もののけが棲む所 ②
第77話
玉城南小学校は沖縄本島南部、東に太平洋、西に東シナ海を望む“島尻”と呼ばれる地域に位置している。
ここは海からすぐに100mほどの高台が立ち上がり、急斜面が続く地形だ。つまり海側には平地がほとんど無い。
「えっと、高良広大くん、気分はどうかな?もう大丈夫?話せる?」
神鈴はミミチリボージに取り憑かれた4年生の男子、高良広大の横に座り、優しく話し掛けている。やはり、かなりの霊気を失っているが、神鈴がそれをゆっくりと補い、青白かった顔はようやく赤みを帯びてきた。
玉城南小学校の保健室には、広大とその母の雪子、担任の教師、そして神鈴と天音がいる。言葉たちは車で待つことになった。大人数では子供を刺激するからだ。
教室や廊下で暴れた広大は、駆け付けた教師の対応が遅れ、10人ほどの子供たちを巻き込んでしまっていた。その後ぐったりとしゃがみ込んだ広大は保健室に連れて行かれ、すぐに母親の雪子が呼び出されたのだ。
雪子は呆然とした様子で息子と神鈴のやり取りを見ている。
「広大、どうだ?話せるかって、お姉ちゃんが聞いてるぞ?」
そう言う教師に、広大は黙って頷いた。
「じゃあ広大くん、最初にどんなことがあったのか、お姉ちゃんに教えてくれる?」
広大は混乱した記憶を辿るように話し始めた。
「うん、僕ね、給食を食べるのが遅くてひとりになっちゃって、早く遊びたくて、それで食べ終わったら昼休みが短くなって、みんなと遊びたかったから急いで階段を降りて、窓から校庭を見たら、みんな泥警してて、僕もって、あわてて走り出したら、なんかが後ろから、うわぁーって・・」
その後、広大は階段を駆け上がり、廊下や教室にいた子供たちを引き摺り回したり、叩いたり蹴ったりして暴れた。教師が駆け付けたときには、すでに10名ほどが廊下に倒れたりしゃがみ込んだりしていたそうだ。
その10名に大きな怪我はなかったが、一様にぐったりした表情で、立ち上がれない子供もいたらしい。
「僕ね、訳が分かんなかったけど、でも自分が何をしているか、ぜんぶ分かってた。自分がみんなに乱暴してるって、ちゃんと分かってた。でもなんかが、なんかが僕の後ろで僕の体を使うんだ。僕はどうしようもなくって、みんな痛がってたのに、どうしても手や足が止まらなくって、ごめんね、ごめんねって思いながら・・・」
広大は罪の意識か、目に一杯の涙を溜めてそう言った。
「うんうん、辛かったね、怖かったでしょ?それで、先生に止められたの?」
涙を拭った広大は、神鈴の顔を見上げる。
「ううん、先生には止められたけど、その前にね、おばちゃんが来てね、僕の後ろのなんかを、ぶわぁーって、やっつけた?かなぁ・・」
「うんうん、それで?そのおばちゃんはどこから来て、どこに行ったの?」
「分かんない、急に僕の前に出てきて、僕の顔を撫でて、大丈夫よって言って、後ろに、ぶわあーって、消えちゃった。そしたら僕、力が抜けて、立てなくなって、そこに先生たちが走ってきたの」
神鈴は教師に顔を向け、そうですか?という仕草を送った。教師は黙って何度も頷いている。
その様子を見ていた広大の母、雪子が初めて口を開いた。
「あの、真鏡名さんとおっしゃいましたね。広大になにがあったんでしょう?この子は普段すごく優しくて、おとなしくて、人を叩いたりして暴れるなんて、私は今も信じられなくて。広大が言ってた何か、とか、おばちゃんって、いったいなんなんですか?」
息子が暴れ、余所様の子供に怪我をさせてしまった。その母親としていろいろと心配や納得できないこともあるのだろう。神鈴はできるだけ丁寧に説明しようと決めた。
「お母さん、納得いただけるかは分からないんですが、広大くんのようなことは、これまで何度も起こってるんです。いろいろな小学校で。ただ、これを公にしても信じない人の方が多いでしょう。子供がなにかの切っ掛けで暴れたんだろうとか、そういう性格の子なんだろう、そう思われるだけかもしれません。でもお母さん、これはマジムンが引き起こした現象なんです・・」
マジムンと聞いて、雪子も横にいる教師も驚いている。神鈴はこの現象が沖縄中で起こっていて、自分たちは琉大のサークルでそれらを調べていること、そして暴れた子供や巻き込まれた子供たちは例外なくぐったりとした状態になっていて、それは霊気を吸われていることが原因だということを丁寧に説明した。適当に誤魔化そうが、しっかりと説明しようが、どちらにしろ信じてもらえないなら同じだからだ。
「広大くんを見てください。私たちが来るまで、ぐったりとしていました。今は良くなっていますね。それは私が、マジムンに吸われた霊気を補ったからです。それと先生、巻き込まれた子たちも同じようにぐったりとしているはずです。その子たちの所にも私たちが行って、元気にしてあげようと思います。信じていただくことが前提ですが、そのためには先生にも、お母さんにも協力していただきたいんです」
雪子は左手で広大の手を握りながら、右手で頭を撫でている。
「ほんと、広大の顔色が全然違うし、目に元気がある。いつもの広大ね。真鏡名さんはこの子がマジムンに取り憑かれてあんなことをして、そして霊気を吸われたって。それって、マブイを落としたっていうこと?」
「マブイ落としとよく似ています。でも、吸われたマブイは回復するまで待たないと、すぐには戻りません。それともうひとつ。広大くんの話に出てきた“おばちゃん”ですけど、それもマジムンです。ただ、このマジムンが広大くんを助けてくれました。もしこのマジムンが助けなければ、広大くんはマブイを吸い尽くされて、かなり危なかったかもしれないんです」
広大の言う“おばちゃん”も霊気を吸ったことに、神鈴は触れなかった。それが天音の母親であることにも、もちろん触れていない。
雪子は神鈴の話を真剣に聞いて、頷いた。
「実は、うちの門中にユタがいるんです。私も子供の頃から視てもらっているから、マブイ落としとか真鏡名さんの言うことは分かるつもりです。それに、ご迷惑をお掛けした子供さんのお宅に早く行きたいし、それでお伺いしますが、真鏡名さんって、あの、ユタの真鏡名家の方ですか?」
「ご存知でしたか。はい、私は真鏡名のユタでもあります。真鏡名神鈴といいます」
雪子は真鏡名家のことを知っていた。すぐ神鈴の正面に向き直り、頭を下げる。
「そうですか!じゃあぜひ!この子が巻き込んでしまった子供たちのお宅に、ご一緒いただけませんか!」
神鈴は少し微笑みながら頷いた。天音も同様に頷いている。
ふたりは霊気を吸われた子供たちの所へ急いだ。
つづく
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