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真鏡名家の厄災 ②

第59話


 某日の午前、真鏡名家。


 琉球石灰岩の塀に囲まれた敷地の奥に見えるヒンプン。それを目の前にして天音たちは立っていた。天音と優梨、雄心。そしてもうひとり、辺土名助教授もいた。


 辺土名は天音とその母、優梨が抱える真鏡名家との因縁と、一同が真鏡名家に向かうことを神鈴から聞いて同行を決めたのだ。それは琉球弧伝承研究室の顧問として当然の責務だと、辺土名は思っていた。


「では天音君、お父さん、お母さん、参りましょうか」


 辺土名が先頭に立って足を踏み入れる。


「あれ?みなさん、どうしました?」


 優梨はピクリともできず、門の中に進むことが出来なかった。優梨の両側で、雄心と天音が体を支える。


「これは、すごい結界だな。優梨、進めるか?」

「ううん、無理ね。私の中のチーノウヤが入りたくないって暴れてるわ。でも、今から押さえるから。雄心、天音、ちょっと力を入れるから私、倒れるかもしれないけど、しっかり支えててね」

「ああ、優梨、俺にまかせろ」

「分かった、母さん、いいよ」


 雄心と天音は、優梨を支える手に力と霊力を込めた。

 優梨は目を瞑り、両手に印を結んで自分の胸に当てる。


「チーノウヤ、ちょっと静かにして!!」


 同時に両手の印をほどき、手の平で胸を包む。


「ふっ!!」


 その瞬間、優梨の胸は急速にしぼみ、普通の大きさに戻った。


「さ!もう大丈夫!チーノウヤは私の中に封じたから。行きましょ!」


 優梨は何事もなかったかのように歩を進めた。


 雄心と天音は、少し呆れた顔で目を合わせた。



 トートーメー(仏壇)のある畳間、一番座を望む庭に、4人は立っている。その目の前、畳間の中央に老婆が座り、その右隣に神鈴が、そして左隣に知らない女性が座っている。


 まず神鈴が口を開いた。


「この度はお越しいただきまして、ありがとうございます。わたくし、真鏡名神鈴まじきなみすず。そしてそちらがわたくしの母、鈴音すずねでございます」


 鈴音が軽く頭を下げる。

 神鈴は一呼吸を置いた。


「そしてこちらが当家筆頭ユタ、真鏡名スズ子でございます、本日・・」

「そこのイナグ()が優梨か。そうか、真っ白な気だね。透き通った白。じゃがその白は、何色にも染まるものさぁね。それにしても、よくあの結界を通ったものだ。どうしても通れなければ、結界を緩めて通してやろうと思っていたがのぉ」


 神鈴の紹介を遮るようにスズ子が声を上げた。その声はとても老婆とは思えない力に満ちている。


「ほぉ、イキガ()よ、お前さんの気は赤いの。くれないじゃ。お前さん、強いのぉ。いいイキガ()じゃ」

「お前さんが天音か、もっとワラビンチャー(幼い子供)と思ったが、いいニーセーター(青年)じゃの。しかしお前さんの気は、金色に眩しいわ大きいわ強いわ。まぁ、わしには敵わんがな」


 スズ子はひとりひとりの霊気を値踏みするように眺め、思う所を語った。だが次の言葉には、更に力が籠もる。


「ではの、今から優梨、お前さんの力を封印する。その力は真鏡名家の厄災だからの。その前にお前の中の、その邪気を祓おうか」


 スズ子の言葉を待っていたように、鈴音と神鈴が優梨に向かって両手を突き出し、印を結ぶ。スズ子は印を結ばないが、見えない目を見開き、優梨に向かって霊圧を上げた。


 瞬間!


 3人から放たれた強烈な霊気は優梨を直撃し、その中に潜むチーノウヤを剥ぎ取りに掛かる。


「いかん!優梨、力を解放しろ!天音!オレたちもやるぞ!」

「父さん、僕が前に出る!!」


 雄心は優梨の後ろに回ると、ありったけの霊気を広げて優梨の体を包んだ。優梨は雄心に守られたことで一瞬の余裕を得た。自身の霊力を高め、そこにチーノウヤを覚醒させる。


 優梨の髪はあっという間に3倍にも伸び、その胸はシャツのボタンがはち切れるほどに膨らむ。


「かかかかっ!出たなマジムン!!じゃが、これで終るかっ!!」


 スズ子は歯のない口を開け、さも楽しそうに笑った。そして細い枯れ枝のような腕を上げ、両手の平を合わせて優梨に向ける。手の平からほとばしる霊気はこれまでの比ではなかった。


 それはまるで、霊弾だ。


 神鈴と鈴音、そしてスズ子の巨大な霊弾が優梨に向かう。


「だめだ!させない!!」


 天音は優梨の前で、迫る霊弾に立ちはだかった。霊気を練り上げた両腕を開き、その霊気を体中に纏わせ、分厚い霊気の壁を作った。それは金色に輝く霊壁。


「こなくそ!ヤナワラビンチャー(悪い子供)ごときが!このスズ子に逆らうか!!」


 スズ子たち3人の霊気と天音の霊気が衝突し、閃光が煌めく。


「おまえの母親はマジムンだ!魔を呼ぶ力を持っとる!!安心せい、このスズ子が祓ってくれる!!」

「母さんはマジムンじゃない!チーノウヤだって今はもう、母さんの一部だ!これまでずっと僕を守ってくれたんだから!」

「なにが!この糞生意気なヤナワラバー(糞ガキ)がよ!!」


 スズ子が叫んだその時だった。


アビランケェ(だまらんかぁ)ーーー!!」


 突然、庭はおろか屋敷中を揺るがすような大声が響き渡った。

 腹の底から放たれたその大声は、誰でも首を竦めるような威厳に満ちている。


「さっきから聞いていれば、誰が糞生意気なヤナワラバー(糞ガキ)か!この死に損ないの糞ババアがよ!!」


「んん?」

「んぁ?」


 その大声が耳に入った瞬間、その場の全員が威圧され、スズ子たちの霊弾も、天音の霊壁も一瞬で消え失せた。

 スズ子たち3人は顔を見合わせている。同じように、天音も優梨、雄心と顔を見合わせた。

 雄心は、俺じゃないよ、と言う顔で首を横に振っている。


 その大声が、もう一度轟く。


「この糞ババア!!うちの大事な部員を、天音を愚弄しおってからに!しかも、そこにいるのはうちの部長だ!!神鈴君を、こんなことに巻き込みおってからによ!糞ババアめ、ワン()が許さん、タッピラカス(打ちのめすぞ)!!」


 大声の主は、辺土名助教授だった。



「はぁ、もういいわい。この真鏡名スズ子をな、糞ババアとはな。タッピラカされるのも御免こうむるわ。お前さん、辺土名さんと言ったな?あんた、大学の偉いさんかい?」

「いや、私はぜんぜん偉くなんかないですよ。それよりまぁ、糞ババア扱いは失礼しました。だが、天音を糞ガキ扱いされたので、ちょっと、ねぇ」


 飄々とした辺土名からは、先ほどの気力と威厳は感じられない。スズ子は見えない目を辺土名に向けた。


「不思議さぁね。あんたにはこれっぽっちの霊力もないわ。じゃがさっきのは、あれは気力、というのかねぇ。気力だけでこのスズ子を押し切るとはねぇ」


 スズ子に褒められていると感じて、辺土名は照れくさそうに鼻の横を掻いた。


「だけどよ?儂が本気になればよ?あんたを呪い殺すなんぞ、赤子の手を捻るよりも簡単さぁね。かかかかっ!!」


 辺土名はスズ子の言葉に思わず肩を竦める。だが、スズ子の隣で笑いを噛み殺す神鈴と鈴音の顔を見て、辺土名は少しホッとした。


「とにかくスズ子さん、まずは話しませんか?天音のご両親も、そのために来たんですから」


 辺土名の言葉に、スズ子も黙って頷いた。

 神鈴もホッとした表情で、辺土名に向かって頭を下げていた。




つづく


お読み頂きまして、ありがとうございます。

毎日数話ずつ更新していますので、ぜひ続きをお読みいただきたいと思います。

気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします。

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