風樹館の万年筆 ①
第44話
4月、桜が舞い始め、新しい出会いと暮らしが始まる季節。
この時期の沖縄は、肌寒い日もあるが、それでも最低気温は20度を超え、最高気温は30度近くにもなる。日本一早い海開きが行われるのも、この時期だ。
だが、そうは言ってもこの時期に海に入る沖縄県民は少ない。沖縄県民は冷たい海が大嫌いだから。
安座真天音はそんな沖縄で、大学2年生になっていた。
あの日から、真鏡名神鈴と出会い、共に公園の椅子に座る幽霊を鎮めた日から、もう5ヶ月が過ぎている。この間、天音は神鈴から様々な霊現象を鎮め、怪異を祓った話を聞いていた。その地は琉球弧全体に及ぶ。
これは、大学1年生の生活もあと僅かとなった2月、天音と神鈴が再び怪現象と対峙した時の話である。
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サークル棟2階の廊下にカツカツと靴音が響く。早足に聞こえるそれは、琉球弧伝承研究室のドアの前で止まった、と思う間もなくドアが開く。
「安座真、安座真天音はいるか?」
ドアも開ききらない間に天音を呼んだのは、真鏡名神鈴だ。天音と彼女はこの数ヶ月間で、お互いの能力を嫌というほど認め合っていた。
神鈴の能力、それは人外との交信能力。それも、霊や怪異の内にまで侵入し、直接その意思を理解し、また、意思を伝えることも出来る。その卓越した力によって、彼女は怪現象の根源を見いだし、これを祓い、そして穏やかに成仏させることを得意としている。
彼女の霊気は優しく輝く緑色だ。
「はい、神鈴さん」
神鈴はつかつかと天音に歩み寄った。
「天音、前に教えた石垣島の怪現象の話、覚えてるな?」
「はい、もちろん覚えてます。博物館の件ですよね、それが?」
「あれと同じ現象が起こってるようだ、ちょっと来てくれ。部長、それと真美、この件はレポートするから、終わったらよろしく」
「いいよ~」
「は~い」
部室には部長の比嘉と奥間、新垣がいたが、神鈴は奥間の名を呼ばなかった。奥間が焦った声を上げる。
「あ!神鈴さん!オレも行っていいっすか!車とかオレ持ってるし、ね!」
「あ?ああ、そうだな、車か。じゃ、付いてきて」
「うぃっす!」
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サークル棟近くの駐車場に、神鈴は天音と奥間を連れてきた。
「えっと、神鈴さん、ここで話すんですか?それとも、ここに怪異が?なんにも感じませんけど」
「ん?ああ、ここに奥間の車があるだろ?車で向かいながら話そうと思ってな。な?奥間」
「は、はいはい!オレの車、ここです!いや~うれしいなぁ。神鈴さん、オレが車を停めてるとこ知ってるなんて」
「いやいや、奥間は私に乗れ乗れってうるさいだろ。それに停めてるのはいつもここだ」
奥間も“椅子に座る幽霊”の件で天音と神鈴の力を目の当たりにし、以来、サークルに入り浸るようになった。特に神鈴に心酔したようで、何かあれば運転手役を買って出ている。奥間は神鈴より1年先輩だが、神鈴はそんな奥間に対して遠慮会釈なく物を言うようになっていた。 逆に言えば、それが奥間に対する神鈴の信頼とも言える。
「うん、学食とかで話すより車の中の方が良かったな。この方が遠慮無く話せる。奥間、ありがと」
奥間の車に乗り込むと、神鈴が奥間に向かってそう言った。奥間は何も言わなかったが、その表情はこれ以上ないほど緩んでいる。
「ところで天音、話というのはな・・」
「あの!神鈴さん!」
天音は話し始めた神鈴を遮った。
「あの、みんなが居るところで話しちゃ、ダメなんですか?それに、学食でもダメって、それじゃあ、なにか隠さなきゃならないみたいだし、理由があるんですか?」
「あ?ああ、天音の疑問はもっともだな。率直に言う。この怪現象は、このキャンパス内で起こっているんだ、それも現在進行形で。だが学生たちはこの現象に気付いていないし、この除霊で気付かれる訳にもいかない。だから、学校に言われてるんだよ、秘密だとな。それに・・」
ひと呼吸置いて神鈴は続ける。
「除霊と言ったが、これはある種の呪いだからな。気付かれれば学生たちに疑心暗鬼が広がるだろ?犯人は誰だ?って。模倣犯も出そうだしな」
「の、呪い、ですか」
「ああ。石垣島の話と同じと言っただろ?あれも呪いだったんだよ」
「あの話は単なる霊障じゃなかった、と言うことですか・・」
神鈴は黙ったまま頷いた。
つづく
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