神鈴の恋 ④
第71話
クブラバリから這い出た女の霊たちは、ゆらゆらと揺れながら辺土名と奥間に近づき、口々に何かを呟いている。
-おとこ、おとこ・・・
-おら、そこにおとこがおる、ふたりおる・・
-おとこがなぁ、おれのこどもをなぁ・・
-うばいよった
-さらいよった
-殺しよった
-ころしよった
-おれも、おれのことも、おとこがよぉ
-ころしよったよなぁぁぁぁああ!!
数十体もいる霊たちはその霊圧を上げ、それぞれの霊気が混ざりあった。それはまるで、ひとつの巨大な幽霊の呈を成す。
「奥間、辺土名さん、私の後ろに下がって!私はあなどった。これはすぐには祓えない!」
「分かった!神鈴くんの後ろでいいんだな!」
叫ぶ神鈴に辺土名は即座に応える。
「はい!決して前に出ないで!これは女の霊の集合体、男を、辺土名さんと奥間を狙ってます!」
その瞬間、神鈴は我が目を疑った。強烈な霊圧が吹き付ける中、神鈴の前に立ち塞がる奥間の背中が見えたのだ。
「奥間、ダメだぞ!こいつは人の霊気を吸おうとしていない!この霊は男を、殺そうとしているんだ!」
「あ、あああ、神鈴さん、あああああ、や、やばいかもしれないでぇすぅうう・・でも、風樹館ほどでは、ありまへぇぇんんん~、今のぉぉおお、今のうちぃにぃぃいい」
奥間の口はだらしなく開き、喋る事もままならない。開いた両腕は痙攣し、両足はがくがくと震えて今にも倒れそうだ。
神鈴は呆れた。霊能も無く、すでに霊障を受けている奥間。
「バカ!何が今のうちにだ、おまえが危ないんだって言ってるんだぞ!この、バカ勇二!!」
神鈴を振り返り、よだれをだらだらと流しながら、奥間が声を振り絞った。
「だってぇええ、神鈴さんにぃぃぃいいい、なんかぁ・・・あったら・・」
最後まで聞かず、神鈴は奥間のシャツを掴んで引き寄せた。
「辺土名さん、お願い!」
奥間を霊気で包むと、神鈴は辺土名に向かって奥間を突き飛ばした。
「おお!まかせろ」
辺土名が神鈴の後ろで奥間を受け止める。
-よし、やるわ。今は集合しているけど、霊の数は数十・・・28体か。
神鈴は両手に印を結び、その手を広げて空を見上げた。目を瞑り、まじないを唱え、天と絆を結ぶ。
天から神鈴に向かって光の道が降りてくる。緑色に輝く神鈴の霊気と、天の道が交わった。
-来た。来たわ。
神鈴は目を開き、目前の霊体に向かって霊気を広げる。それはクブラバリを包むほどに大きい。巨大な霊の集合体は、クブラバリごと神鈴の霊気に包み込まれる。
何者をも癒やす緑色の神鈴の霊気。それに包まれた霊の集合体は見る間にほどけ、ひとりひとり女の霊に戻った。
女の霊たちは憎しみの対象を失い、クブラバリの周りに佇むしかない。
その霊たちに、神鈴が言霊を放った。
「あなたたちの赤ちゃんは、ここよ」
一瞬の後、神鈴が繋いだ天の道を通って、赤子がひとり、またひとりと姿を現す。
見る間に、28人の赤子が緑色に輝く空間に浮かんだ。
「あああぉぉぉおおおお、あああ、あれ・・あれはぁああ」
「ううぅあああ、あああ、あれは、わたしの・・」
「ああああ、わたしの、わたしの・・・赤ちゃん」
神鈴は女たち全員の子供を降霊したのだ。
女たちはみな、それぞれの赤子を抱きしめる。涙を流すもの、笑顔をみせるもの、それぞれがそれぞれの思いのまま、赤子を抱きしめる。
憎しみと哀しみに塗れていた女たちの顔は、慈愛に満ちた母の顔に変わる。
そしてひとりずつ、女たちは消えていった。
最後のひとりが消えたとき、神鈴は辺土名と奥間を振り返って言った。
「ぜんぶ終ったよ、辺土名さん、勇二」
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翌日の昼前、与那国空港に、神鈴たち3人と東江富雄、俊子夫妻の姿があった。
「真鏡名さん、俊子がね、こんな一日で、たった一日でこんなに元気になって、元に戻って、俺は嬉しくて嬉しくてねぇ、あなたに依頼して良かった、本当に良かった!」
東江は涙声で神鈴に感謝する。その横では、生き生きとした表情で俊子が笑っている。
「あなた、周りに人がいるのに泣かんで!それにこれで終わりじゃないのよ?私たちは神鈴さんたちにご恩があるの。これからバリバリ働かんと!」
「あ、ああ、そうだね、俊子。これからバリバリ働いて・・・あ、そうだ」
東江がなにか思い出したように声を上げた。
「真鏡名さん、そう言えば現場のあれ、霊障って言ってたでしょ?あれは何もしてないんじゃ、今のままだと東江建設は、つぶれちゃう・・」
「ああ、あれですか。あれはとっくに終ってますよ?」
「ええ?いつの間に?」
「あの資材置き場の古い機械たち、霊障は、あの機械たちが付喪神になって起こしていたんです。だから言ってあげたんですよ。まだ動く子は、社長がちゃんとしてくれるよ、動かない子も、社長がちゃんとしてくれるから、って」
「あの資材置き場の機械たちが、付喪神?・・ああ、そうか、俺が、社長の俺が、ちゃんとしてやっていれば良かったのか・・結局、俺のせいだった」
東江の目から、また涙がこぼれた。俊子が夫の肩を抱く。そこに神鈴が近づき、俊子に耳打ちした。
「あのね俊子さん、こどもが出来るよ?そうねぇ、来年の夏の初めには産まれるよ?」
俊子の目が、ぱっと輝いた。
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神鈴たち3人は、搭乗待合室のベンチに座っていた。
「あの、神鈴さん、さっき俊子さんに何を言ったんですか?」
奥間が神鈴に尋ねる。神鈴は意味ありげな視線を奥間に送った。
「それはね、ちょっと男には言えない、かなぁ。そうねぇ、占いみたいなものよ」
「へぇ、占い・・・それに東江さんの家で俊子さんとふたりで話してたでしょ?4時間くらい、あの後、もう俊子さんは元気だったでしょ?あのときは?」
「うん、俊子さんには女の霊が憑いてた。それはすぐ分かったんだけど、俊子さんの不調は霊障だけじゃなかったのよ。そうねぇ、流産して、会社が傾いて、そういうストレスがすごくて、鬱病みたいになっちゃったのね。そこに霊が憑いた。だからね・・」
神鈴は俊子の心をほぐすため、俊子が話すことを全て受け止めた。そして心を開こうとする俊子に神鈴は問い掛けたのだ。
「例えばね、当時見た悪い夢のこととか、つい考えてしまうこと、してしまったことを聞いたの。その後、悪夢を見てこう思いましたね、とか、その考えは結局こうなりましたね、そうしたらご主人はこう言ったでしょ?って。それって俊子さんにとっては占いみたいなものね。それで俊子さん、私のことを信じてくれたの」
占いみたいなもの、それを聞いた奥間の目が、キラリと光った。
「占い!いいですね、今度の学祭でやりましょうよ!神鈴の館!占いの館!!」
「えっ?いやよ、なに言ってるのよ、バカなの?勇二、バカなんでしょ、それと、もう敬語いいから、勇二の方がいっこ上じゃない、私のことは神鈴って呼び捨てにすれば!?」
「え?いいの?ほんと?怒らない?ま、せんか?」
「もうっ!ばか!!」
奥間勇二、今風の大学生と言えばこんな感じ、という風貌。身長は170cmほど、趣味はゲームだがビーチパーティーも大好き。学業はほどほどで、世の中のことも知らないことだらけのようだが、今はなんでも知りたいと勉強中。何が彼をそうさせたのかよく分からないが、とにかく一緒にいて面白いだけ、という平凡な男。
-でも、そこがいいんだろうなぁ、神鈴くんみたいに特別な女性には。
じゃれ合っているように見えるふたりを眺めながら、辺土名はそう思っていた。そして思わず、ふふふ、と声が漏れる。
「ん?どうしたんですか?顧問、なんか変な笑い~おっかしいなぁ~」
含み笑いを聞きつけた奥間が辺土名をつつく。
「全くねぇ、顧問を顧問とも思わないその態度、まぁ、そこがいいんだろうなぁって、思ってね」
「え?なんのことです?」
「いや、これだけは言っとくか。まぁお似合いだよなぁってさ、でな?私がもう少し若ければなぁ~、なんてな!」
「なんです?それ、どういう意味ですか?オレ、なんも分かんないんですけど」
「まったく君は・・・じゃ、神鈴くんに聞いてみればいいだろ?」
「へ?神鈴・・・さん、じゃない、神鈴に?」
奥間が神鈴を振り向くと、その瞬間、神鈴はあらぬ方向に顔を向けた。
「どうしたの?神鈴、なんであっち向いてんの?ねぇ、神鈴ってば」
「うるさい!ばか勇二!!」
神鈴は結局、奥間と口をきいてはくれなかった。
那覇空港に着くまで。
つづく
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