猫の家の記憶
第31話
ある日の夕方、僕は近所の家の玄関前に立っている。
庭に大きなガジュマルがあって、大きな窓が並んでいる家だ。
僕はゴーヤーでパンパンになったレジ袋を手にぶら下げている。ばあちゃんに頼まれたお使いだ。
小学生でもないのにお使いなんてちょっと恥ずかしかったけど、もちろん断ることはない。僕は安座真家の孫としてここに住んでいるんだから。
それに、僕はこの家のことを、前から知っている。
少し目を瞑り、集中して、ふぅ、と息を吐いた。そしてチャイムを押すと、ほどなく女性の声が聞こえた。
「はぁ~い」
「こんにちは、安座真ですけど」
「はいはい、安座真さん、お孫さんね?ちょっと待ってね」
出てきたのはこの家の奥さんだった。
安座真家に孫が来た、という噂はこの小さな集落ではすぐに広まる。僕と奥さんは、沖縄での暮らしぶりや大学のこと、同じ琉大にあそこの子とここの子が行っている、などなど、結構な時間世間話をすることになった。
でもそれは、僕にとっても好都合だった。家の中に残った気、残留思念を感じる時間ができるからだ。
「・・・おばさんたちもここに越してきてそんなに経ってないから、安座真さんには良くしてもらってるのよ~、おじさんとおばさんによろしく言っといてね?あ!そうだ、ちょっと待ってね!」
奥さんはおみやげを持たせようと奥に入っていった。ようやく僕を解放してくれるようだ。ちょうどいい、少し集中を高めて、もう少し詳しく残留思念を感じてみよう。
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「はいはい、これ、うちで作ったサーターアンダギーなんだけどさ、持って帰って食べてね!」
「は、はい!ありがとうございます!」
そうか、そういうことか。
僕は奥さんに頭を下げて、家に戻った。
「あい!あまねくん、サーターアンダギーもらってきたの?じゃあお茶入れて、早速いただこうねぇ」
ばあちゃんは嬉しそうに台所に立った。
「ねぇ、ばあちゃん、あの家さ、ちょっと新しかったけど、昔からある家なの?奥さんはこっちに越してきたって言ってたけど」
僕はさりげなく、あの家のことを聞いてみた。
「え?うん、そうだねぇ、あのおうちはさ、だいぶ古いんだけど、2回リフォームされててね、今の佐久本さんは、越してきて5年くらいかねぇ。2回目のリフォームは最近だよ?でも、なんでね?」
「うん、あそこの奥さんがね、こっちに越してきたときお世話になったから、おじさんとおばさんによろしく言っといてって」
僕は少しごまかし気味にそう言うと、ばあちゃんが入れてくれたお茶を飲み、おみやげのサーターアンダギーにかぶりついた。
あの家は、猫たちがいた家だ。安座真さんの記憶で見た家。安座真さんが初めて対峙した怪異でもある猫たちの家。
愛する飼い主、父母と娘の三人を突然失った猫たちは、飼い主たちの暮らしぶりを人の言葉で再現するようになっていた。
それは猫たちが悲しさのあまり、マジムンになろうとしているかのように見えた。
それを、当時高校生だった安座真さんは救おうとした。
でも猫たちは、飼い主の三人が虹の橋の向こうで待っていると言って、あの家を去った。
猫たちはマジムンではなく、清らかな魂になろうとしていんだ。
その後、猫たちは森を抜け、海に入ったようだ。それは安座真さんの記憶を見せてもらったときに分かった。
でも今日、あの家で直接感じた猫たちのイメージは、少し違っていた。
猫は確かに4匹いた。そして4匹とも飼い主たちを追って、海に入った。それは安座真さんのイメージと同じ。だけどあの家から感じるイメージはその後のことだ。
沖縄の聖地、海の果てにあるニライカナイへ続く虹の橋、そこを渡るのは、3匹分の猫の影、三毛猫2匹と茶白猫1匹。
そして幸せそうに天に昇る、3人と3匹の姿。
だけど1匹は、あの大きな白い猫だけはいなかった。
あの白猫は、父親の声で話す白い雄猫は、飼い主たちに会えなかったのか。
僕は飼い主たちと再び出会った3匹を思い、そしてどこかに消えてしまった白猫のことを考えた。
いったい、どこに行ったんだろう。あの白猫の魂は。
サーターアンダギーを頬張りながら、つっと涙がこぼれた。
ばあちゃんは少し心配そうに、僕を見つめていた。
つづく
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