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封印された記憶が目覚める ④

第4話


 僕は、ふと眼が覚めたような気がした。安座真さんの話の間、まばたきを忘れていたのか?


 それどころか僕は、自分自身が比嘉さんと稽古をしている気がしていた。

 安座真さんが打たれた脳天がズキズキと痛む。


「安座真さん、比嘉さんが言った、その・・あれっていうのは?」

「そうだよね、気になるよね、でもここからが本題さ」


 安座真さんは悪戯っぽくウィンクすると、話を続けた。



 それから四年後、高校生になった私は、部活として剣道を続けていた。


 あの件以来、私は神掛かったように強くなっていた。だから進学も、剣道が強い県外の高校にしたんだ。


 その高校で寮生活を送っていた私は、毎日激しい練習に明け暮れていたし、一年生から認められて大会にも出ていたから、まともに帰省することもできなかった。


 でも、高校最後の夏は違ったんだ。


 その夏の大会前、私は怪我をしてしまってね、私は最後の夏休みを沖縄に帰って過ごしていたんだよ。


 久し振りに過ごす沖縄の夏。居心地はもちろん良かったけど、それまでミリミリと音を立てるような全国レベルの緊張感に浸っていた私にとって、突然に訪れた穏やかな日常は、実はちょっと辛かったんだ。


 大会に出ていれば今頃、なんて、そんな悔しさもあったと思う。


 それで私は、毎日馴染みの道場に出向いて軽い稽古をさせてもらう傍ら、小学生の指導をさせてもらっていたんだ。


 本当は比嘉さんと稽古したかったんだけど、引っ越してしまったそうで、もういなかったからなぁ。


 小学生の稽古は早く終わる。私も一応受験を控えていたからね、道場は早めに引き上げて、あとは家で受験勉強っていうわけだ。


 初めてあの家族に出会った、いや、正確に言えば、初めてあの家族の会話を聞いたのは、そんな道場の帰りだった。



「夜の8時頃、夏の沖縄ではこの時間、空に夕日の名残があるだろ?夕焼けはとっくに消えてしまったのに、明るいとも暗いとも言えない不思議な風景を作り出す時間。映画の世界ではマジックアワ-という時間帯だ」

「マジックアワ-、ですか」


 僕はその言葉を知らなかった。


「そう、マジックアワ-。言葉どおり魔法の時間だよ。でも日本では、逢魔が刻と言う」

「おうまがとき?」


「魔物に出会う時間ってことさ」


 安座真さんの話は続く。



 私の実家は沖縄でも田舎と言われる土地柄でね、バスを降りると家まで一本道。その道沿いにある家々も同級生が結構住んでいるし、子供の頃から知っている家ばかり、のはずだった。でもその家は違ったんだ。


 大きなガジュマルの木があって昔からよく知っている場所、ずっと前からそこにあったはずなのに、それは初めて見る家だった。つまり、それまでずっと気づかなかった、ということだね。


 なぜ今更その家に気が付いたのか?


 それは、その家からとても楽し気な笑い声が聞こえてきたからなんだよ。


 ブロック塀で歩道と隔たれたその家は、カ-テンの掛かる大きな窓がいくつもあって、明るい光が漏れている。温かい家庭を連想させる優しい光、そしてその窓から、仲のよさそうな家族の会話が漏れ聞こえていたんだ。


 その会話はね、今日の晩ご飯はハンバ-グだよ、とか、今夜のドラマは見逃せない!とか、あのアニメ録るの忘れた!とかね。


 家族の会話としては、ありきたりなものだったと思う。でも、これが実に楽しそうでね、それからは、その家の前を通り掛かる度にそんな会話が聞こえてきて、つい立ち聞きしてしまうんだ。


 どうやらその家は、両親と娘の三人家族、そして数匹の猫がいるようだった。


 家族が話してると、それに割り込むように必ず猫の鳴き声がしたし、家族もそれに合わせて言うんだよ、かわいいね、かわいいねって。猫を囲んで笑顔が溢れている。そんな幸せな家族の風景が目に浮かぶようだったよ。


 いつしか私にとって、その家の前を通るのは、ちょっとした楽しみにもなっていた。


 でもある日、私は気付いてしまったんだ。その家族の会話の不自然さにね。


 なにが不自然かって、それはね、前に聞いたことのある話が、また出てくるんだよ。


 一度や二度なら単なる偶然かと思った。でもね、夕食がオムライスだとか、新番組のドラマの話とか、アニメを録るとか録らないとか、少しづつ違う気はしたけど、ほとんど同じ会話が順番に繰り返されているんだ。


 気のせいだと思いたかったけど、そのせいで余計、その家族の会話に聞き耳を立てるようになってしまった。


 そしてある日、父親だと思っていた声が、突然こんなことを言ったんだ。



「おとうちゃん、帰ってこないね」


 すると母親の声が続いて、こう言った。


「おかあちゃんも、帰ってこないね」


 それに娘の声が続いた。


「おねえちゃん、寂しくないかな、早く行かなくちゃね、迎えにね」


 そして小さな子供の声が、聞こえた。


「おなか、すいたね」


 それは初めて聞く声だった。全身に鳥肌が立った。


 私は急に恐ろしくなって、家まで走って帰ったんだよ。




つづく

お読み頂きまして、ありがとうございます。

毎日数話ずつ更新していますので、ぜひ続きをお読みいただきたいと思います。

気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします。

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