頂点のユタ、真鏡名スズ子
第55話
天音がそんな2年生の日々をスタートさせた頃、真鏡名神鈴はかつての琉球を彷彿とさせる古民家の前に立っていた。
その屋根に乗る赤瓦は色褪せ、琉球石灰岩が乱積みされた塀は苔むしている。
門に当たる塀の入り口に立つと、目の前に、中に入るものを拒むように組み上げられた琉球石灰岩の壁が見える。
ヒンプンと呼ばれるその壁は、外からの目隠しという側面もあるが、外から入る魔物を遮るという、まじないの役目も大きい。古来琉球に伝わる破邪の壁、それがヒンプンだ。
神鈴はそのヒンプンを前に背筋を伸ばし、足下と肩を手で払って、ふっと息を吐いた。
-この家に入るときはいつも背筋が伸びるわ。変なものがちょっとでも憑いてると、頭が痛くなっちゃうんだもの。
この家には、その敷地全体に強力な結界が張られている。どんな小さなマジムンも、この家の敷居を跨ぐことはできない。
神鈴の門中の本家、真鏡名家だ。
「おばぁ、神鈴が来たよ」
神鈴は今日、自身の祖母に呼ばれてこの家に来ていた。
庭から直接上がれるようになっている一番座、トートーメーのある畳間の真ん中に、老婆が座っている。
「ああ、神鈴ねぇ、言わんでも分かるさ。あんたがヒンプンの前で、マジムンをふたつ祓ったのもねぇ」
-もう、おばぁには敵わないわ、ぜんぶ見えちゃうんだから。目は見えないのに。
神鈴の祖母は盲目だった。だがその霊力は、ユタの家系である真鏡名家の最高位である。
ユタ・真鏡名スズ子。それが神鈴の祖母の名前だ。
「それでおばぁ、今日はどうしたの?」
「神鈴よ、あんたがあの子の話を持ってきて、もう半年ほど経つか?」
「えっと、5ヶ月ちょっとかしら」
スズ子の言う“あの子”とは、旧姓真鏡、今は安座真優梨。天音の母のことだ。
「ああ5ヶ月か、そんななるか。これまでさ、門中の何人かに声を掛けて、真鏡のことを知る人間を探したり、あの子のことをどうするか話し合ったのさ。誠仁が真鏡名を出て、あの子の母親と駆け落ちしおって、名字を変えて真鏡と名乗った。それから先の事は分からんかったからさぁ。まったく、この家を蔑にしおってからに」
優梨の父親は、この真鏡名家から分家したわけではなく、優梨の母親と駆け落ちしていたのだ。それから音信不通となった二人のことを語るスズ子の言葉には、長年積もった怒りが混ざっている。
「うん、それは私も子供の頃に聞いたことがある。その、優梨さんの母親には特異な力があって、真鏡名には迎えられなかったのよね。誠仁叔父さんのお嫁さんにはできないって」
「ああ、そうだ。だからさ?その、優梨か。その子を見てみることにしたのさ。あの力は放ってはおけん。もし、あの母親の力を継いでいたら・・・」
スズ子は眉間に深い皺を刻み、トートーメーを見上げた。
「うん、分かった。あのね、おばぁ、天音の母親、優梨さんね、この4月に沖縄に来てるのよ。東京から沖縄に越してきたんだって・・」
「かかかっ!!分かってるさぁ!この4月から家族で沖縄に住むんだろ?お前を通して見えるわ。だから今日、お前を呼んだのさ」
「もう、おばぁ!じゃあ最初から言ってよ!!」
「かかかっ!」
スズ子は、してやったり!という表情で笑った。
ひとしきり笑うと、スズ子はまっすぐに神鈴を見やって言う。
「おまえ、どうもこの何ヶ月かで、相当にその子、なんと言ったか?その子の霊気に当てられておるなぁ」
「天音の事ね。そう?おばぁには私の霊気、どう見えるわけ?」
「ああ、あまねと言ったか、その子の霊気はな、お前の霊気を更に強くしておるわ。霊気の色も少し変わっとる。とんでもない子さぁね。その子供、このスズ子より、上か?」
「え?おばぁ、より?・・・」
スズ子の問いに神鈴は言い淀んだが、すぐに顔を上げ、スズ子の見えない目を見つめながら応えた。
「ううん、おばぁの方が上、ずいぶんと上。でも・・」
「今は・・・だな?」
「うん」
スズ子の深い皺の中で、見えないはずの目がキラリと光った。
つづく
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