風樹館の万年筆 ⑨
第52話
天音は、奥間に掛かった呪いを霊視して知ったことを全て辺土名に話した。
「そうか、つまりガマで亡くなった万年筆の持ち主、小那覇智市は、弟の智久に伝えたいことがあった、ということだね?それを万年筆で手の平に刻んだ。だが、火炎放射器の炎を浴びて、智市は命を落とした・・」
「ええ、智市さんは手紙を刻んだ手を後ろに回して、万年筆を握りしめて守りました。そこで万年筆に刻まれてしまったんです。智市さんの無念が」
「そして、その万年筆はガマで発見され智久の手に渡ったが・・」
「はい、智市さんの遺志が智久さんに伝わることはなく、智久さんは定年と同時に風樹館のケースにその万年筆を置いたんです。ガマから発見された他の遺物と共に。きっと供養のためと思ったんでしょう。でもそれから30年、万年筆には智市さんの無念に呼ばれるように、他の遺物に染み込んでいた無念も積み上がって」
「呪いとして完成してしまった。だから呪いは年々強くなっていったのか」
「そのとおりです。それはもう、人を呪い殺すほどに強くなっています。もう猶予はありません。ですが、これは正確には呪いではありません。智市さんも智久さんも呪いを掛けた訳ではないからです。ただ強すぎる念が籠もっているだけ。だからこれを解くには、解呪の法ではなく、智市さんの手紙を智久さんに伝える必要があるんです」
「分かった、分かったがな、安座真君、そういうことなら、もう無理だよ」
辺土名はそう言うと、悔しそうに俯いた。
「もう、亡くなっているんですよね、智久さん」
「ああ、安座真君にはそれも分かってたんだな。それでどうするんだね?これから」
「はい、じゃあ神鈴さん、お願いします」
天音は神鈴に話を引き継いだ。どうやって智市の手紙を智久に渡すか、それはもう、考えてあったのだ。
「では辺土名助教、これからその方法をご説明します」
戦後80年の無念を纏った万年筆の呪い、それを解くために、ここにいる全員で、ある場所に行くことになった。 神鈴と天音だけでは、文字通り手が足りないからだ。
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某日、某時刻。
太平洋を眼下に望む霊園に天音たちは立っていた。万年筆の持ち主、小那覇智久が眠る地だ。
「あれですね、小那覇家の墓、間違いない。智久さんの名前がある」
天音は墓石の姓名を確認すると、墓前に手を合わせた。
沖縄では家系一族を門中と呼び、墓は門中で持つことが普通だ。亀甲墓と呼ばれる大きな墓で、そこに代々の門中が入る。沖縄で、門中墓は死後に住まう家なのだ。
だが門中を持たない家や本土からの移住者は門中墓ではなく、普通の霊園に墓所を構えることも多い。
小那覇智久もそのような墓所を構えていた。
「それじゃ、助教、神鈴さん、奥間さん、こちらへ」
辺土名と奥間は、ガラスのケースをふたりで抱えている。そしてケースの上には、神鈴が右手を置き、左手は印を結んで一心に念じている。万年筆の呪いを神鈴が押さえているのだ。
「そこにケースを置いて、助教と奥間さんは離れてください。ここからは神鈴さんと僕です」
墓石の前に置かれたケースの蓋を、天音がゆっくりと開ける。その間も神鈴は念を切らさない。そして天音も両手に霊気を纏わせ、万年筆の呪いを押さえる。
辺土名と奥間には見えなかったが、天音の両手は金色の霊気で輝いていた。神鈴の両手も緑色の霊気に包まれていたが、天音の霊気は桁が違う。
「天音、お前のその気はなんだ?金色で眩しいったらないぞ、それで何%くらいなんだ?」
「えっと・・に・・いや、今はいいじゃないですか、そんなの」
「うん、まぁ、そうだな。じゃ、後は頼むぞ」
「はい、分かりました」
天音の霊気が十分であることを確認し、神鈴は辺土名と奥間の側に行く。左手の印は結んだままだ。
皆の位置を確認すると、天音はケースに手を入れて万年筆を掴んだ。それを左手に持ち、右手で更に覆う。
「では、始めます」
天音は皆にそう告げ、智久の墓に向き直り、跪いた。
万年筆を掲げ、目を瞑る。
「ああ、あれは、すごいな」
「え?神鈴さん、なんか見えます?」
「ああ、天音の体が金色の霊気に包まれてる。大きいぞ?あの墓所全体を包むくらい」
「あの子の力というのは、それほどにすごいものなのか?」
「はい、助教。すごいです。うちの家系、真鏡名にもあれほどの者は・・ひとりくらいか」
神鈴がそう言ったとき、天音の体を包んでいた霊気は急激に収束し、両の手に集まった。天音の両手は、天空の太陽のように輝いている。
つづく
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