真鏡名家の厄災 ④
第61話
某日の午後。沖縄自動車道下の側道。
「ここさ。この道端にさ、落ちておったんじゃと。誠仁が運転しておった車がさ」
「ここって、どこから落ちて、あ・・・」
スズ子の話を聞いた辺土名は単純な疑問を持ったが、すぐに分かった。車は側道の上に被さる自動車道から落ちてきたのだ。
そこは、沖縄自動車道の北向き車線が、緩く右にカーブしている場所だった。
スズ子は車椅子に乗り、それを神鈴が押している。その他の面々は、その後に付いて歩いていた。
車が落ちたという場所は、側道に付帯した歩道だったが、今は雑草が茂り、アスファルトがわずかに見えるだけだ。
「あの、優梨さんはそのとき、車に乗ってなかったんですか?」
「ああ、優梨はさ、一緒に乗っておった。そしてな、車の横に立って泣いていたのさ。無傷でな。あの当時、儂はこう思った。どうせこれもマジムンの力を取り込んで助かったんだろう、ってさぁ」
辺土名の疑問にそう応え、スズ子は顔を伏せた。
「ああ、今思えばよ?おかしいさぁね。そんな力があったとして、4歳のワラビがマジムンを取り込めば、すぐに優梨もマジムンさ。そんなことすぐに分かるのに、儂もどうかしていたか、息子を亡くしてさぁ」
スズ子は顔を上げて天音を見る。その見えない目は、天音の奥底までを見通しているようだ。
「神鈴の降霊術でふたりの魂を呼ぶことも出来るがの、強い霊を降霊すれば神鈴が危ないしの、それに、ふたりはあのとき、何があったのかも分かっておらんだろう」
スズ子は天音にその細い腕を伸ばした。
「さぁ、天音よ、見ておくれ。儂の息子の最後をな。そして教えておくれ、あのとき、なにが起こったのか」
「分かりました。スズ子さん」
天音は頷くと、歩道にあぐらをかいて目を瞑った。周りでは、全員が天音の顔を見つめていた。
天音の脳裏に、その日のイメージが広がった。
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重く垂れ込めた雲が晴れるように、視界が広がる。
ぼんやりとした景色が、その輪郭を露わにし、僕はそこに立っている。
事故が起こった日だ。
この側道は出来たばかりでまだ新しい。だけどなんだろう?とても古いなにかの気配。自動車道の架橋からか?架橋の根元に古い何かがある?
架橋の上の自動車道にも、なにかの気配がある。これは、マジムンの瘴気なのか?でも、ちいさい。
沖縄自動車道は1日に何千、何万台と車が通る。その車には、もれなく人が乗っている。その人たちの念は、いつしかそこに溜まる。悪いものなら悪く、良いものなら良く、そうなるように出来ている。
しかもこの上はカーブだ。高速で走る車なら、人はここで感情を高ぶらせるだろう。いかにも念が溜まりそうな場所。
都会では、同じ路線の同じ駅でよく人身事故が起こる。人身事故と言いながら、あれは飛び込み自殺だ。毎日何万、何十万という人々が行き交う都会の駅、そこに溜まった悪い念は、人を呼ぶのだ。そしてそれは悪い念として更に積み上がり、また人を呼ぶ。
この場所には、それに似た気配があった。
だけど、これはそういう、悪い念、なんだろうか。
強い霊力を持った人が近づいてきた。この霊力、みっつ。誠仁さんと由布さん、そして幼い真鏡優梨、母さんだ。
沖縄自動車道を北向けに近づいてくる。もうすぐこの上のカーブに差し掛かる。
3人が乗った車はこの後、ここで自動車道の壁に衝突し、弾みでこの側道に落ちたんだ。
なぜ車は壁に突っ込んだ?なにが起きた?なにが原因だ?
集中しろ、集中しろ!
あっ!!
これ、まさかっ!!
塀に突っ込んだ車が宙に跳ね上がる。
側道に座る僕の真上に落ちてくる。
車と一緒に、宙を舞う人の姿が見える。
男の人と女の人、そしてふたりは子供の手を握っている。
誠仁さんと、由布さんと、母さんだ!
車が歩道に叩き付けられた。誠仁さんと、由布さんも。
でも母さん、幼い真鏡優梨は、歩道に静かに降り立った。車の横に、誠仁さんと、由布さんの亡骸の横に。
幼い母さんは泣いている。
その体から、ふたつの何かが離れた。
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「ふぅー」
深いため息を付くと、天音は目を開いた。そして車椅子のスズ子と優梨の顔を交互に見て、口を開いた。
「見えました。全部分かりました。今からそれを、お伝えします」
天音は全員の顔を見渡して、話し始めた。
「これは、この事故を引き起こしたのは、由布さんではありません。それは・・」
天音がまず感じたのは、高架橋に取り憑いた薄い気配だった。それはマジムンとするには小さい。そして同様に、自動車道本体の架橋にも気配がある。だがそれらは、ある切っ掛けで爆発的に大きくなった。
その切っ掛けとは、誠仁さんが運転する車の接近だった。
大きな霊力を持った人間が3人も乗った車。それが近づくにつれ、高架橋から、そして自動車道本体から、広く、そして長い距離に散らばっていた気配がこのカーブに集まり、禍々しい瘴気となって膨れ上がる。
マジムンだ。しかもこいつは、強い。
そのマジムンは道路を跨ぐように立ち上がる。その様子はまるで人間の両足のようだ。接近する車はその両足の間をくぐり抜けることになる。
誠仁さんの車がその両足に差し掛かる。その瞬間だった。
誠仁さんはその両足の手前で急ブレーキを掛けた。だが両足は車を逃さないよう、足の幅と向きを変えて車を追う。誠仁さんは更にハンドルを切り、マジムンから逃れるためアクセルを踏む。だが両足は更に車を追い、ついに車を両足で挟み込む。
誠仁さんはアクセルを目一杯に踏み込み、更にハンドルを切った。
そして車はコントロールを失い、壁に突っ込んだ。
その様は、スピードを出し過ぎた車が緩いカーブでコントロールを失った。そのように見えただろう。
「このマジムンは、強い霊力を持った運転者を狙っていたんです。そこに3人もの霊能者が通り掛かる。誠仁さんはこのマジムンの瘴気に気が付いたんでしょう。必死に逃れようとして、車はコントロールを失い、自動車道から飛び出してしまった」
その場の全員が、言葉もなく息を呑んでいる。天音は話を続けた。
「宙を舞う車の中で、誠仁さんと由布さんは死を覚悟しました。壁に衝突したとき、すでに大怪我を負っていたからです。でも娘だけは助けたいと、ふたりは車中で娘の体を守る行動を起こしていました。それは、自らの霊力の限りを尽くして、娘の体を覆うというものです。ですが、それはふたりの霊力だけで出来ることではありません。そこで由布さんは、自らの中にいたマジムンの力を解放したんです。普段は封印されているマジムンの力、そこに誠仁さんの力も足して、娘の体を守りました」
幼い優梨の命を守ったのは、誠仁と由布の霊力と、由布に取り込まれていたマジムンの力だったのだ。それによって優梨は車から投げ出された後、地面に着地できた。しかも、無傷で。
「ああ、そうなのか。私にはその時の記憶がまるでない。ただ、明るい光に包まれていただけだ。あれは、父さんと母さんと、そして母さんのマジムンが私を守ってくれた、その光だったのか」
「うん、母さんに思念が残っていれば、そこからかなりのことが読み取れると思ったんだけど、全然残ってなかった。あの瞬間、母さんを全てから隔離したんだ。それほど強い力に包まれたんだね」
天音と優梨は顔を見合わせて頷いた。
「でもね、母さん・・」
つづく
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