まじむんになった母 ②
73話
「あ・・・比嘉部長、じゃなくって、比嘉さん」
「ああ、新垣、ひさしぶり~、赤字で大変な前部長で~す」
部長当時と変わらない、のんびりした口調で入ってきたのは、琉球弧伝承研究室の前部長、比嘉光良だった。
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「ごめんねぇ~神鈴くん、楽しい学祭打ち上げなのに、僕まで呼ばれちゃって~」
「いえ、私も久しぶりで嬉しいですよ。それに後輩たちも増えてます。1年はふたりですけど、2年生は7人になってますよ?」
「ホントだね~、初めて見る子たちが6人もいる。じゃあさ~、僕も就職したからさ~、ちょっとくらい会費に色付けるね~。でもね~、安月給だから期待はしないでね~」
比嘉は在学中の就職活動を一切せず、卒業後に就職先を決めていた。
就職には時期や運もあるだろうが、比嘉は自分に合った仕事を焦って探したくない、そういうタイプだった。今は沖縄各地のタウン誌やウェブ広告を扱う会社でデザイナーとして働いている。
「それでねぇ、今日来たのはさ~、うちの会社でちょっと気になる話を聞いたもんだからさ~、神鈴君に相談しようと思ってさぁ~」
それは数日前、会社の飲み会での話だった。
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「比嘉くん、聞いてくれるかぁ、いや、聞いて欲しいなぁ」
その日、先輩はしたたかに酔っていた。
「君はさぁ、新卒だし、琉大だし、オレみたいな高卒じゃないから、いろいろ勉強してるだろぉ?それに君、教育学部だったらしいし、詳しいだろぉ?子供のこと」
「いやぁ、確かに教育学部ではありましたけど、僕、家庭科の教員免許しか持ってませんよぉ?」
「家庭科?いいさぁ!家庭科!比嘉くんが家庭的ってことなんだろ?じゃあ話すぞ、聞いてくれ」
「いやまぁ、家庭的って言われれば~、はい~、そうですねぇ~」
話とは、先輩の子供の事だった。
その子は小学5年生の女子で、明るくて優しい性格からクラスの人気者だったそうだ。
ところがある日、その子が突然、学校で暴れたのだ。
「それがさぁ、暴れ方が普通じゃなかったらしいんだよ。うちの子さ、奇声を上げて男子を羽交い締めにして、女子を張り倒して蹴り飛ばして。いつもは優しくて、ガジャンだって叩けない子なのに・・」
そこまでなら、子供なりに誰も知らないプレッシャーに耐えていたとか、思春期に差し掛かる女の子の不安定さとか、暴れた理由はなにかしら説明が付くのかもしれなかったが、先輩の話で気になったのはその後だった。
「それでなぁ、うちの子が暴れて怪我をした子はいなかったんだけど、オレがその子たちの家に謝りに行ったらさ、何軒かの親に言われたんだよ。あれからうちの子の元気がなくて困ってるって、オレはもう平謝りでさぁ」
先輩は泡盛の水割りを一気に飲み干した。迷惑を掛けた相手に謝って回るのはよほど大変だったのだろう。
「でもなぁ、それ以上に困ってるのは、うちの子が変なこと言うからなんだよ。あのな、暴れたとき、なんかが後ろから自分の手や足を持って操られたんだって。でな?急にそのなにかが外れたと思ったら、おばさんがいたらしいんだ。それでな、うちの子の顔を両手で撫でて、言ったんだってさ」
誰かが作ってくれた新しい泡盛のグラスを手に取ると、先輩は人差し指でカラカラと氷を鳴らした。
「かわいいわぁ、ってさ」
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「それでさ~、僕の後輩にそう言う方面のスペシャリストがいますから~って、神鈴くんと天音くんに相談しようと思ってね~」
最初、比嘉の話を聞いていたのは神鈴だけだったが、いつの間にか天音や言葉、日葵たち2年と百合子たち1年も集まっていた。
「天音、これはお前たちが調べている件と関係あるか?」
「ええ、全く同じです。これは同じ怪異が起こしている現象だと思います」
言葉と百合子が顔を見合わせて頷く。
「私たちはこれまで調べた事例を全部マッピングしてますけど、この事例が一番新しいですね。それに場所は、那覇市内ですか?」
「あ、う~ん、そうだねぇ~、久茂地第二小学校、だったかなぁ~」
「久茂地第二、すごく近い。天音、これ、次どこに行くか予測できるかも」
そう言う言葉に、天音も頷いた。
結局、比嘉の先輩の件については、神鈴と天音のふたりがそれぞれ子供たちの家を回り、話を聞きながら霊気を補うことにした。
そして最後は、比嘉の先輩の家だ。
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「それで春香ちゃん、あなたが用具室にひとりで行って、その時なにかが背中に乗った気がしたのね?」
「はい、用具室にチョークを取りに行ったんです。そこでは何かを擦るような、シャリーシャリーって音がしてて、そしたら私、急に気分が悪くなって、誰でもいいから叩きたくなって、教室に走って行って、それで、それで・・」
比嘉の先輩の娘、春香は俯いて涙ぐんでいる。その背中を神鈴が優しく撫でて、そして霊気を補う。
-ずいぶん霊気を吸われてる。でもこれくらいなら、すぐ元気になる。
春香は顔を上げ、涙を拭いた。その目には、みるみる生気が戻っている。
「大丈夫よ、春香ちゃんのお友達のところにも、お姉ちゃんたちが行って、ちゃんと春香ちゃんのこと話してあるから。それに、もうみんな元気になってるのよ?」
神鈴の言葉に、春香の顔が輝いた。
「ホント?お姉ちゃん、みんなも助けてくれたの?」
そう言った春香の顔が俄に曇る。見れば、わずかに肩も震えている。
「お化けからみんなを助けてくれたの?でも、でもまたお化けが来たら、どうしよう」
「お化けって、どういうやつだった?」
「うん、手しか見えなかったんだけど、ゴツゴツした手で、それに掴まれたら腕や足が勝手に動くの。それでみんなを叩いたり、蹴ったりして・・」
「お化けはひとりだったのね。でも、そのお化けを誰かが・・」
「うん、女の人だった。ううん、女の人の感じがしたの。優しいような、でも怖いような。そしたらね、その人がゴツゴツの手を払って、そして私の顔を撫でて、かわいいわぁって言ったの。そしたら私、力が抜けて、床にしゃがんじゃって・・」
「分かったわ。春香ちゃん。私とこのお兄ちゃんがね、そのゴツゴツをやっつけてあげる。それにね、その女の人も助けるわ。だからね、安心してね。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
神鈴は優しく春香を抱きしめた。
大丈夫、大丈夫、神鈴の声は言霊となって、春香の心に染み込んだ。
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春香の家を後にした神鈴と天音は、比嘉に送られて大学に戻っていた。
「ふぅ、比嘉さんも春香ちゃんのご両親も、とても喜んでいた。春香ちゃんも最後は笑ってくれたな。天音、お疲れ様」
「そんな、春香ちゃんは神鈴さんに癒やされたんですよ。僕はなんにも」
「ははは、でも天音、見ていただろ?」
「え?ええ、まぁ」
「それで、見えたか?」
「はい、見えました。僕、全部分かってしまいました・・・」
天音は神鈴と春香が話している間、春香に残った思念を読んでいた。
それは用具室で春香を襲った怪異の姿、そして怪異から春香を救った女性の姿だ。
「あれは間違いなくミミチリボージです。でも1体だけでした。あいつは元々4体、前の闘いで1体は消滅していますから、今は3体のはずです。そして春香ちゃんからミミチリボージを退けたのは、やはり僕の母、名城明日葉で間違いありません。ですが・・・」
天音は俯いて言葉を詰まらせた。そして意を決したように顔を上げ、口を開く。
「春香ちゃんの霊気を吸ったのは、母です。ミミチリボージではありません」
神鈴は目を見開くばかりで声を発することができない。
「母に、名城明日葉に人の心は残っていません。僕の母は・・マジムンです」
つづく
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