真鏡名家の厄災 ⑥
第63話
「神鈴君、もう、終ったんだね」
「はい、終りました。辺土名助教」
「私には何が何だか分からなかったんだが、ただ、なにか鳥肌が立つような、なにか霞のような得体の知れないものも見えたような・・ああ、最後の最後、なんか急ブレーキの音が聞こえたが、上を走ってる車なんだろうなぁ」
「あはは、霊力のない人にはそれくらいでしょうね。でも、私たちがいなければ助教は死んでましたね、ほぼ」
「神鈴君、そんな明るい顔で怖いこと言わないでくれよ。でも、もう少し分かりやすく教えてもらえると、ありがたいな」
「辺土名助教、それは、僕が・・」
天音は霊力がまったく無い辺土名に、あらましを説明した。
このマジムンは、沖縄自動車道を通る車に乗った運転者から霊力を得ていた。普通の人間でも、わずかに霊力を吸い取ることは出来るのだ。
そこで得られるのは、運転者の焦りや怒り、そして恐怖という霊力。
例えば車を運転中、目の前に子供が飛び出したり、車や壁にぶつかる寸前などの危ない瞬間に、時がゆっくりと流れ、じんっと体が痺れる瞬間がある。それこそが、霊力が吸われる瞬間なのだ。
それが限界を超えると“マブイを落とす”状態になる。
もし、そのマブイをマジムンに吸われてしまえば、もうマブイが戻ることはない。
「そうか、そういう体験は私にもあるよ。それが魂を落とす瞬間、マジムンが付け入る隙、ってことなんだね」
「そうです。それと、そうやってマジムンに吸われたマブイも、そのマジムンを祓えば解放されることがあるんです」
天音はそう言うと、スズ子に向き直り、そばに行った。
「スズ子さん、ちょっと手を出してください」
「ほ?なんだ?天音よ。このばあさんを口説くのかい?」
スズ子はまんざらでもない笑顔を見せて、天音に手を差し出した。
天音はスズ子の手を両手で包んだ。スズ子は包まれた両手を握りしめ、天を仰ぐ。
スズ子の笑顔が消え、口元が震えた。
「ああ、天音よ」
スズ子の見えない両目から涙が溢れ、頬を伝う。
「あぁ、そういうことかい。お前はついさっき、この子たちを、助けてくれたのかい」
スズ子の傍らには、天音の他にふたりの影が立っている。その影はスズ子に顔を近づけ、何事か話し掛けていた。
その様子に、鈴音が神鈴に顔を近づける。
「神鈴、あれは、もしかして・・」
「ええ母さん、あれはね、あのふたりはね・・」
そのふたりの影の名を、スズ子は呟いた。
「あぁ、誠仁よ、由布よ、このババアを許しておくれ。このアンマーが、お前たちを苦しめた張本人さぁね」
「いいや、儂がお前たちを信じれば良かった。もう何十年、お前たちに謝りたかったか」
「おお、そうかいそうかい、誠仁よ、お前が儂に謝ってくれるのかい。家を出るんじゃなかったって?おかあが分かってくれるまで、頑張れば良かったって?」
「違うよ、儂がバカだったんだ。今日の今日までな、バカだったんだよ。それが今日、よ~く分かった」
「え?おかぁがこんなに歳を取ったって?当たり前じゃないか。あれから何年経ったと思ってる?」
「ん?いいよいいよ、由布さん、あんたのせいじゃなかった。それはよく分かった。分かったんだよ」
「これからも、誠仁をよろしく頼むよ。このスズ子の頼みじゃ嫌かも知れないけど、あのとき、こうやってお願いすればよかったねぇ」
「あん?ああ、優梨かい。いるよ、呼ぶから、待ちなさい」
スズ子は優梨に向かって手招きした。優梨は戸惑いながらも、スズ子の側に行く。
「ほら、優梨、手を貸しな」
優梨は言葉もなくスズ子の手を取る。すると優梨の目の前に、懐かしいふたりの姿が浮かび上がった。
「とうさん・・かあさん・・・」
優梨はその場に泣き崩れた。スズ子の手を握りしめたまま。
そしてふたつの影は、優梨の体を優しく抱きしめる。
その後、親子の間にどんな会話があったのか、それは聞かないことにしよう。
スズ子と天音はそう決めて、顔を合わせて頷いた。
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「あれは父さんと母さんだった。天音、降霊術なんて使えたの?」
「ううん、僕は降霊術は使えない。あれはね、ワーマジムンの本体が霧散するとき、神鈴さんがふたりを見つけて、僕に降ろしてくれたんだ」
「そうなのね、さっき父さんと母さん、私にすごいことを教えてくれたわ。それもあの子、神鈴さんのお陰、なのね」
優梨は神鈴に目をやった。
そう言えば、この子は若いときの私によく似てる。
優梨はそう思ったが、そもそもふたりは、従姉妹なのだ。
「母さん、さっきは聞かないでおこうと思ったんだけど、なんなの?その、すごいことって」
「え?それはね、天音にも・・秘密よ?」
優梨は人差し指を唇に当て、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。幸せそうな笑顔だ。
そんな優梨を見て、スズ子が声を掛けた。その声色には、仕方がないな、という諦めと共に、怖いものも混ざっている。
「優梨よ、お前の言うとおりだったさぁねぇ。由布の力は、マジムンの力を取り込む能力は、幼いお前を救うために必要だったさ。だけどさ、私は、この真鏡名スズ子はまだ諦めないよ?お前の中の大マジムン、チーノウヤ、そいつを渡す気には、ならないか?」
「くどいわよ、おばあちゃん!私は・・」
そんな優梨の言葉を遮って、天音がスズ子に語り掛けた。
「スズ子さん、僕の母さんは、優梨は、スズ子さんの孫だよね?」
スズ子は、何を今更、という顔で天音を見ている。天音は続けた。
「だったら僕は、スズ子さんの曾孫だよ?スズ子さんは僕の、大きいおばぁなんだから、僕のこと信じてよ!ねっ!おっきいばあちゃん!」
天音の呼び掛けにスズ子の見えない目が大きく開き、天音を見据えた。
「なぁにが、おっきいばあちゃん、だ。この生意気なワラビンチャーが!そうだよ、お前はこの、真鏡名スズ子の曾孫だよ!」
スズ子の心が優しく開いているのを皆が感じていた。そしてスズ子は、優梨に向かって応える。
「分かったわ!天音に免じて、そいつもお前の一部だと認めてやるさぁね!だが、真鏡名の敷居を跨ぐときは、そいつを封印しておきなさい!まったく、この儂でも見えない目のやり場に困るわ!そのでかい胸よ!!雄心も、嫁にはちゃんと言っておきなさい!」
優梨は思わず大きすぎる胸を両腕で隠した。突然名前が出た雄心も、あたふたと優梨の胸を隠す。
穏やかな空気がその場に流れた。だがその空気を破るように、スズ子が驚いた声を上げる。
「あいたぁ!!そうかい、そういうことだったかい!かっかっかっか!!」
「なんね?おばぁ、どうしたの?急に」
神鈴がスズ子に問い掛ける。
「もうひとりおるぞ、この場に、見えぬ所にな!」
思いがけないスズ子の言葉に、辺土名以外の全員が身構える。
「ほら、そこ、そこじゃよ」
スズ子が指差す先、それは、優梨のお腹だ。
「ほら、そこにもうひとり曾孫がおるわ。天音はお兄ちゃん、じゃな!かっかっかっか!」
雄心を始め、全員が驚きの表情で優梨のお腹を凝視する。
優梨は思わずお腹を庇い、そして叫んだ。
「もうっ!せっかく父さんと母さんが教えてくれたのに、なんでバラすかなぁ!この糞ババア!!」
その場にいる、全員の笑い声が弾けた。
優梨の耳には、皆の笑い声と共に誠仁と由布の笑い声も届いていた。
その笑い声は、風になって皆を包んだ。
つづく
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