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天音の新しい暮らし ①

第29話



 夜が明けようとしているのか、それとも夜になろうとしているのか。


 明るいのか暗いのか分からないところを、僕は懸命に走っている。


 光と闇がせめぎ合う場所を、僕は恐ろしい速度で走る。


 急がなければ間に合わない。

 間に合わなくなってしまう。


 光の場所に出られるのか、それとも闇に呑まれるのか。


 僕は走る、走る。


 走る走る走る走る。



 何千何万のなにかが蠢いて、僕の後ろから迫っている。



 体中に空気が纏わり付いて、水の中を走っているように重い。


 それでも一歩一歩足を進める。


 だけど、その足は急に地面にめり込んで、抜けなくなってしまう。沼地や干潟に足を突っ込んだときと同じだ。

 渾身の力を込めて右足を引き抜き、そして前に出す、次は左足、そしてまた右足。


 さっきまで走っていたのに、もう歩くよりも遅い。


 前に進まない。


 追い掛けてくる何者かが、僕の後ろに迫る。



 怖い

 恐い

 コワイ

 こわい



 僕は助けを呼びたくて、力の限り叫ぼうとするんだけど、声は全然出ない。


 それでも僕は、大切な人の名を呼ぶんだ。



 かあさん!

 安座真さん!

 太斗!


 言葉!!


 おとうさん!

 おかあさんっ!!



 何千何万のざわめきが動けなくなった僕に近づく。

 大きな声、ワシワシワシワシとリズムを刻みながら僕を圧倒する。それは更に近づいて、ついに僕は、その声に包まれる。


 助けて!


 おかあさん!!



 ハッと目が開いた。体中に汗をかいている。


 夢の中で聞こえていた何かの声は、目が覚めても聞こえていた。ワシワシワシワシと鳴く声は、何匹いるかも分からない音の圧力でその密度を増している。


 その声の主は、蝉だった。家の周りの木々に群がる何千匹のクマゼミが一斉に鳴いて朝を告げている。


-夢だった。蝉の声が化け物の声に聞こえたんだ。


 そう思いながら天井を見上げていると、僕が寝ている二階の部屋に、トントントンっと足音が近づいてきた。


「あまねくん、起きてる?朝ご飯できてるよ?」

「あ、はい、起きました。すぐ降ります」

「はいはい、じゃ、待ってるね」


 僕は部屋着に着替え、階下の洗面所で身支度して居間に向かった。



「お、あまね、おはよう!どうした?髪がボサボサーしてるぞ?」

「はい、なんかちょっと変な夢を見ちゃって」

「そうね?今朝は蝉がうるさかったからかねぇ、休みだし、もっと寝かせてあげてもよかったかねぇ」

「いえ、目は覚めてたから。それより朝ご飯、お待たせしてごめんなさい」


 僕の目の前に座っているのは、安座真雄大あざまゆうだいさん。安座真さんの父親だ。

 僕は今、安座真さんの実家でお世話になっている。


「なんねぇあまねくん、もうこっちに来て結構経つのに、まだそんな他人行儀な言い方して。もうここはあまねくんの家さぁ、な~んにも遠慮はいらんよ?」


 そう言いながら僕の目の前にベーコンエッグとトーストを置いてくれたのは、安座真伸子あざまのぶこさん。安座真さんの母親だ。


「それよりさ、あまねくんはパンだけど、お父さんはどうするね?ご飯ね?パンね?どっちね?」

「はっさ!伸子、何を言ってる?もう何十年も一緒にいるのに!朝はパン、こんがり焦げたトースト!4枚切り!!」

「ああ、だぁるねぇ、そうだったねぇ」

「あ、米でもいいぞ?目玉焼きに醤油とマヨネーズな?」

「ああ、そうねぇ、じゃあそうしようねぇ」


 なんだかとても良い雰囲気のふたり。遠慮のない会話の中に優しさもにじむ。そんなふたりを見ながら、僕は自然と笑顔になっていた。


「ところでさ、あまねくん、さっきも言ったけど、そろそろ遠慮しなくてもいいんじゃない?ここはあまねくんの家よ?それにお父さんと私は、もうあなたの家族」

「ああ、そうだなぁ、あまね、呼んでくれていいんだぞ?ほら、呼んでごらん」

「もう、おとうさん、そんな急かさんで。でもあまねくん、もしあれだったら、呼んでみてもいいさね?」


 そうなんだ。僕はもうこの二人の家族。ここに来てもう2ヶ月も経つのに、僕は未だに他人行儀だ。こんなに良くしてもらってるのに。


 にこにこと僕を見るふたりの顔を見ていると、僕も思い切らなきゃ、と思える。


「うん、ホントだね、僕の家族はずっと母さんだけだったから、なんとなく恥ずかしかったけど、おかしいよね。ね!じいちゃん、ばあちゃん!!」


 僕の言葉を聞いて、ふたりは顔を見合わせた。目がまん丸になっている。


「じいちゃんてよ?」

「はぁ、ばあちゃん、てさぁ」


 まん丸に見開かれたふたりの目はみるみる潤み、今にも涙がこぼれそうだ。じいちゃんがグスッと鼻を鳴らし、手近のティッシュを掴んで目と鼻を拭き、それをばあちゃんに渡した。ばあちゃんはそのティッシュをすかさず屑かごに放り投げ、新しいティッシュを2枚抜いて、やっぱり涙を拭く。


「そうそう、じいちゃんでも、じぃじでも、そふでも、何とでも呼ぶといいさぁね」

「あい!祖父はおかしいさぁ、でも私のことは、グランマがいいかな?」

「グランマて、おまえはアメリカーか?」

「あはは!もういいじゃん。じいちゃん、ばあちゃん。もう朝ご飯食べよ?冷めちゃうから」


 僕たちは顔を見合わせて笑い合った。




つづく


お読み頂きまして、ありがとうございます。

毎日数話ずつ更新していますので、ぜひ続きをお読みいただきたいと思います。

気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします。

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