神鈴の恋 ②
第69話
時刻はすでに午後6時を回っている。夏の沖縄、しかも日の入りが日本で一番遅い与那国島とはいえ、日差しはかなり傾いていた。
東江はいくつかの現場に神鈴たちを案内した。それぞれ重機や発電機など、建築機械や機材が置かれていたが、やはり動かないものがあった。それらの故障は全て原因不明なのだという。そして最後に、東江は3人を自宅にある資材置き場に招いていた。
「じゃあ、最後はこの資材置き場です。ここに動かなくなった機械を置いてるんですよ。それに、ここに置くと、なぜか動かなかった機材が動くんで」
「なるほど、現場で動かなかったものがここで、では、今はどれも動くんですね?」
「ええ、ほら」
東江は手近に置いてあったバックホウに近づき、乗り込んでエンジンを掛けた。轟音を上げてバックホウが動き出す。東江はすぐにエンジンを切ってバックホウから降りた。
「ほら動くでしょ?でもね、これが現場だとウンともスンとも言わなくなるんですよ」
神鈴はその話を聞きながら、腕を組んで資材置き場を見渡す。
夕暮れのそこは、さながら機械の墓場だ。
「東江さん、あれは?」
神鈴が指差した先には、朽ちた機材が置いてある。
「ああ、あれはですね、大昔に使っていた建築機材です。今はもう動きません。いや、しっかり整備すれば分かりませんけどね、とにかく古い型式なんで、処分するにも費用が掛かりますからねぇ」
「そうなんですか。ふぅ~ん」
神鈴はそれらの動かない機材や重機に近づき、サビだらけのボディをポンポン、と叩いた。
「いったい何台あるのかしら」
「え~、大小10台か20台は・・」
東江の言葉には応えず、神鈴はそれぞれのボディをポンポンと叩き、台数を数えていった。
「うん、17台ありました。さぁ、行きましょうか!」
神鈴がそう言って皆を振り返ると、その視線は一点に集中した。
皆がその視線に気付き、そちらを振り返る。
「あ、としこ、なんでここに?」
神鈴の視線の先に立っていたのは、東江富雄の妻、俊子だった。
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東江家のリビングで、神鈴たちは東江の話を聞いている。
「今日回った現場が4カ所、そして資材置き場ですね。どうでしたか?真鏡名さん」
神鈴は腕組みをして、難しい顔をしている。
「はい、まずこれは霊障でした。それはそうと、奥様のこと、お伺いしてもいいですか?」
「え!そうですか!やはり何かの霊が!・・・・え?俊子のこと、ですか?」
「はい、奥様のお話です」
「いや、うん、そうですか。真鏡名さん、やはりあなたは本物なんですねぇ」
しばしの沈黙の後、東江は意を決したように顔を上げ、3人に提案した。
「分かりました。俊子のことをお話しします。でもここでは俊子がいますので、居酒屋でもいかがですか?もちろん経費に入れますから。あ、辺土名さんの分も、もちろん」
その申し出を断る理由は、3人にはなかった。
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東江が選んだのは近所にある馴染みの居酒屋だった。地物を期待していた神鈴たちの目の前には、なぜかホッケが置かれ、刺身盛り合わせにはサーモンや甘エビが多く盛られている。
「さぁどうぞ、今日は大将に頼んで特別に盛ってもらいましたから、どうぞどうぞ」
神鈴たちは顔を見合わせている。
-そうかぁ、那覇の居酒屋でもこんなことあるけど、与那国だと、もっとそうなんだなぁ。
与那国では、本土はもちろん沖縄本島や石垣島とも離れているため、サーモンや甘エビ、ホッケといった北の味覚が貴重だった。だから与那国で美味しいものと言うと、地元の人たちにこれらを勧められることもある。だが本当は、新鮮すぎる海の幸、カジキやミーバイ、タマンといった魚、ガザミやヤシガニ、ニシキエビなどの甲殻類、大振りの夜光貝やシャコ貝などが本物の名物なのだ。だが、地元の人たちはそれを分かっていなかったりする。あまりにありふれているからだ。
そして実は、那覇の居酒屋でもそういうことはある。事実、沖縄県民のサーモン愛はかなりなものだ。
「えっと、東江さん、僕が言うのも何ですけど、与那国島の地物って、どういうのがあるんですか?」
奥間がさりげなく注文を入れる。
「ああ、島の地物って、そうねぇ」
東江は首をかしげ、大将に声を掛けた。
「おう、大将!島のものってさぁ、今日はなんかあるね?」
「そうねぇ、和志んのとこの息子が持ってきたカジキの頭があるさぁ、煮付けるか?ただでいいぞ」
思わず3人の目が輝いた。
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4人はほっこりと煮えたカジキの頭を真ん中に、ひとしきり話に花を咲かせている。
東江の心づくしの刺し盛りはやはり有り難いし、カジキの頭は旨い。ほどよく酒も入ったところで、神鈴が切り出した。
「東江さん、そろそろ奥様のお話、伺ってよろしいですか?」
「ああ、真鏡名さん、そうだねぇ、あんたのことは本当に信じられる。じゃ話そうね」
妻の話を語る東江の口元は、悲しげに震えている。
与那国島で生まれ、幼馴染みで同級生の東江と俊子が結婚したのは、ふたりが30歳になる年だった。最初は順調だった夫婦の暮らしは、最初に授かった子供を流産した4年目から暗転する。
「俺たちはこの島で生まれ育ってね、学校を出るのに島を出たことはあるけど、この島が大好きなのさ。だからここで子供を育てて、孫を抱いて死ぬ、それが俺たちの夢でもあったのさ。ささやかな夢だと思うんだけど、それがさ、あの流産から全て変わってさ」
俊子が流産した翌年から、東江建設の業績はじわじわと下がっていった。そのことを俊子は、自分のせいだ、と責めるようになったと言う。妻のせいではないといくら東江が言っても、俊子は聞かなかった。それどころか、東江にとっては信じられない、そして、とても人には言えないような事を言い出したらしい。
「俊子はさ、年々おかしくなっていったんだけどさ、あのときの言葉はさ、俺もちょっと受け入れられなかったさ」
東江は天井を見上げ、ふぅっと息を吐くと、気持ちを整理するように泡盛のグラスに口を付けた。
「俊子はね、自分の子供はさらわれたって言うんだよ。女が来て、自分のお腹から盗っていったんだって。そしてね、そいつは今もいて、いつも言うんだってさ」
東江は神鈴の目を見ながらその言葉を口にした。
「はやく入れ、入ったら、またもらう・・・って」
奥間は身震いしながら神鈴に話し掛けた。
「神鈴さん、これって、こっちの方がやばいんじゃないですか?オレ、鳥肌が止まらない」
「うん、そうだな。東江さん、もうひとつ、奥様なんですが、夕方お会いしたとき、すごい目で睨んでました。多分、奥間と辺土名さんのこと。なにか心当たりはありませんか?」
「ああ、それはねぇ、その女が憎んでるらしいんだ、男をね。特に島の外から来た男をものすごく憎んでる。それでね、俊子もそんな目つきで睨むんだよ。本当に、申し訳ないさ」
「なるほど、そういうことですか」
神鈴は少し俯き加減で何か思案すると、東江に向けて言った。
「明日、私と俊子さん、ふたりだけで話をさせてもらえませんか?午前中がいいです」
思わぬ申し出に、東江は驚いた表情だが、気持ちはすぐに決まった。
「そうですか、話してもらえますか!ありがとうね、真鏡名さん、ありがとうねぇ!」
-明日は大変。俊子さんの話を聞いて、それから・・・
神鈴は明日のことを考えながら、泡盛レモンサワーの大ジョッキを飲み干した。
その様子を、奥間は目を丸くして、辺土名は目を細めて見ていた。
つづく
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