まじむんになった母 ③
第74話
ああ、眠ったわ。でもすぐに別のが目を覚ます。
もうここを離れなければ。
次はどこ?なるべく遠くに、遠くに行かなければ。
でもどうして、どうして遠くに行くの?
忘れた、忘れてしまった。
おう、おう、おう。
次のが目覚めたら、こいつはすぐに子供を狙う。
そうしたら、また子供の霊気が吸える。
ああ、うれしい。力が戻る。
力が無ければ、こいつらを押さえられないから。
ここにはたくさんの子供たちがいる。
ここでたくさん吸いたい。
そしたら遠くに飛べる。
だからたくさん吸いたい。
違う違う。子供は好き。
かわいい。
愛してる。
触りたい、抱きしめたい。
でもどうして?
どうしてこんなにかわいいの?
わたしの子供だから?
わたしの、こどもなの?
違うの?
おう、おう、おう。
いけない、またひとり目覚めそう。
次は、あそこかしら。
それとも、ここかしら。
・
・
数日後、琉球弧伝承研究室に神鈴と1年生、2年生が集合していた。
「みなさん、このデータを見てください」
部室に備え付けのモニターに、百合子がデータを映し出す。それは沖縄本島を中心とした地図で、これまで調べた怪現象の地点がマッピングされている。
沖縄は離島県だ。その人口、約150万人は沖縄本島と伊是名や久米島、慶良間といった島々、宮古八重山、そして与那国まで広範囲に散らばる。
だがその人口のほとんどは、沖縄本島中南部に集中している。つまり那覇市を中心としたその周辺に、小学校も集中しているのだ。
百合子が示したマップには、これまでに全島の小学校で調べた怪現象のうち、××小学校でミミチリボージと闘い、明日葉が命を落としたあの日以降に起こったものが全てマッピングされている。
この14年間に起こったものとは言え、その数は膨大だった。いわゆる“学校の怪談”が無い小学校などどこにもないからだ。
特に沖縄本島中南部や石垣市、宮古島市などの人口集中地域は真っ黒に塗りつぶされ、とてもデータと呼べるものではない。
「ではここから、ただの噂や都市伝説の亜流というものを消します」
百合子がマウスを操作すると、真っ黒だった画面に変化が起こった。
「わお、ほとんど消えた」
「うん、でもまだ那覇とかはかなり密集してるね。それに石垣とかも残ってる」
「そうですね。それでは次に、明らかに別の霊現象と思われるものと、キジムナーのいたずらを消します」
「ええ?別の霊現象ってそれはそれでまずくない?それにキジムナーは別枠なの?」
「達也くん、今回調べて分かったんだけど、キジムナーのいたずらはすっごく多いのよ。それにね、小学校に入り込める霊って少ないの。だから小学校の不思議現象は、キジムナーがほとんどかも」
「そうなんだぁ」
「もう、達也くんは沖縄出身でしょ?ネェネェに笑われるよ?」
百合子は達也の顔を見ながら呆れ顔だ。
実際、達也と百合子のやり取りを見ながら、日葵はくすくすと笑っていた。
「じゃ、続けますね」
百合子が再びマウスを操作すると、マップの印は更に減る。
「おお、すごく減った?でも、まだ200?くらい、ある?」
「ええ、でもこれにはよく似た事例も含まれているんです。小学生ってよく喧嘩したり体調不良で倒れたりするでしょ?なので、日付と学校がはっきり分かっている達也くんの2件と先日の春香ちゃんの件を元に、確度の高いものから低いものまでランク付けして、色を付けてみます」
百合子がマウスをクリックすると、マップがカラフルに彩られる。
「へぇ、赤が確度が高い?で、オレンジ、黄色から白になるほど確度が低いのか」
「あ、宮古とか石垣のポイントは消えちゃったね。久米島は、あるねぇ。渡嘉敷島も、津堅島もあるか」
「あれ?なんか図形みたいに見えるの、わたしだけ?」
仲間五月がメガネに手を添え、目を細めながら呟く。
「はい、五月さんの言うとおり、赤からオレンジ、黄色といった色を見ると、図形のように見えます。では最後のフィルターです」
百合子がマウスをクリックすると、皆から声が上がった。
「また減った。で、ポイントとポイントを線で結んであるね」
「う~んっと、これって海があるから分かりにくいけど、螺旋か?」
「で?最後のフィルターって、なんだ?」
「それは、このフィルターに気付いた言葉さん、お願いします」
百合子に振られ、言葉がモニターの横に進む。ここまで、皆が集めた情報を百合子と言葉が分析し、マッピングデータとしてまとめたのだ。
「じゃあみんな、最後のフィルターについて説明するね。これはね、この現象が発生した日がはっきり分かってる事例と曖昧でも時期は分かるという事例のうち、順番が食い違うものを除いてるの。つまり、時系列データってことね」
言葉の説明に皆が耳を傾ける。
「この現象は約2ヶ月に一度ほど起こってるみたい。もちろん抜けてるデータもあると思うんだけど、精度は高いわ。そして現象が起こる度にある点から螺旋状に遠ざかる。そしてその距離が限界に達するとまた螺旋状に近づいて、それが繰り返されているように見えるの」
14年前、××小学校で起きたミミチリボージと天音の母、名城明日葉の闘い。そこで明日葉は自らの命を使い、ミミチリボージを封印した。そこから始まったこの怪現象は、沖縄本島とその周辺に広がっている。
日葵を始めとする2年生たち、そして日葵の弟の達也は、これまで友人たちや親類の伝手を頼ると共に、各地の小学校に直接連絡を取り、出来る限りの情報を集めたのだ。更にその現象の発生時期も、聞き取った情報を元に学校まで出向き、古い校内日誌などを確認させてもらっている。
そんな彼らの行動の結果、怪現象が発生した日付や時間まで判明した事例も多かった。
「この正確に日時が分かっている赤い点、そして時期が分かっているオレンジの点に、年月日を入れてみるね」
言葉がマウスを操作すると、それらの点の横に年月日が表示される。順番に表示される日付は、約2ヶ月置きに遠ざかり、沖縄本島北部まで北上する。そして日付は、逆方向に近づいてくる。
「沖縄本島の北まで離れるとそれは戻ってくるけど、久米島や慶良間諸島が入っているから螺旋だって分かるでしょ?」
そこまで聞いて、日葵が声を上げた。
「ねぇ、それってさ、どうしてせっかく遠ざかったのに、また近づいてくるわけ?」
「うん、多分なんだけど、吸収できる霊気の量が関係してるんじゃないかなって思うの。小学校が近くて多ければたくさんの霊気が集まるでしょ?そこで吸った霊気を使って遠くに離れるんだけど、霊気が少なくなると、その、天音のお母さんの力が弱まるって言うか・・」
「そうか、ミミチリボージを封印するのに霊力が必要だからっていうことね。だから都市部でたくさん集めて・・」
言葉と日葵は、自分たちの考えがどのような意味を持つのか、まだ気付いていなかった。
言葉が話を続ける。
「それにね、本島中南部を拡大すると、螺旋がハッキリと分かるの」
言葉はそう言いながらマウスをクリックした。マップが那覇を中心に拡大される。
「本当だ。中南部には小学校が多いから、現象が起こった学校同士が近い。確かに螺旋になってる」
「それにさ、螺旋の中心は那覇じゃないね。もっと南だ。この中心って?もしかして天音がいた××小学校?」
智と武史が口々に声を上げた。そして、××小学校かという武史の問いには天音が応えた。
「ううん、武史、中心は××小じゃない。少し南にずれてる」
「じゃ、螺旋の中心はどこなのさ?」
「ここは、知念西小学校だ」
天音の答えに、言葉が続いた。
「そしてね、春香ちゃんの小学校がここ、那覇の久茂地第二小学校ね。ここから2ヶ月置きにどこかの小学校で現象は起きる。すると・・・」
天音が引き継ぐ。
「あれから14年。3年置きに現象は帰ってくる。つまり次にここ、知念西小学校に戻るのは、来年の3月だ」
「そうね、来年の3月。でも、まだ分からないこともあるの」
皆が言葉の顔を見る。これ以上、なにが分からないのか、という顔で。
「あのね、知念西小の周りで起こる現象は××小学校も含め結構あって、綺麗な螺旋を描いてるの。その中心は、ほぼ知念西小を指している。でもね、この現象は知念西小で起こってないのよ、一度も」
「あのさ、それってさ、どういうこと?」
意味が分からず疑問を投げる智に、天音が応える。
「つまり、中心にいるヤツこそが親玉かもしれない、っていうことさ」
皆の表情が強ばった。
決戦は来年の3月だ。
それまでに、計画を立てなければ。
入念に、入念に。
天音は明日葉の顔を思い浮かべた。
春香の残留思念を読んだときに見た顔だ。
14年振りに見た母の顔。
その母の顔は、すでにマジムンだった。
つづく
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