封印された記憶が目覚める ③
第3話
「はぁ、はぁ、はぁ」
激しい稽古でも余裕の比嘉さんに対して、もう安座真さんの息は上がっている。
「よ-し安座真君、掛かり稽古はこれくらいにしよう!さぁ次は、試合稽古といくか!」
「はい!お願いします!!」
安座真さんの体力はかなり削られているが、まだ試合稽古に臨む気力はあるようだ。
試合稽古はもちろん本当の試合じゃない、模範試合のようなものだ。しかし稽古とはいえ勝敗をつけるのだから、厳しい稽古になるのは分かっていた。
試合稽古が始まると、比嘉さんは竹刀を正面に構えほとんど動かない。でもその気合いは安座真さんを圧倒している。気圧された安座真さんが仕掛けるけど、比嘉さんは一歩、ううん、半歩動いたかどうかという間合いで竹刀を避ける。
何度仕掛けても同じ、比嘉さんは避け続ける。でも安座真さんが足を止めれば、比嘉さんはわずか数歩、滑るように近づいて私の間合いに入ってくる。
その恐ろしい速度と叩きつけるような気合。安座真さんが感じる恐怖のような感情を僕も感じた。
安座真さんはもう、比嘉さんを間合いから押し返すために、打ち込み続けるしかなかった。
安座真さんの息は上がり、足がふらつく。
もう立っているのもやっとだ。
それを待っていたかのように、比嘉さんは次々と打ち込んでくる。さっきまでの間合いを詰めるだけだった比嘉さんとは別人だ。しかしその打ち込みは軽く、そしてどれも間一髪決まらない。
いや、決めようと思えば一瞬なんだろう。
比嘉さんはわざと一本を決めず、ふらふらの安座真さんを更に追い込んでいるんだ。
「なんで、どうしてこんなことを」
安座真さんが面の中でつぶやいた。
「比嘉さんは、僕をいたぶってるのか?」
頭に巻いた手ぬぐいから汗が流れて眼に入る。痛い。視界がぼやける。
もう息もできない。苦しい。
「もう限界だ」
そう感じた瞬間だった。
安座真さんの目が比嘉さんの隣に何かを捉えた。
比嘉さんの隣に確かにいる、比嘉さんではないもの。
それは、人の形をした白い影だった。
それが何なのか考える余裕はなかった。ただ本能が、それを打てと言っていた。
「ぃやあぁああ--っ!!」
裂ぱくの気合を込めたその一撃は、白い影を真っ二つに切り裂いた。
「やった!」
一瞬、比嘉さんの姿が私の視界から消えた。次の瞬間、安座真さんの脳天に竹刀が振り降ろされた。
真っ二つに切り裂かれた。
目の前が真っ暗になった。
次に見えたのは、煌々と輝くした道場の照明だった。
安座真さんが尻もちをついて、天を仰いでいたんだ。
荒い息づかいで天井を見上げる安座真さん。比嘉さんが腕を引いて立ち上がらせてくれた。
そしてまだ荒い息づかいの安座真さんに、比嘉さんは言った。誰にも聞こえないような小さな声で。
「何が見えた?」
次の瞬間、安座真さんは気を失った。
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「・・・すっと、気が遠くなった。そして今度は本当に、気を失ったんだよ・・おい、大丈夫か?」
目の前が真っ暗になったと感じた。安座真さんの話を聞いただけなのに、僕の頭の中ではふたりの激しい稽古と、最後に脳天に受けた竹刀の衝撃までリアルに体験したようだった。
そしてあの、比嘉さんの隣に見えた白い影のようなもの・・・
「はい、大丈夫です。でも、安座真さんの話を聞いてたら、何と言うか・・」
「今、自分に起こったことのように感じた?」
「うん、はい、そうです。感じました。それであの、白い影って・・」
「ああ、それはね、あの日の帰りに比嘉さんは私を車で送ってくれてね、そして車中、私に話をしてくれたんだ」
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「安座真君、今日は悪かったね」
「いえ、ものすごい練習になったと思います。ありがとうございました」
それは本心だった。道場でも有数の実力者に、最後は本気の面をもらったんだから。
「君のことは道場に入った時から知っている。私は最初そう言ったね。でもなぜ初心者の君のことを私が気に掛けていたか、分かるかな?」
「いえ、僕は確かに初心者だし、稽古は好きですけど全然強くならないし、どうしてなんですか?」
ふふっと、比嘉さんは笑い、僕の質問に答えてくれた。
「君は道場に入るとき辺りを見渡して、なにかを探すだろ?」
「あ、はい」
それは本当のことだった。道場に入るとき、何か薄い膜を破って異世界に迷い込んだような感覚になる。それがどこから来るのか、なぜ感じるのか、いつも探していたんだ。
でもそれが見つかる事はなく、いつしかそれは、自分の癖みたいなものと思っていた。
「僕はね、君が何かを探していることも、それが何なのかも知ってるんだよ。それで今日はね、それが何なのか、君に見せてあげようと思ったんだ。そのために君を限界まで」
「あ、あの白い」
私は比嘉さんの言葉を遮って言いかけて、そしてすぐに口をつぐんだ。自分自身では、それは限界を超えた自分が見た幻覚だと、そう思っていた。
でも比嘉さんは、その言葉を待っていたかのように言った。
「そう、それだよ」
比嘉さんにそう言われて私は初めて、あの白い影が幻覚ではなかったと知ったんだ。
「あれって、いったい」
「あれはね・・」
それ以来、比嘉さんに教えてもらったあれは、私にとって日常になった。
あれが見えたとき、そして比嘉さんが脳天に打ち込んだ一撃のその瞬間から、あれは私には日常になったんだ。
安座真さんはそこまで話すと、少し俯き加減で僕の目を見た。
つづく
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