八千代言葉の告白
第18話
教室を出た僕たちは、校門で幸を見送っていた。
直接聞いた話はやはり貴重で、僕はいろいろな事を考えていた。だけど、もうひとつ確認しておきたいことがある。
「あのさ、太斗、千代。俺、この怪異のことでもう少し確かめたいことがあって、時間いいかな」
「そっか、じゃ、その辺のマグドでどうだ?千代もそこでいい?」
「うん、いいよ」
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僕たちはハンバーガー店の少し奥まったテーブル席に座った。
「千代さ、RINGだけじゃなくって、他のSNSもやらないんでしょ?」
「・・・うん」
「それってさ、女子の中では結構大変だと思うんだけど、そういうのやらない理由って、あるの?」
「天音、それ、千代は言いたくないことかもよ?」
「うん、太斗、そうなんだけど、幸が怪異のことを伝えたみんなの中で、そいつのことを見てないのって、もう千代だけだったろ?きっとなにかあるはずなんだ」
「うん、ホントにもう私だけみたいね。RINGをやってないのが関係あるのか分からないけど、私ね、そういうのって小学生の頃からずっとやってないの。あの頃、もう小学生でも普通にスマホ持ってたから、みんな面白がっていろんなSNSやってたけど、私だけ、絶対やらなかった」
「小学生の頃って10年くらい前か、そう言えば俺も持ってた。逆に持ってないとみんなに置いてかれるって言うか、ちょっと必死だった気もするぞ?」
僕たちの世代は小学生の頃からスマホとネットが当たり前になっていて、クラスや友達でグループを作るのが普通になっていた。スマホがないだけで仲間外れになることもあったし、ネット上で虐められることも問題になっていた。
「千代はそういうの、仲間外れとか、怖くなかったの?」
「うん、とにかくやりたくなかった。うん・・・やりたくなかったの」
俯いてそう言う千代は、急に顔を上げた。
「もう・・・言うね!ふたりには教える!私のこと!」
千代の目は少し潤んでいるように見える。何かを決心した目だ。
「私のお父さんね、小学生の頃、死んじゃったの・・」
明るく、誰からも好かれる千代。SNSをやっていなくても、誰も千代を仲間外れになんかしない。それほど中心的存在の千代に、こんなことがあったなんて。
千代の父親は、自殺していた。千代が小学4年生の頃だという。
そこからの話は、想像もできないものだった。
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父親っ子だった千代は、その頃一緒に遊んでくれない父に、ずいぶんと文句を言ったそうだ。それに、スマホをねだったこともあったらしい。
だがその頃、父は日に日に憔悴しているようだった。
千代が朝起きると、父はもうスマホで何かを話している。帰りは決まって遅かった。もう寝る準備の千代が父のそばにいくと、いつも血走った目でスマホの画面を睨み付けている。そして、深夜までスマホの着信音が響く。
父のうめき声がそのたびに聞こえて、布団に入っている千代の耳にもこびりついていた。
ある日、千代が家に戻ると、父の車が停まっていた。母はまだ仕事から帰っていなかったから、きっと父は体調が悪いとかで帰ってきたんだな、と千代は思った。
そして玄関を開け、リビングに入ろうとするが、リビングのドアは開かなかった。
それで台所を回ってリビングに入ると、そこには、ドアノブにタオルを引っ掛け、首を吊っている父がいた。
口が開き、舌がだらりと下がっている。父の首が、不自然に伸びているのが分かった。
千代は何も言えなかった。夢なのか、現実なのか、もしかしたらお父さんのいたずらかも・・
すぐに起き上がって“ことちゃん!ビックリしたか?やったー!”って言うのかも。
そのとき、父の右手の側で、スマホの着信音が響いた。
RINGだ。
着信音は鳴り止まない。
ディスプレイに通知の一部が表示される。次々と。
-課長、早く来ないと部長が怒鳴ってもうたい・・・
-八千代、お前何考えてる!早く来い!先方が・・・
-返信しろ八千代!あっちの損失はもう億越え・・・
-課長、もう僕たちではダメです、持ちこたえ・・・
-あっちの担当も出ない、お前までいなけりゃ・・・
-俺の責任じゃない、全部お前だからな。おま・・・
-覚悟して出てこいよ、いいか八千代、おまえ・・・
千代は胃の中の物がすべて逆流してくるのを感じた。
その場に座り込んだ。
母親が帰るまで、何時間も。
その間、RINGの着信音は鳴り止まなかった。
父の葬儀の後、母は千代に教えてくれたそうだ。
千代の父は金融のプロで、海外で資産を運用していた。そこでハイリターンの取引きに手を出す。
一見急激な経済成長を見せる国での運用だったが、実は政情不安を常に隠している国だった。その取引で、千代の父は莫大な損失を出した。
だが、そんなリスクが常に付き纏う世界の話だ。問題は、千代の父を追い詰めたパワハラだった。
千代の父は課長としてそのプロジェクトを管理していたが、部下である係長の問題行動に悩まされていた。それを指摘すれば、すぐにパワハラだと脅され、そのことにも悩んでいた。
更に、上司である部長は、全てを課長である千代の父に押しつけ、問題行動を繰り返す係長のことも、千代の父の指導力不足だと断罪した。
千代の父は、毎日繰り返されるプロジェクトの進捗をコントロールするのに必死だった。日中も、深夜も国内外からのメッセージに対応した。それに加え、係長の理不尽なメール、RINGメッセージ、更に部長から入る電話やメッセージ・・・
それは、上司と部下からのパワハラだった。
「ことちゃん、お父さんはね、追い詰められていたのよ?いつもあなたを愛して、気にして、仕事が一段落したらもう辞める、ことはと一緒に暮らすんだって言ってたのに、お母さん、なぜあのとき、すぐ辞めさせなかったんだろうね・・・って、かあさんが・・・」
千代が、八千代言葉が泣いていた。
でも、千代の話で分かったことがある。もう僕だけじゃダメだ。
僕はスマホを取り出して。素早くメッセージを打ち込んだ。
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つづく
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