もののけが棲む所 ④
第79話
停車した車中で、皆が天音の話を聞いている。
「つまり、今日怪現象が起きた玉城南小からここ、知念西小まで、天音のお母さんの思念が残っていた、ということだな?そして、ここで消えた」
神鈴が天音の話をまとめる。奥間が琉大までの帰路にかなり遠回りになる海沿いの国道331号線を選んだのは、途中に知念西小があるからだった。
来る3月、ここでミミチリボージとの決戦を控えているのがその理由だ。
そして今日、その道をミミチリボージと天音の母が通ったという。
「そうです。でも、この小学校に入ったとは思えないんです。止まったなら最後の光景は学校の前とか、中でしょ?母さんの思念はここで止まったんじゃなくって、消えたんです。ふわっと浮き上がるような光景が、最後に見えた母さんの思念です」
「ふわっと浮き上がる?ということは、空を飛んだって事か?」
全員が顔を見合わせた。怪現象の軌跡が描く螺旋の中心がここだ。だが、なぜかここ、知念西小学校では怪現象は起こっていない。
それが唯一の謎だった。それが解けるかもしれない。
「じゃあ天音、この道の下はどうだ?ここはかなり高いだろ?降りてみるか?」
「はい奥間さん、お願いします」
奥間は車を走らせ、国道の下に降りる道を探した。海からすぐに崖が立ち上がる島尻地区は、国道がかなりの標高を走っている。海岸に出るにはそこから降りる道が必要なのだ。
そしてそれは、知念西小学校のすぐ先にあった。斎場御嶽の入り口の正面から下に降りる小道だ。
急な坂道を車は降りていく。僅かな畑も見えるが、ほとんどが手つかずの原野だ。それも狭い。たった数分降りれば小さな砂浜に辿り着く。
全員が車を降りて、今、下ってきた崖を見上げた。国道はその上だ。
「神鈴さん、感じますか?母の残留思念は国道からふわっと浮き上がったんです。多分、この崖のどこかに散っていると思うんですが」
「う~ん、難しいな。ここには様々な霊気があって、しかも濃い。どれかひとつを感じて読むのは私には無理かもしれない。だが天音は感じるんだな?」
「はい、ここまで母の思念を感じながら走ったからかもしれません。ただ、その残留思念もどんどん薄くなっています・・・ああ・・・もう感じなくなりました」
「そうか、意識的に思念を閉じたということか。だからこれまで思念を追えなかった、これはミミチリボージがやっているのかもしれないな。ことちゃん、タブレットを持ってるだろ?螺旋の中心は知念西小学校だったが、ここはどうだ?」
言葉は頷いてタブレットを取り出し、データを保存してあるクラウドにアクセスした。トントンっとタップ音がして、神鈴の問いに応える。
「はい、神鈴さん、螺旋の中心としてどれくらいの範囲を定めるのか、なんですけど、この崖は国道から始まってますから、平面で見れば知念西小の校門のすぐ目の前になります。つまり、螺旋の中心として全く問題ないと思います」
言葉の答えに、百合子も続く。
「知念西小学校で、あの現象は一度も起こっていませんでした。それが謎だったんですけど、螺旋の中心がこの海岸なら説明が付きます」
神鈴は腕組みをして、しきりに考えを巡らせているようだ。そして腕を解き、納得した顔で話し出した。
「そうか。これまでの分析ではこれから2ヶ月後、知念西小にミミチリボージが現れる、と言う事だったな。だが、もうすでにミミチリボージは螺旋の中心に到達している。そして2ヶ月後には、また周辺の小学校で現象は起こるだろう。ということは・・」
神鈴はそう言うと、天音に顔を向けた。
「またミミチリボージが活動を始めるのは2ヶ月後じゃない。もっと早いはずだ」
神鈴の言葉は、決戦が3月ではなく、明日起こってもおかしくない、ということを意味していた。
皆の顔が強ばった。
「天音、考えようによってはだ、ここさえ監視していれば、ミミチリボージが活動するタイミングを見極めるのは容易いってことだ。それに、お前はお母さんの思念をより強く感じ取れるだろ?この場所さえ分かってしまえば、ここを常に監視しておくことは可能じゃないか?」
神鈴の問い掛けに天音は頷いた。そしてポケットからシャープペンシルを取り出してキャップを外す。
「ふぅん、そういうことだね」
「え?神鈴、そういうことってどういうこと?」
意味が分からない奥間が神鈴に声を掛ける。
「ああ、勇二はよく分かると思うんだけどなぁ、だが、分からないなら分からなくてもいいだろ」
「え?なんでオレ?どういうことさ、なんでオレがよく分かるの?」
神鈴は、まあいいだろ、という表情で天音を見た。
「じゃあ天音、集合の合図はお前に任せる。勇二はそのとき絶対運転できるように、禁酒だな」
「あ、お酒かぁ、うん、分かったよ。酒は神鈴の方が心配だけどな」
「私はいいんだよ。勇二が運転なんだから。よし!今日はひとまず、帰るか!」
神鈴の号令で、皆が車に乗り込んだ。
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奥間の車は知念佐敷の国道331号を北に向け走っている。
広々とした干拓地を走る道路はほとんど真っ直ぐで、椰子の植栽や左手に迫る奇岩の景色も珍しいドライブルートだ。
「オレが車を出すのはもちろんいいんだけどなぁ、天音とか言葉ちゃんはバイクで動くだろうし、でも神鈴はなぁ、車持ってるくせになぁ、たまには百合子ちゃんとか乗せてくれても、いいんじゃなかろうかぁ~」
奥間は運転しながら誰に言うともなく呟いている。だが、その呟きは神鈴にしっかり聞こえていた。
「は?勇二、私は車を持っているが、それがなに?勇二は私を乗せたくないのか?」
「ん~、そうじゃないんだけどなぁ~、たまにはなぁ~、神鈴の車に乗ってやっても、いいのかなぁ~って」
言葉と百合子はそんなふたりを見ながらヒソヒソ話。
「ねぇ言葉さん、ふたりってやっぱり、あれなんですねぇ」
「そうよねぇ。あれじゃないと、あんなやり取り、しないよねぇ」
だがそれも、神鈴にしっかり聞こえている。
「ふ・た・り、う・る・さ・い」
「あ、すいません~~」
「はぁ~い、だまりますぅ~」
そう言いながらも、言葉と百合子のクスクス笑いは止まらない。
「ごほっ!ところでな、天音」
神鈴の声色が変わった。
「さっきあの崖下の砂浜で、いろいろな霊気が集まっていて、しかも濃いって言っただろ?」
「はい、確かに濃かったですね。岩や草木や、自然にある霊気や小さなマジムンの瘴気では説明が付かない濃さでした」
「そうだ。だがな、もしあれが“いろいろな霊気”じゃなかったとしたら、どうだ?」
「それは・・・でかいマジムンが、あの一帯に散っている・・」
「そうだ、でかいのがひとついる・・かもしれない。あのときのワーマジムンみたいにな。だとしたら、ミミチリボージなど比べものにならないかも、だぞ?」
「そうですね、そのとおりかもしれません」
天音は目を瞑り、マジムンになってしまった母に思いを巡らせた。
-ミミチリボージを封印し続けている母さん。今もあの崖下で、ミミチリボージと共にいる。だけどそれすらも、更に恐ろしい何者かの手の平だったとしたら、僕は勝てるのか?いや、母さんを救うことすらできないのかも。
天音は身震いしながらマジムンとなった母の瘴気を感じようとしていた。
今、天音は遠く離れたとしても、あの場所の、母の瘴気を感じることができる。
この瘴気が高まるとき、そのとき、すべてが決まる。
天音は唇を噛み締めて、まっすぐ前を向いた。
つづく
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