神社の娘と初めての怪異 ③
第66話
天音は百合子の傍に立ち、右手で簡単な印を結ぶと、百合子の体に沿って腕を振り、簡易な結界を張った。
それだけで百合子から漏れ出ている霊気は封じられる。
「ほら、これで宝山さんの霊気は見えなくなったから、言葉も力を閉じていいよ」
天音の声に言葉はふっと息を吐き、霊気を閉じた。
「え?八千代さんの光が、消えた?それに安座真さん、今わたしに何を?」
「うん、結界、薄い結界だからすぐに消えると思うけど、これからは気を付けた方がいいかな」
そう言う天音に、智と武史が走り寄ってきた。その表情には戸惑いと怒りが見える。
「天音!お前さ!こないだオレたちのこと、騙したのか!」
「そうだ、さっき宝山さんが、気根のトリックをやって見せて、お前がオレたちを騙したんだって!」
今の今までガジュマルの霊現象を目の当たりにしながら、智と武史は百合子の話を信じ切っていた。だが、当の百合子が慌てて声を上げる。
「あの!玉城さん、伊波さん、ふたりともすみません!私が間違っていたのかもしれません」
「え?天音がオレたちのこと、騙したんじゃないの?」
「え?どういうこと?だってさ、宝山さんがそう言ったんでしょ?」
そのやり取りを聞いて全てを理解した天音は、仕方ないな、という表情で智と武史に全てを話し始めた。
「あのさ、智、武史、ふたりを騙したって言えば、そうなるんだよなぁ。ごめんな?今から説明するからさ・・」
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あの日、学食から出たふたりの後ろから声を掛け、気根を首に掛けたのは間違いなく天音だった。それは琉球弧伝承研究室に入りたいというふたりに対し、軽い気持ちでオカルトの世界に足を踏み入れるべきじゃない、という戒めを込めたものだった。
だが、もうひとつ意味があったのだ。
「・・・このガジュマルにはな、本当に霊が宿ってるんだ。10体くらいいるかなぁ、みんな子供だね。それであの話、ぼんやりしたり、考え事をしていると首に何かが絡み付く、っていうのはね、本当の話だって事」
「そ、それってどうしてボンヤリしたり考え事すると、そうなるのさ」
智が声を上ずらせながら聞く。
「それはね、ボンヤリした人や考え事してる人は霊気が漏れ出ちゃってて、霊がそれに誘われるからだよ。霊能のある人なら押さえるんだけど、普通の人ほど漏れちゃうんだ。わずかの霊気でもね、悪霊ならホンモノのマジムンになろうとしてそういう人を襲うんだよ。だけど、このガジュマルの霊たちはマジムンになろうとはしていないし、そもそも全然悪い霊じゃない。子供だからね、ただ無邪気で、ただ霊気に誘われてるだけ」
天音の話を聞きながら、言葉はうんうんと頷いている。
「だからさ、智も武史もこのガジュマルの下で、あんまりボンヤリしないように、ってね!」
「な!ボンヤリて?天音!そこはほら、よく考え事してるから~とか、言うとこじゃないか?」
「そうだそうだ!オレ、あんときめちゃめちゃ怖かったんだぞ!」
「だからぁ、ゴメンてば!」
3人は互いに笑い合っている。もうふたりとも天音のことをすっかり許したようだった。
そんな3人を見ながら、百合子が口を挟む。
「でも安座真さん、もしそういう、わざとじゃなくても人を驚かす霊だったら祓うべきなんじゃないですか?あのまま八千代さんに祓ってもらった方が良かったんじゃ・・それとも・・」
百合子の言葉は棘を含んでいる。
百合子の推理は間違っていなかったが、言葉の霊力については完全に間違っていた。だが、天音の霊力に関しては、はっきり見えたわけでもないし、結界と言っても俄には信じられない。なにより、霊能があれば霊気の漏出を押さえられるとか、自分を普通の人のように扱われたのが悔しかったのだ。
「ああ、宝山さんのように霊能がある人でも、それをきちんと意識しないとなおさら霊気が漏れ出ちゃうからね。さっき僕がやったような結界を自分の中に作れるといいんだけど、後で教えようか。それと、この霊たちは全然悪い霊じゃないから、祓う必要は無いよ」
「でもそれじゃ!・・・・もしかして安座間さん、祓えないんですか?」
百合子の無礼な言い様に、言葉が反応する。
「ちょっと!さっきから聞いてれば百合子ちゃん!あなた天音のことなんにも!」
「ことは!いいから、僕に任せて」
言葉が百合子に突っ掛かるが、天音はそれを止めた。
「そうだね、宝山さんの言うことも分かるよ。じゃあ、祓いはしないけど、少しおとなしくしてもらおうか」
天音はそう言うと、ガジュマルの幹に両手を添えて、霊気を高めた。
「あっ!え?・・・・なにそれ、どういうこと?」
百合子の目の前に、巨大な金色の霊気が湧き上がる。それはあっという間にガジュマルの幹を、枝を、葉を、全てを覆い尽くした。
全ての枝からぶら下がる気根も、天音の霊気を纏って、さながら金色にライトアップされた藤の花のように輝いている。
百合子は更に、信じられないものを見た。
「ああ、まぁ、嘘でしょ?でも、可愛い・・・」
それは、ふわふわとなびく気根にぶら下がる、幾人もの幼子の姿だった。
幼子たちは天音の温かな霊気に包まれて、小さな光の球に変化する。
そして幼子たちは、穏やかな眠りについた。
「ふぅ、これでいいかな。この子たちはここで眠る。ただそれだけ。それでいいでしょ?ね?宝山さん」
金色の霊気は消え去り、幼子たちはもう見えない。
-ああ、私は間違っていた。一番すごいのは神鈴さんじゃない、この人だ。
振り返って笑う天音の顔を見ながら、百合子はそう思った。
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「あの、八千代さん」
学食からの帰り道、百合子は言葉に話し掛けた。
「え?もう、八千代さんじゃなくっていいよ。私の名前はコトハだから、好きに呼んで。私も百合子ちゃんって呼んでるでしょ?」
「あ、はい、じゃあ、言葉さん。あの、すみませんでした。言葉さんが怒るのも当然だなって、私、安座真さんに、とっても失礼なこと・・」
「え?いいのいいの!天音はそんなこと気にしないし!私ももう忘れちゃった。それに、天音のことも安座真さん、じゃなくって名前で呼んだ方がいいんじゃない?」
優しくて広い心、そして強い霊能力。百合子はすでに、天音と言葉に心惹かれている。
「それで、ひとつ聞きたいんですけど、その、天音さんの力って、どれくらい強いんですか?今日見たのが一番くらい、とか?」
言葉の表情が、とたんに悪戯っぽいものになる。
「そうだなぁ、今日の天音くんの霊能力採点はぁ~」
「採点は?」
「2点!!」
「に、2点?」
「あはは!そうよ?もしかしたら1点かも!」
「言葉さん!それって、100点満点の、じゃないですよね!10点満点の、ですよね!10点満点って言ってください!」
「それはさ、これから百合子ちゃんが確かめればいいよ!自分の目でさ」
言葉はそう言うと、前を歩く天音に向かって走り出した。
思わず、百合子も走り出していた。
つづく
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