表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/86

神社の娘と初めての怪異 ②

第65話


 琉球大学の学食はふたつある。中央食堂と北食堂だ。


 北食堂の規模は中央食堂より小さいが、売店も兼ねたそこは学生たちの憩いの場所だ。その北食堂の入り口に、ガジュマルは植えられている。北食堂に入るにも出るにも、学生たちは必ずガジュマルの下を通らなければならない。


 そして学生がガジュマルの下を通るとき、ぼんやりしたり、考え事をしたりしていると、マジムンの手が首に触ると言う。それは払っても払っても絡み付いてきて、最後にその手は、犠牲者をガジュマルの枝に吊すのだ。


 そのガジュマルの下に、7人の学生が立っていた。

 1年生の宝山百合子と金城達也、そして2年生が5人。玉城智ら新しく入った4人と、八千代言葉だ。



 百合子は自分に霊能があることを誇りに思っている。実家が由緒ある神社であることも関係しているが、これまでに見知った霊能者と言われる者たちが、ことごとく偽物であったことも百合子の誇りに磨きを掛けていた。

 そして百合子は初めて、琉球弧伝承研究室でホンモノと思える人物に出会った。


 真鏡名神鈴まじきなみすずだ。


 彼女は普段、その霊能を隠しているようだったが、これまでに彼女が遭遇した様々な怪現象について語るとき、その内容はとても作り話だとは思えず、しかも彼女の体がほのかに光るのだ。

 その光を見ていると、まるで自分がその現象に対峙した感覚になる。

 だが安座真天音に関しては、神鈴ほどの力は感じなかった。何かありそうではあるが、もちろん自分よりも弱い。

 更に達也の姉、金城日葵きんじょうひまりは、八千代言葉にも霊能があると言っているらしい。

 百合子はこのサークルに入るまで、本物の霊能者に出会ったことがない。それが今、自分以外に3人もいる。


 そんなはずはない。

 そんなはずはないのだ。



「このガジュマルですね?じゃあ玉城さんと伊波さん、そのときみたいにこの下を歩いてもらえますか?」


 百合子は天音が祓ったという怪現象を疑っていた。これまで何人もの偽物霊能者がどうやって人を騙すのか、百合子はよく知っていたからだ。


 その様子を、言葉はただ見つめている。


「えっと、オレと武史がこう、ふたり並んで食堂から出てきて、天音はオレたちの後ろだったよな」

「うんうん、でさ、天音が言ったんだよな、くび!って」


 智と武史はその時のことを思い出しながらガジュマルの下を通る。ふたりは肩を寄せ、怯えた様子だ。それを見た百合子の頬は、満足げに緩む。


「ほら!首になにか!!」


 ふたりがガジュマルの真下に差し掛かったとき、百合子がいきなり叫んだ。


「ひっ!!」「うわっ!!」


 その声を切っ掛けに、智と武史は立ち止まって首をすくめた。


「わぁああ!なにか首に!!」

「なんだこれ!またなんか触って来た!!」


 ふたりは首に絡みつく何かを引き剥がそうとする。だが、首に巻き付いたそれは、容易に外れない。そのふたりの背中を、百合子がポンッと叩いた。


「玉城さん、伊波さん、肩の力を抜いてください。大丈夫ですよ」


 百合子の落ち着いた声に、ふたりは顔を見合わせて、首に巻き付いたものを手に取った。それは、ガジュマルの気根だった。


「なぁ?なんだこれ?ガジュマルの気根じゃないか。これが?マジムンの手?」

「ああ、びっくりした拍子に首をすくめたから、ふわふわの気根が首に挟まったのか。だから外そうとしてもがくほど、外れなかった」


 ふたりの様子を見て、百合子はさも得意気に腕を組み、胸を張った。


「分かりましたか?その枝から垂れてるフワフワ、それが化け物の手の正体。私、さっきふたりに“くびに!”って声を掛けましたよね、そのとき、それをふたりの首に掛けたんです。きっと、安座真さんも同じ事をしたんじゃないかな」

「え~?それってつまりオレたち、天音に騙されたって事?」

「そんなぁ、天音はそんなヤツじゃないよ?」

「私は今、あえてその気根を外しませんでしたけど、背中を叩いた瞬間それを外してあげれば、ふたりはもっと信じたんじゃないですか?」


 困惑するふたりを尻目に、百合子は更に畳み掛ける。


「あ、うん、それも、そうか」

「そう言えば天音、なんたらかんたらって変な呪文、唱えてたよな・・」


 そのやり取りを見ていた望と五月は、少々がっかりした表情だ。


「ね、五月、今の見た?もしあれがホントだったら、私たち、どうする?」

「あ、うん、そうだね。玉城くんたちの話がそういうことなら、ねぇ、やっぱり、やめる?」


 ふたりの小声の会話を聞いて、達也が口を挟んだ。


「あの、あれは確かにそうだったのかもしれないけど、天音さんは違いますよ。ホンモノなんだって、それはネェネェ、いや、姉ちゃんに嫌ほど聞かされてるから。きっとなんかあると思います」


 その達也の声は、百合子にも聞こえていた。


「え?達也くん、安座間さんになんかあるって、なにがあるって言うの?これ以上のことがあるんなら、安座真さんがふたりを騙してないっていう証拠とか、あるの?」


 百合子は天音のトリックを暴いたと思った。そしてこれまでも、部長の神鈴も、達也の姉も、そして言葉も、皆が騙されていたのだと思った。


 そう思った百合子の口調は、勝者の傲りに満ちていた。


「えっとね、宝山さん」


 突然、それまで黙って成り行きを見ていた言葉が声を掛けてきた。


-八千代言葉、この人にも大した力を感じない。きっと達也の姉、金城日葵は騙されやすい、よほどのお人好しなんだろう。


 得意満面の宝山百合子の眼は、おごりに曇っていた。

 傲慢な笑みを浮かべる百合子に、言葉が続ける。


「そこでそんなに霊気を出すと、危ないよ?」


 それは意外な指摘だった。この人、八千代言葉には、私の霊能、霊気が見える?


「え?私の霊気ですか?それはまぁ、霊能者なら誰だって普通に出てしまうものじゃないですか?部長の神鈴さんだって、私たちに霊体験を話してくれるとき、ほのかに出てますから」

「うん、霊現象を話す時だけね。でも宝山さん、そのときさ、神鈴さんの霊気の色、見えてる?」

「え?色?ですか?」


 百合子がそう言ったときだ。百合子の周りにぶら下がる気根が、ふわりと動いた。


「あっ、いけない!!」


 気根は風で動いたのではない。言葉の瞳には、気根を通じて百合子の手を掴もうとする霊気の流れが映った。それは、百合子の体から漏れ出している霊気に反応している。

 言葉は素早くガジュマルに駆け寄り、両手を幹の隙間に突っ込んだ。


 ガジュマルの幹は成長につれて分岐し、絡み合い、何本もの木がもつれているように見える。そこに枝から下りた気根が地面に付いて成長し、元の幹に融合することで更に複雑になって、隙間だらけの幹になる。


「宝山さん!私がこのガジュマルの子たちを惹き付けるから、あなたは自分の、その霊気を閉じて!」

「え?八千代さんが惹き付けるって、何を?それに霊気を閉じるって、どうやって!」


 百合子は叫びながら言葉に向き直った。その瞳に、枝からぶら下がる幾本もの気根が薄い霊気を纏い、うねうねと動きながら言葉に引き寄せられる光景が映った。そして言葉の姿は、その体が霞むほどに輝いている。その色は、濃密な純白だ。


「なにあれ?なんでふわふわが動いてるの?それに八千代さんの体、眩しくて見えない。なんなのこれ・・・」


「宝山さん!百合子ちゃん!早く!私こんなことひとりでやったことないから、この子たち消し飛ばしちゃうかも、コントロールができないの!あなたが霊気を閉じればこの子たちも落ち着くわ!」

「だから分かんないです!霊気を閉じるって、どうすればいいのか、分かりません!」


 思ってもいない状況に、百合子は慌てていた。それに動くはずのないものが動いているのを智や望たちも目の当たりにして、その場に立ちすくんでいる。誰も声を出せず、言葉に絡み付こうとする気根を凝視していた。


 このままではガジュマルの霊たちを祓うしかない。だが祓わなければ、霊たちは百合子の霊気を吸ってしまう。言葉は選択に迫られていた。


 言葉は目を瞑った。


-だめだ、もう祓うしかない。この子たち、別に悪くないのに。天音、どうしたらいい?わたし、どうしたら・・


 言葉がガジュマルの霊たちを祓う覚悟を決めた時、その耳に声が響いた。


「ことは、大丈夫だよ。あとは任せて」


 目を開けると、そこには天音がいた。




つづく


お読み頂きまして、ありがとうございます。

毎日数話ずつ更新していますので、ぜひ続きをお読みいただきたいと思います。

気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ