神鈴の恋 ①
第68話
8月中旬の与那国空港。
日本最西端の空港であるそこに、真鏡名神鈴の姿があった。
夏休みに入った神鈴は除霊の依頼を受け、与那国島に出向いたのだ。そこには助手として奥間勇二も同行していたが、なぜか辺土名助教授の姿もあった。
交通費と滞在費だけで様々な除霊の依頼を受ける神鈴の存在は、その世界では有名だ。それは高額な除霊費用が掛からないというだけではなく、神鈴の能力の高さもその要因だった。
「神鈴さん、お待たせしました!レンタカー借りてきました。すぐそこに停めてありますから、行きましょ!」
奥間は今や、神鈴の優秀な助手として欠かせない存在になっている。
「ああ、お疲れ様だったね、奥間くん。えっと、今日は依頼主に会って話を聞いて、予定はそれだけなんだよね」
「あぁ~、はぃ~そうです、けどぉ~」
-ちぇ、なんで辺土名顧問がついてくるんだよ、神鈴さんとふたり、せっかく本島を飛び出したと思ったのに。
適当な返事の奥間を、神鈴が引き継ぐ。
「助教、あとですね、依頼主に会った後に、その現象が起こる場所も見に行きますよ?そんなに長居はできませんから明日には依頼を完了して、明後日一番の便で帰りたいので」
「ああ、そうか、じゃあ神鈴くん、今日は何が食べたい?なんでも奢るぞ?」
「はいはい!辺土名顧問、神鈴さんはそんなに食べませんし、お酒も飲まないので、お酒なら僕がお付き合いします。さぁ、行きますよ!」
「おいおい、奥間くんには奢らないぞ?おいおい、待ちなよ奥間くん、おいおい」
「はいはい、分かりましたから、顧問は女性部員には優しく、男性部員には厳しいセクハラパワハラ顧問っと、はいはい」
「いやいや冗談だって、奥間くんにももちろん奢るよぉ、沖縄そばで、いい?」
漫才のようなふたりのやり取りを見ながら、神鈴は笑いを噛み殺している。
-まったく奥間は面白い。一緒にいて飽きないなぁ。ちなみに私は酒豪だけど。でも、辺土名さんはすごいんだよなぁ。私たちや天音たちだけじゃなく、スズ子おばぁを一喝する人なんて初めて見た。すごいんだよなぁ。
辺土名秋徳、将来は准教授、教授と階段を昇るであろう35歳の助教授。
175cmほどの身長はそれほど高くもないが、痩せていても厚い胸板がスポーツ歴を窺わせ、短髪に黒縁メガネは清潔感と知性も感じさせる。そして何より、飄々とした普段の振る舞いからは想像も出来ない豪胆を秘めた男。
神鈴は知らず知らず、この大人の男性に惹かれていた。
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依頼者である建築会社の応接室で、神鈴たち3人はソファに座っている。その目の前に座るのは、この会社、東江建設の社長、東江富雄だった。年齢は30代後半というところか、5年ほど前に先代社長から会社を引き継いでいる。
「え~、真鏡名神鈴さん。今回は依頼をお受けいただいてありがとうございます。えっと、お一人だと伺っておりましたが、こちらは?」
「ああ、失礼しました。私は琉球大学助教授の辺土名といいます。サークルの顧問をしておりますので、神鈴くんの活動を見る責務がありまして。そして、そちらは神鈴くんの助手の奥間です」
辺土名は名刺を東江の前に差し出し、奥間のことも紹介した。慌てて奥間も口を開く。
「あ、えっと!奥間といいます。運転とかは僕が助手としてやってますので、その・・」
「奥間は最近の神鈴くんの活動にはいつも同行しておりますから、ご依頼の案件に必要な人材だとご理解ください。私はあくまでサークル活動の視察という立場ですから、経費などのお話からは、私はお考えいただかなくて構いません、どうぞお気になさらず」
言い淀む奥間に代わって、辺土名が自分たちの立場を説明した。東江はそれを、承知した、という表情で頷き、依頼の内容を話し始めた。
「では、依頼の件ですが、まずこの業績表を見てください・・」
東江は準備していた簡単なグラフをテーブルに広げた。それを見ると、東江建設は戦後まもなく工務店として創業し、今日まで80年近く続いた建設会社であることが分かった。
与那国島という限られた範囲だから、その年商はそれほど多いものではないし、上下することもあるが、それでも平均した業績はずっと右肩上がりで伸びている。
「こんな風に、うちは何十年も小さいながら安定して経営してきたんですけどねぇ、ここ、ここを見てください」
東江が指差すところは、この5年ほどの業績グラフだった。
「えっと、伸びがありませんね。むしろ下がってるか。それまでの右肩上がりとは対照的です。しかしこれは、市場が飽和して一時的に低下しているのでは?」
辺土名は見たとおりの感想を東江に投げてみた。
「いえ、辺土名さん、うちの業績が落ちたこの辺りから与那国島は建設ラッシュなんですよ。自衛隊が配備されて人口が増えて、基地建設はもちろん隊員や職員家族の住居、アパート、そして学校。道路やインフラもそう、そりゃすごいんですよ。よその会社はどんどん受注して業績を伸ばしてて」
「なるほど、それなのに、東江建設だけは伸びない。それどころか業績が下がっている」
「下がってるどころじゃないんです。よそは受注しているから、将来的なメンテナンスも受注する可能性が高い。でもうちは、そういうところにも食い込めない。もう、倒産するしかない瀬戸際なんです」
神鈴が初めて口を挟んだ。
「東江さん、申し訳ありませんが、それは会社の経営的な問題ではないですか?なぜ私に依頼をされたんです?」
「そうなんです。ただ業績が落ちてるだけなら、全て私の責任なんですけどねぇ・・」
東江の話では、小口の受注に成功しても、それすら上手くいかないのだと言う。天候不良による工程の遅延はもちろん、着工してみれば地下に掘れない岩盤が出てきたり、構造物が埋まっていたり、とにかく上手くいかない。ただ、そういったことは工事ではよくある話だし、運が悪いと言うことも出来た。
「だけど、どうにも説明できないことが起きるんだよ。それも何度も、続けてね。多いのは機材の不調だなぁ。今まで問題なく動いていた重機が故障する。それも原因不明、でも、現場から撤収すると動き出す。重機に限らず機材全部がそうだ。おかしいでしょ?それとね、作業員が怪我をするんだ。昔から使ってるちゃんとした職人連中がね、掘れば土が崩れて埋まる、高所に登れば落ちる、設備工事なら感電する、ぜ~んぶ入院するような怪我だ。もうさ、工程管理と安全管理の責任を問われて営業停止、なんてことも考えられるくらいだよ」
組んだ手を顎の下に置き、東江はため息交じりにそう語った。
「あ、いや、言葉尻が乱暴になりましたね。すみません、つい。それで、下請けとか何十年も付き合ってる工務店や塗装工とか、全部からね、こう言われてるんです」
東江は、もういちど深いため息をつく。
「あそこの仕事はもうしたくない。東江建設にはマジムンが憑いてるか、呪われてるんだ、って・・・全部、あの新しい社長のせいだ・・・って」
建設会社が工事を施工する場合、工程に応じて多くの下請けを使うことが普通だが、全ての工程において事故は御法度だ。工期が滞り、工期割れすれば最悪の場合違約金が発生する。
更にそれが人的被害を伴うものなら管理責任を問われる事態だ。当然施工主の信頼も失い、以後の入札参加や受注への影響も大きい。
「お話はよく分かりました。確かに公共事業なら施工主は官公庁ですからね、おっしゃるような状況ならかなり大変です。どうかな?神鈴くん、感触は」
辺土名がいることでビジネスの話は理解が早い。後は霊障や呪いのような類いのものか判断するだけだ。
「助教、これだけでは何とも言えないんですけど、ちょっと気になるところはあります。例えば建設機械、現場では動かないのに撤収すると動くんですよね。それは何らかの霊障が原因とも思えます」
そんな神鈴の言葉に、東江は前のめりになる。
「そうですか!で、私はどうすればいいですか!?」
「そうですねぇ、すぐに見てみましょう。機械がある現場は今、ありますか?」
「ああ!ありますあります、ではすぐに行きましょう!」
「はいはい!神鈴さん、オレ、車を準備しますね」
ここまで口を挟む機会がなかった奥間が、ここぞと立ち上がる。そして東江と神鈴たちは、事務所を後にした。
つづく
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