風樹館の万年筆 ⑩
第53話
「どうやら成功したようだぞ」
神鈴の言葉を切っ掛けに、天音は万年筆を墓石の前に置いた。そして開いた左手の平で、墓石に直接触れる・・
「うわっ!!眩しい!熱いっ!!!」
神鈴が叫んだ。
天音が墓石に触れた瞬間、天音の金色の霊気は墓石に移り、天に向かって爆発的に膨れ上がる。そして次の瞬間、墓石から轟々と炎の柱が立ち昇った。その霊気の輝きと炎柱の熱気は、何も感じないはずの辺土名と奥間にすら感じられるほどだった。
「あれは、あれが霊気っていうものなのか、あんなものが、ホントにあるのか」
「おお、風樹館で感じたのと同じ熱さだ。でもこれ、なんかあったかいな」
辺土名と奥間が顔を見合わせる。
だが輝く霊気も立ち昇る炎も、次の一瞬には消え失せていた。
「終わりました。もう大丈夫です。皆さん、ありがとうございました」
いつの間にか天音は立ち上がり、3人の方に歩いてくる。
「終わったな。天音、さすがだな」
「え?え?終わったって、天音!お前、今何したの?」
「ああ、私にも分からなかった。安座真君、なにがどうなったのか、教えてくれないか?」
天音は少し微笑みながら、左手を開いて3人に向けた。
「お・・おお、それって」
「手紙、か。小那覇智市が万年筆で手の平に刻み込んだ、手紙」
呆然とする辺土名と奥間を余所に、神鈴の表情は満足げだ。
「うん、そうだ、きちんと伝えられた。良かった」
そんな神鈴の言葉を聞いて、辺土名と奥間も慌てて読み始めるが、手紙は天音の手の平で見る見るうちに薄くなり、そして消えた。
「あーー!読めなかった!」
「ああ、私もだ、最初に“智久よ、許せ”って書いてあったが、そこまでだ」
「まぁ、いいじゃないですか、これで万年筆に込められた智市さんの無念は晴れました、って言うか、智久さんも喜んでましたよ。それに、万年筆に呼ばれていた他の念も一緒に消えてますから、すべて解決!さ、帰ろ?奥間」
神鈴はよほど満足したのか、満面の笑みで帰りを急かしている。
「あーー!分かりましたよ!神鈴さんがそんなに言うなら、帰りましょ!」
4人は神鈴を先頭に、駐車場に向かった。
・
・
奥間の車は与那原町東浜の海沿いを北に向けて走っている。
もう夕方に差し掛かり、右手に見える海は夕焼けに紅く染まっていた。
「しかし天音、上出来だった。だがそれも、お前のバカでかい霊力があってこそ、かもしれないな」
「いや、そんなことないですよ。僕は万年筆の残留思念を読んで、手の平の手紙を再現して、後は全部神鈴さんじゃないですか」
「え?え?ふたり何話してんの?やっぱ聞きたいですよ~」
謎解きをせがむ奥間に、辺土名もウンウンと頷いている。
「はぁ、ま、そっか。今聞いたとおり、天音は残留思念を読み取って、智市さんが手の平に刻んだ手紙を左手に再現したんですよ。その間、万年筆の呪いは天音のでっかい霊力で押さえながら、ね?手の平の手紙はチラっと見えたでしょ?」
辺土名と奥間はウンウンと頷く。
「そして私は、ふたりの横で結界を張りつつ、智市さんと智久さんにその手紙を読んであげたんですよ。これは私の降霊術と交信術。それでふたりは手を取り合って、天に昇りましたとさ」
事もなげに語る神鈴を見ながら、辺土名の口はあんぐりと開いている。奥間の口も開きそうだったが、運転中だと気付いて気を引き締めたようだ。
「そうか、それが君たちの能力、ってことか。それで、手紙にはなんて書いてあったんだ?」
「いえ、助教、それは個人情報ですから、やめておきましょうよ」
神鈴は辺土名の求めをやんわりと断った。
優れた交信術を持つ彼女にとって、心の平穏は何よりも大事なのだ。それは生者も死者も関係なく。
クールなルックスと辛辣な言動の裏に、限りない優しさを秘める。
神鈴はそんな女性だった。
「うん、まぁ、そうか。そうだな、死者とはいえプライベートに立ち入るな、だな!」
手紙の内容を知る天音と神鈴は、ホッとしたように顔を見合わせる。辺土名が常識人で良かった、という表情だ。
「ところでだ!こないだから気にはなっていたんだが」
「はい、なんでしょう?」
「神鈴くんと奥間くんは、付き合っているのかな?」
「なぁ!!なぁんですか?それ、そんな訳ないでしょ!!」
「え?えええ??オレたち、そぉんなふうに、見えますぅ?」
「いや、こないだっから神鈴君、奥間奥間って言ってるじゃないか。奥間君の方は神鈴君のこと好きだって、見てれば分かるだろ?」
「わぁー!さっき常識人だって思ったけど、撤回!!もう助教とは一切喋りませんから!一切です!」
慌てまくる神鈴に、辺土名が止めを刺した。
「なに言ってるんだ?君たちのサークル、顧問いなかったろ?私が4月から顧問をやってあげるから、もっとも~っと喋るぞ?感謝しろよ?次期部長さん」
「いやだ!撤回してください!撤回!撤回!」
「えぇ~~、いいじゃないですか、神鈴さん。それに来週はヤンバルでしょ?オレ、運転しますよぉ~、どこまでも」
「いやだ!もうバスだ!バスで行く!!」
「じゃ、オレもバスで行きます!」
「なぁにぃ~!ゆるさん!!私ひとりで行く!」
わいわいと楽しげな車中で、天音はひとり目を瞑っていた。
その脳裏には、悲惨な戦争から80年も続く無念と、そこから解放された兄弟の姿があった。
天音は想いを巡らす。
その想いは、天音の中で言葉になる。
本当に良かった。智市さんと智久さんが分り合えて。
それにしても神鈴さんの降霊術はさすがだ。墓所に着いてから、すぐにふたりを降霊してたからな。
でも、終戦からもう80年、ずっとあんな風に無念を抱いてる霊たちも、まだいるんだろうな。
智久さん、お兄さんは、あなたのことが嫌いだったわけじゃない、ああしなきゃ、駄目な世の中だったんだ
だってああしなきゃ、智久さんは戦地に向かうお兄さんの足にしがみついて、泣いて泣いて、離れなかったでしょ?
だからお兄さんは、あんなことを言ったんですよ
良かったですね、それが分かって
天音は心の中でそう呟くと、目を開け、左の手を開いた。
手の平にはうっすらと文字が浮かんでいる。
『ともひさよ、許せ
あのとき、お前を殴ってしまったことを
お前のことは嫌いだと、ひどいことを言ったことを
今も悔いている
強く生きろ、ともひさ
兄ちゃんの分まで』
天音は夕日に染まる空を眺めた。
天音の瞳に、幼い弟の手を引いて天に昇る兄の姿が映った。
つづく
お読み頂きまして、ありがとうございます。
毎日数話ずつ更新していますので、ぜひ続きをお読みいただきたいと思います。
気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけますと嬉しいです。
よろしくお願いします。




