風樹館の万年筆 ⑤
第48話
「あまね!あまね!!大丈夫か!?」
「はぁ、はぁ、は・・はい、大丈夫です。僕より、奥間さんは」
「奥間は大丈夫だ。結界の強度を上げた。お前が奥間を止めてくれたから間に合った。だが、危なかったな。結界がほんの少し遅ければ、奥間は自分の喉を掻っ切っていた」
「ものすごい呪いでした。これを普通の人が直に受ければ大変なことになります。でも、これまでは体調不良くらいで、ここまではなかったんですよね」
「ああ、急な発熱とか、異常な喉の渇きとか、今回に通じるところはあるが、どれも体調不良の域を出ない。それに、ここに来る全員がそうなるわけではなかったそうだし、天音でもここに入らないと呪いの気配も分からなかっただろ?それくらいのものだと思ったんだがな。まさかここまでとは」
神鈴は腕組みして思案している。
奥間はまだ展示室の床に突っ伏して起き上がることができない。こんな危険な呪いをこのままにしておく訳にはいかないが、まずは呪いを掛けた本人を見つけなければならないのだ。
だが、これほど強力な呪いを掛ける術者に呪いを解かせるのは難しいだろう。それに天音の霊視もまだ終わっていない。今回のことを考えれば、また日を改めて、天音とふたりで出直すしかない。
神鈴はそう考えていた。
「あの、神鈴さん?」
「ああ、悪いな天音。奥間がいるところではケースを開けられない。今度またふたりで・・」
「いえ、残留思念は見えました。もう分かりましたよ」
「なに?天音、それはどういうことだ?」
天音は呪いで自傷しようとする奥間を止めたとき、奥間に取り憑いた呪いを直接感じ取って、その呪いの根源を視た。それは想像を絶する残酷な出来事だった。日本の敗戦間近、万年筆の持ち主の、ガマの中での経験だ。
「・・それで万年筆の持ち主は、誰かに手紙を書いているんです。名前は聞き取れませんでしたが、自分の手の平に、その万年筆のペン先を突き刺して入れ墨のように刻み込んでいます。だけどそれが、その人に読まれることは、なかったんです」
「それで天音、その手紙の内容って・・見えたのか?」
神鈴は前のめりになっている。天音の能力はその凄まじい霊力だけではない。恐るべきは、この卓越した霊視能力だと言っていい。だから神鈴も普段、天音といるときに自分を霊視されないようガードしているほどだ。
神鈴自身も霊との交信能力は高い。だがそれは、今、目の前にいる霊の話だ。すでに失われた状況をつぶさに観察する能力は、神鈴にはない。ただ直近の数時間程度を探ることができるだけなのだ。何十年も前、それこそ戦時中の物に残った思念など、感知できるはずもなかった。
「神鈴さん、まずはこの万年筆をここに置いた人を探すのが先なんじゃないですか?おそらくその人は、この万年筆の持ち主の、弟さんです」
「そうだな。分かった!まず奥間を介抱して、それから辺土名助教のところに行こう」
辺土名は、神鈴にこの呪いの件を依頼した人物だった。
つづく
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