真鏡名家の厄災 ①
第58話
4月のある日。琉球大学サークル棟、琉球弧伝承研究室。
天音と言葉は大学2年生の生活を順調にスタートさせている。安座真家は天音に加え、息子の雄心と嫁の優梨を迎え入れ、5人家族となった毎日はいつも賑やかだった。
「ねぇ天音、雄心さんって、また高校の剣道部の監督してるんでしょ?監督って仕事だったのね。知らなかった」
「うん、僕も高校の時は知らなかったんだけど、父さんと母さんが結婚するとき、剣道部の監督が仕事なんだって教えてもらったんだ。それにさ、父さんって教員免許も持ってたんだって」
「そうなんだね。じゃさ!今度、雄心さんの学校で剣道させてもらわない?監督の補助、みたいな形で!」
「ああ、それはいいかもね!父さんに言ってみるよ」
他愛もないふたりの会話が部室に響く、それを聞きつけた金城日葵が会話に加わってきた。
「天音!優梨先生が帰ってきたの?私も会いたい!」
日葵は小学1年の時、当時の真鏡優梨が担任だったクラスで天音と同級生だった。天音の実の母、名城明日葉が怪異との闘いで命を落とし、優梨が天音を引き取って東京に移住したため、わずか1年足らずの担任だったが、優しかった優梨先生は、その後も子供たちに慕われていた。
「私ね!一度手紙を出したことがあるのよ?2年生に上がってすぐくらいかなぁ、優梨先生と天音くんへ、っていう手紙。覚えてない?」
天音にはその手紙の記憶がない。ミミチリボージとの闘いから高校1年までの約10年間、天音は沖縄でのこと、怪異のこと、そして実の母の記憶すら無くしていたのだ。
「うん、ごめん、ひまちゃん、そのことは覚えてないや。一度ね、母さんがひまちゃんのことを教えようとしてくれたんだけどさ、そのときは記憶が・・」
「あ、そうだったね!そうなんだよね!うん、いいの。仕方がないよ」
「それでひまちゃん、天音くんへって、どんなこと書いたの?」
「ううん!ことちゃん、いいのいいの、今言ったことは忘れてヨシ!逆にごめんね?天音の話は聞いてたのに、でさ、ところでさ・・」
日葵は慌てて話題を逸らす。
「あのさ、優梨先生にはあの頃から霊能力があったんでしょ?優梨先生って、ほら、ユタとかノロとか、沖縄の霊能者?そういう人だったのかなぁ」
日葵の疑問に、天音も首をひねりながら応える。
「う~ん、そういうのとはちょっと違う感じなんだよね。母さん自身はユタの家系に繋がってるみたいなんだけどさ、詳しいことは聞いてないんだ」
「ふぅ~ん、なんか複雑なことがあるのかな。でも天音ってさ、結局ユタの家系とは関係ないんでしょ?」
「そうだね、僕は全く関係ない。僕の実の母親の姓は、名城だからね」
そこに、離れた席で話を聞いていたのだろう、神鈴が声を掛けてきた。
「天音、その話なんだがな」
「はい、部長、なんですか?」
「いや天音、いつも言ってるが、私のことは部長って呼ぶな。今までどおり神鈴さんでいいぞ。なんなら神鈴って呼び捨てにするか?」
神鈴の話を、これも神鈴のそばにいた奥間が聞いて割り込んできた。
「え!先輩の俺だって神鈴さんって呼んでるのに、なんで後輩の天音が呼び捨て?それは神鈴さん、許すことは出来ないって言うか!!じゃ、俺も神鈴って呼んでいいですか!!」
「あん?奥間、じゃあ君は私のこと、部長って呼び捨てでいいぞ?」
「え~?いや、神鈴さん、で、いいっす・・」
「あはは!冗談だ!奥間はいつも面白いなぁ。いや、そんなことはどうでもいい。天音の話だ」
どうでもいいことにされて奥間は少ししょげているが、神鈴に面白がられるのは嬉しいようだ。そんな奥間をよそに、神鈴が話を続ける。
「天音、お前の母親は、旧姓が真鏡、だったな?」
天音が頷くと、神鈴は少し身を乗り出す。
「あのな、うちの家系は真鏡名、沖縄でも有数のユタの家系なんだ。女性が強い力を持つことが多いんだが。そしてお前の母親は、どうやらうちの家系と直接繋がっているようなんだ」
神鈴と天音は、奥間が持ってきた“ガジュマルの下の幽霊”の件でお互いの力を認め合っている。また“風樹館の万年筆”の件でも助け合い、信頼し合ってもいる。
その神鈴は、天音の旧姓が真鏡、そして母親の名前が優梨だと聞いて、そのことを真鏡名家の最高位ユタである、祖母の真鏡名スズ子に伝えた。子供の頃、神鈴はその名前を聞いたことがあったからだ。
「お前に黙っていて悪いとは思ったが、私も半信半疑なところがあったからな。それで、うちのおばぁがな、天音のお母さん、優梨さんに会いたいと言ってるんだ」
天音には、目の前の人や物に残った残留思念を読む力がある。神鈴はそれを知っているし、思念を読まれないよう閉ざすことも出来た。だが、天音に真鏡名家でのことを話す間、神鈴は思念を押さえず、ありのままを天音に伝えている。
天音の頭の中には、神鈴の言葉に繋がる思念のイメージが広がっている。
おばぁというのは、トートーメーの前に座る老婆のことだ。名前はスズ子、目が見えない老婆。
だが、スズ子が座る一番座はもちろん、その屋敷と敷地全体が強力な結界に守られている。
それほど強い力を持つユタの一族、その最高位が、スズ子。
優梨の父の名は、真鏡名誠仁。スズ子の息子だ。つまり優梨はスズ子の孫に当たる。そして優梨と神鈴は、従姉妹。
誠仁は二十歳の頃、宮城由布という女性と出会って恋に落ちた。
だが、由布には特異な力があった。その力を恐れた真鏡名家とスズ子は二人の結婚に反対し、由布を遠ざける。
そんな真鏡名家に嫌気が差した誠仁は、家を出て由布と結婚し、真鏡と改姓する。
その二人の間に生まれたのが、優梨。
優梨の母親、由布の特異な力、それは・・・
天音が神鈴の思念をそこまで読み取ったとき、天音のイメージの中でスズ子の両目が大きく見開いた。見えないはずの両目は、イメージの中で天音を見据えている。そして天音の頭の中を、スズ子の一喝が支配する。
「ワラビンチャーよ!そんなとこで見てないで早く来い!儂のめぇに、この、真鏡名スズ子のめぇに!」
ハッとして顔を上げた天音の目と、神鈴の目が合った。
「天音、頭の中でおばぁに叱られたか?それが私のおばぁ、真鏡名スズ子の力だよ」
天音はごくりと喉を鳴らした。
行かなければ。母さんと一緒に、スズ子の前に。
天音は、そう強く思った。
つづく
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