八千代言葉とキジムナー
第32話
8月の沖縄。
太陽は朝からジリジリと肌を焼いて、日なたで薄着は危ない。だけど、5月から6月に掛けて訪れる梅雨の季節より、ずっと過ごしやすいわ。
海を渡る風は気温の割に心地よく、日陰ならそれほどの暑さを感じない。それが沖縄の真夏。でも、日焼け止めは必須だわ。だって、将来でっかいシミになるのよ?もう一生取れないのよ?って、大学の友達みんなが言うんだもの。
今日は日曜日、沖縄そば屋さんのバイトを休んで、沖縄本島の北の方、ヤンバルにツーリングに出掛ける予定。でも、私ひとりじゃないの。
天音と一緒にツーリング。
私も天音も沖縄に来てバイクを買った。車も考えたけど、やっぱりバイクに乗ってみたいねって、高校の時から約束してたから。
さあ!準備は出来た!あとは天音が来るのを待つだけだ。
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「おはよう、言葉。ガソリンちゃんと入ってる?免許証持った?お金はそんなたくさん持たなくていいから、スマホ決済が便利だからね、落としたら大変だから。あと、スーツとヘルメットは・・」
「もう!天音、会った傍からなによ!私、子供じゃないよ?そんなのちゃんとしてるに決まってるじゃん!お父さんみたいなこと言わないで!」
「あはは、ごめんごめん、ところで日焼け止め塗った?」
「あっ!!忘れた!一生消えないシミができるのに!!」
もう、やだわ。
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良い天気、日差しに溢れてる。気温は30度を優に超えるようになって、夏本番だわ。
日差しもすごいけど、入道雲というより、天空の城っていう感じの雲が湧き上がってる。これがスコールを降らせるのよね。
スコールが降り出すタイミングはよく分かる。走ってると前の方に雨のカーテンが見えるの。それと、対向車が濡れてることもあるわ。そしたら要注意。そのまま雨に突っ込むと視界がなくなるし、タイヤがスリップするわ。
でも、前を走る天音のライディング。
カッコいいな。
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国頭村楚洲の海岸に差し掛かると、小さなカフェがあるの。私たちはその駐車場でバイクを止めて小休止。ヘルメットを取って息をついて、お互い顔を見合わせて笑いあう。
カフェは駐車場の真ん前がビーチになっていて、遠くに白波が見える。その手前はリーフの内側、イノーっていうのよね。
エメラルドグリーンのイノー、その向こうは深みのあるブルー、白波が立って、すっごく良い景色。
沖縄まで付いてきて良かった。お母さんは今ひとりで東京だけど、一人暮らしを満喫してるって強がってたけど、絶対寂しいはず。
そのうちこっちに来てもらおう。そして、一緒にこの景色を見るのよ。
「ふぅ、暑いけど、この景色!いい気持ち!!」
「言葉、あれ見て、沖の方に人がいる!」
天音が指差す先には、リーフに立ち込んで釣りをする人たちの姿があるわ。腰まで浸かってる人もいる。
「ほんとだ~、あんなに遠くに行けるんだね!何が釣れるんだろ」
「う~ん、熱帯魚?」
「え?沖縄で釣れる魚なら、ぜ~んぶ熱帯魚じゃん!」
取り留めもない会話だけど、天音とはなんでも遠慮なく話せる。一緒に剣道部で稽古していた仲っていうこともあるけど、あの“大人の花子さん”との闘いの中で記憶を共有したせいもあるわ。
私たちの間には、あの時までのことで隠し事はない。お互いに全てを知ってるの。でも、あれからこっちは分からないわよね。
もし天音に好きな人が出来たり、天音を好きになる人が出来ても、私に知ることはできないのよね。
サークルにはあの子もいるしなぁ。
でもいいの!
私は天音と同じ琉球大学に入学した。そのことは全く後悔してない。高校1年の時から天音のことが好きだったんだもの。これからどうなるかは分からないけど、絶対後悔なんかしないわ。
だって、天音だもの。
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「ふぅ、美味しかったね。じゃ言葉、ここを出たら、西海岸に回って帰ろうか」
「分かった、58号線南下だね。今の時間からだと少し早いのかなぁ。夕焼け、見えるといいなぁ。もう少し北上してから行こうか」
天音は私のことを、あの日からコトハって名前で呼んでいる。高校時代はずっとチヨって呼ばれていたからまだ少し慣れないんだけど、千代って友達みんながそう呼ぶから、天音には名前で呼んで欲しいなって思ってた。
でも、コトハって呼びにくいかな。あの子が呼ぶみたいにコトちゃんでもいいけど、コトって呼ばれるのも、嬉しいかな?
「言葉!なにボ~っとしてるの、行くよ」
「あ、待って待って!」
カフェで食べたオムライス、美味しかったな。
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私たちは楚洲から更に北上して、本島最北端の集落近くまで来ていた。
最北端の集落というと国頭村の奥だけど、ここはそうではないみたい。ちょっと手前だし、ここでちょっと止まって、自販機で飲み物を買おうかな。
でも、人が全然いないわ。ヤンバルって、こんなに人がいないのかしら。
バイクを小さな公園に止めて自販機を探すんだけど、やっぱり置いていないのかなぁ。それに、こんなに歩き回ってるのに、やっぱり人に会わない。
そうこうしていると、また同じところに戻って来ちゃった。まるで迷路に入ったみたい。私たちは狭い路地を行きつ戻りつ。どこをどう通っても、また戻ってくるわ。
あれ?あそこに子供がいる。
路地の角に小さな子供が見え隠れする。私は思わず天音の顔を見るんだけど、天音はまっすぐ前を見ているだけで、あの子供のことは見えていないみたい。
あ、あの子、路地から出てきてピョンピョン跳ねてる。
あ、跳ねながら私たちの方に近づいてきて・・やだ、ピョンピョンピョンピョンって、私たちの周りを飛び回ってる。
あ!
子供が私の背中に飛び乗ってきた!!
なんだろ、私が好きなのかな。でも、下ろした方が良いのかな。
ねぇ、天音。
ねぇ。
天音ってば。
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「・・・はっ!」
「・・は!」
「ことはっ!!」
「あっ!!天音?」
「言葉、気がついた?」
「え?ええ?子供は?小さい子供がいるんだけど、それにここ、集落で、販売機がなくって、ふたりで探して・・」
「僕たちはそこの公園にバイクを止めて、ちょっと休憩しただけだよ?それに言葉、さっきからボーっとして、ずっと遠くを見てるみたいだった」
天音はちょっと笑いながら私の背中に右手を置いている。だから子供が乗っかってきたって思ったのかな?
「そうなの?じゃ私、夢を見ていたのかなぁ、こんな昼間から。小さな子供がね?ピョンピョン近づいてきて、私たちの周りをまたピョンピョン跳ねて、私の背中にピョンって乗っかってきて・・・」
「それって、この子のこと?」
天音は左手の指で簡単な印を作って、私の背中からスッと子供を抱き上げた。
「あ!その子、そうよ!」
天音は微笑みながらその子の頭を撫でてあげている。するとその子は天音と私の顔を交互に見ながらニッコリと笑顔を見せて、ぽーんっと空に跳ね、そして消えていった。
「天音、今の子供、なに?」
「今の?キジムナーだよ。言葉はキジムナーの悪戯で化かされたんだ。そんなに悪さはしないから心配はないんだけど、あいつ、言葉のこと気に入ったみたいだよ?」
「キジムナー?あれが?」
「うん、あんな風に出てくるのはやっぱり珍しいんだけど、よっぽど言葉のこと気に入ったんだね」
「へぇ、そうなんだ。キジムナーのくせに、見る目あるじゃん?えへへ」
私はあんまり悪い気がしなくって、ちょっと照れくさい気もして、とにかく嬉しかったわ。
天音の次の言葉を聞くまで。
「うんうん。それでね?あいつ、言葉の目玉を取ろうとしたんだよ?」
「私の・・・めだま?」
私はもう、次の言葉が出なかった。
そうだ、このことはサークルで報告しよう。私と天音が入ってる“琉球弧伝承研究室”で。
「天音!もう行こ!!早く西海岸に回って、名護湾の夕日を見に!」
「分かった。じゃあ言葉、名護湾まで一気に行くぞ!じゃあね!またね!!」
天音はバイクに跨がると、公園の真ん中に生えている大きなガジュマルに向かって手を振った。
ガジュマルの枝で、まあるいカワイイ目が、くるりと回ったように見えた。
めだまって・・
もう、やだわ!!
つづく
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