明日葉の足跡
第67話
8月。琉球弧伝承研究室に集まった1年生と2年生は、天音と言葉、日葵の話を聞いていた。
すでに夏休みに入り、部長の真鏡名神鈴は依頼を受けて与那国島に出向いている。それには助手として4年の奥間勇二と、顧問の辺土名助教授も同行していた。
この長い休みは、神鈴にとって各地から舞い込む怪現象の依頼を解決する繁忙期といったところだ。
玉城と伊波が天音の話に反応する。
「そうかぁ。正直このサークルに入る前だったら信じられなかったけどさぁ、今は信じるよ。ミミチリボージって、ホントにいたんだ」
「ミミチリボージってさ、あの、唄にもあるやつでしょ?ヘイヨーヘイヨーフンニャララ~っての」
耳切坊主、沖縄の方言でミミチリボージという怪異は、沖縄県民なら誰でも知っている。その伝承を謡った唄は、心霊ドラマのテーマソングにもなっていて、これも聞いたことがない人はいないだろう。それほど語り継がれ、恐れられているマジムンだった。
天音はある目的のため、1年生と2年生に自分の全てを語ったのだ。
自分を守るために命を落とした母親、名城明日葉のこと、それから続く、大事な人たちとの出会いと怪異との闘いのこと、全てだ。
言葉と日葵も、天音と共に自身の体験を語っている。
「達也、あんたがさ、小学校に入ったとき、なにか覚えてない?今聞いた話みたいなの」
金城達也に話し掛けたのは、姉の日葵だ。
「うん、覚えてるよ。入学式でもう噂になってて、新入生みんなが怖がってさ、先生が、そんなことはないのよ!ってすごく怒って」
「その話にさ、ネェネェが関わっていたっていうのは、知ってたよね」
「うん、でもさ、僕もまだ小さくてよく分からなかったし、それにみんなが話してる噂にネェネェが関わってるなんて言えなかったって言うか。それにあれって、あっちゃんのお母さんの話、なんでしょ?」
あっちゃん。達也は当時、ひとつ上の幼馴染みだった天音のことを兄のように慕い、そう呼んでいたのだ。
「ああ、たっくんは僕の母さんのことを気遣ってくれていたんだね。ありがとうね」
そう言う天音は、やはり当時の呼び方で達也に礼を言う。
「それでね、たっくんが卒業するまでの間、××小ではそれ以外の噂とか怪談って、なかったよね?ひまちゃんが卒業するまでは聞いていたんだけど」
「うん、なかったなぁ。でもね、僕が××小を卒業する直前、なんか噂になったことがあってさ、それがね・・」
「なによ達也、そんなことがあったの?それで?」
少し間を空ける達也に、日葵が話を急かす。
「うん、その噂に似た話って、他の小学校の友達にも聞いたことがあったんだよ」
達也の話では、その話は小学4年に上がってすぐの頃、少年野球チームの友達、仮にA君とする、に聞いたらしい。
A君がまだ小学3年生だった3月のある日、それは突然起こった。
朝の登校時、まだ早い時間帯、A君が登校すると、朝っぱらからBが数名の仲間と騒いでいる。
「だから!今日の朝、オレ一番に来てトイレに入ったらさ、音がしてるんだ。シャリィ、シャリィって、変な音!」
「はぁ~?うっそ~!うっそうっそ~!!Bはウソついてる~」
「は?なんかC!したらさ、行くか?今から、何人行く?みんな行く?」
「Bくん!私らも行っていい?」
いつも賑やかな女子、Dも参加する。
「おお!Dも行くか?よし、行くぞおー!」
そんなことで盛り上がったBは、男女5人でトイレに向かった。
ようやく静かになった。A君がそう思った数分後、何人かが廊下をバタバタと走ってくる。
「うああぁああああ!B!やめろぉおお!」
「だめって!Bくん!なにしてんの!!やめてってばぁああ!!」
トイレに行った5人のうち、3人が教室に飛び込んできた。その光景を見た瞬間、クラスにいた全員が立ち上がり、悲鳴を上げて窓際に逃げた。
Bは目を血走らせてCとDを追い掛け回し、ついにふたりを捕まえた。Cの髪の毛を掴み、ガシガシと噛みつく。同時にDのスカートの裾を掴んで引きずり回す。
「せんせいをっ!誰でもいいから、先生呼んできて!!」
廊下にいる生徒たちにA君が叫んだ。その間にもBはCの髪の毛を噛みちぎり、Dを振り回して暴れ回っている。だが、すぐに駆け付けた教師2人にBは取り押さえられ、どこかに連れて行かれた。
幸いCにもDにも怪我はなかったが、床にぐったりと座り込んでいる。
一緒にトイレに行った他のふたりは、トイレの床にやはり座り込んでいたそうだ。
後で分かったのは、トイレに行ってすぐ全員がおかしな音を聞いて、突然BがEとFのふたりに殴りかかり、それを止めようとしたCとDにも襲いかかったということだ。
トイレに響いていたその音は、包丁を砥石で研ぐような音だったらしい。それも、何本も一緒に。
「それがA君から聞いた話なんだけど、僕が6年の三学期に、××小の2年のクラスで、よく似た事件が起こったって噂になったんだよ」
「つまりA君の話は達也が三年生の終わり頃、別の小学校で起こったっていうことだよねぇ。そして達也が中学生に上がる直前、××小で似た事件が起こった」
「うん、そう。それでね、ふたつの噂の共通点は、誰かが急に誰かを襲う、っていうだけじゃなかったんだ」
日葵の相槌に頷きながら、達也はその共通点を話し出した。
「まずね、最初にトイレで聞こえた音、それが聞こえたのってその日だけで、それからは二度と聞こえなかったんだ。そして暴れたのはひとりだけ。どちらも数人が巻き添えになってるのも同じ。後はね、暴れた子は先生に連れて行かれるんだけど、すぐに正気を取り戻して普通になるんだ。なにかの病気とか発作とかでその後も暴れるとかじゃなくってね。他の子と同じようにぐったりしてるらしいんだけど、それでね、ここからが一番おかしいんだ・・・」
皆、黙って達也を凝視する。
「その暴れた子たちがね、どっちも言うんだって・・・」
「もう達也!早く言ってぇ!」
怪談話のような間を作る達也を、日葵が急かす。
「あ、ネェネェごめん。あのね、どっちもがね、助けられたんだって言ったってさぁ・・」
「はぁ~、だから!誰に!」
「女の人に」
「はぁ?」
「だから、暴れた子はね、なんかに襲われて暴れたんだけど、それを女の人が助けてくれたんだって言うわけさぁ~」
「女の人って、それって・・」
天音と日葵が顔を見合わせる。
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達也の話は貴重な情報を含んでいた。それは、これがどんな怪現象なのか具体的な内容が分かったこと、それと、達也が小三の時、その怪現象が起こった小学校の名前、3年後、同じ怪現象が××小で起こったということ。
そしてもっとも重要なのは、その怪現象の中に出てくる「女の人」というキーワードだ。
天音は全員の顔を見渡す。
「ここにいるみんなは、言葉と百合子ちゃんを除いてみんな沖縄出身だ。それでね、頼みがあるんだ」
話しながら、天音の気持ちが自然と高揚するのが分かる。
「たっくんの話にあった怪現象、それがね、自分の出身校とか、周りの学校とかで起こっていないか、噂になっていないか、それを調べて欲しいんだ。どんな小さな事でもいいし、似てるかなっていう位のでもいい。とにかくなんでも」
「じゃあさ、私と百合子ちゃんがその話をまとめて、マップにするってどう?」
言葉の提案に、百合子も頷いている。
「いつ、どこでそれが起こったか、それをマッピングすれば、きっと分かるわね」
天音も黙って頷いている。
「私はどこの小学校でも行くよ!達也!あんたも一緒ね!」
日葵はやる気満々で達也に調べる小学校のリストアップを指示している。智も武史も、そして望と五月もお互い知っている小学校を教え合っている。
天音が小学一年生のあの日から、ミミチリボージを封印し、今もどこかの小学校にいるかもしれない母、名城明日葉の足跡。
それがもうすぐ分かる。
天音の胸には母の、名城明日葉の顔が浮かんでいた。
それは当然、人間の頃の明日葉の顔だ。
しかし・・・
-もしも、もしも母さんの魂が完全なマジムンになっていたら、もしも僕のことを忘れてしまっていたら・・・僕は・・・
天音は目を瞑り、何度も首を振った。
どうしても付き纏う不安を、振り払うように。
つづく
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