇二、助教と離れておいて。なんかあったら、すぐここから逃げてね」

「神鈴!分かったけど、逃げんし!ね?顧問」

「ああ、ワンを誰だと思ってる?スズ子さんも認めた辺土名だ。誰が逃げるか!」

「ふふふ、分かった。ことちゃん!百合ちゃん!ふたりは私と一緒に天音の援護ね。子鬼が山ほど出るよ!それもでかい子鬼がさ・・・でかい子鬼って、変だったか?」

「いいえ、神鈴さん、私はでっかい花子さんとも闘ってるの、変じゃないわ!でかい子鬼、やってやろうじゃない!」

「私は、えっと、東京の山奥の奥多摩の神社の神主の娘ですから!その名に掛けて負けるわけには!」


 言葉は持参した竹刀をブンブンと振り回している。百合子も自分の霊力に合わせて持ってきた短い釣り竿をヒュンヒュンとしならせている。

 言葉の技は霊気の刀、霊刃となる。百合子の技は霊気の鞭、霊鞭だ。近接戦闘と遠隔攻撃、ふたりの技は相性がいい。


「っていうことだ!天音、お前は思う存分ミミチリボージを叩け!私らも後ろから援護する!」

「はい、神鈴さん、そろそろ、来ますよ!!」


 身構える天音たちの目前に、空から、そして崖から集まった瘴気が禍々しい渦を巻いて立ち昇る。そして瘴気はすぐに人型を象った。


 その数、4体。


「こいつら、4体だ。前に倒したミミチリボージが、復活してる!!」


 天音の叫びに、全員の表情が強ばる。

 そして厳しい戦いが、始まった。



つづく


お読み頂きまして、ありがとうございます。

毎日数話ずつ更新していますので、ぜひ続きをお読みいただきたいと思います。

気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします。

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