真鏡天音は強くなりたい
第12話
剣道部の部室の前で、真鏡天音は息を深く吸い、思い切ってドアを開けた。
「おはようございます!!」
部室の中の全員に向かって頭を下げる。
全員が天音を見て、少し複雑な表情を見せた。
微笑んで会釈してくれる3年生。あからさまに鋭い視線を送ってくる2年生。素知らぬ顔を決め込む1年生。反応は様々だ。
剣道部は常に県大会上位、全国大会出場を毎年のように争う強豪校。全国制覇も一度や二度ではない。そんな強豪校の監督、安座真雄心が、わざわざ卓球部から引き抜いたのが天音だ。
2年生が1年生に話し掛けている。
「赤城、お前さ、あいつのこと知ってるか?」
「あ~はい、知ってます。クラスは違うけど、”まきょう”って珍しい名前だし、卓球部の1年では一番強いかも」
「へぇ、じゃあ安座真監督が連れてくるくらいだから、きっと剣道も強いんだろうな?」
「いや、剣道のことは聞いたことないです。でも、きっと強いんでしょうね、じゃなきゃ・・」
ふたりがそう思うのはもっともだ。だが天音に剣道の経験はない。まったくの素人だった。
ガチャッ!
その時、部室のドアが開き、安座真監督が入ってきた。安座真は全員を見渡すと、即座に場の空気を察した。
両手を顔の前でパンっと合わせる。
「はいっ!みんな、練習の前にちょっといいか?」
「はい!」
全員が声を揃えて返事する。
「みんな真鏡のことは聞いていると思う。この私が卓球部から引き抜いたんだ。卓球部の監督からはずいぶん嫌みを言われたがな、それでも真鏡が剣道部に行くと言ってくれたから、今ここにいるわけだ」
あの安座真監督がそれほどまでに欲しい選手とはどれほど強いのか?部員たちは興味津々だ。
「でだ!真鏡はな、剣道経験ゼロなんだよ」
「・・・は?ゼロ?」
赤城の口からつい声が漏れた。あっ!という表情で口に手を当て、周りを見回す。全員が赤城と同じように口をあんぐりと開けている。
「お?赤城!ビックリしただろ?みんなもビックリしたようだな」
安座真は全員を見渡して反応を確認すると、赤城に向き直った。
「真鏡はな、道着の着方も防具の付け方も、竹刀の持ち方も分からない素人だ。でだ赤城、真鏡の指導係をやってくれないか?」
「僕、ですか?」
赤城がつい声を出してしまったからか、それとも最初から決めていたのか、安座真は赤城を天音の指導係に指名した。
「ああ!私はお前が適任だと思う!赤城、頼めるか?」
「ん~、はい!分かりました!」
赤城太斗は、小学1年から剣道を始め、早くから様々な大会で活躍していた。そして高校1年の今はすでに、全部員の中でも上位の実力者だ。だが安座真が赤城を指名した理由は、その人間性にあった。
礼を重んずる武道の中でも、特に剣道は人間性が鍛えられる。しかも竹刀という枝ものを持つため、戦う姿勢にはその人の性格も強く出る。
赤城はその礼儀正しい振る舞いや、外連味のない戦い方からも皆の信頼を得ていた。
天音の前に赤城が進み出る。その瞳は真っ直ぐに天音の瞳に向けられている。
「じゃ真鏡!赤城が今日からお前を指導してくれる。なんでも頼りにしていいぞ!」
「ああ、なんでも俺に聞いてくれ!真鏡!よろしくな!」
「はい、よろしくお願いします!赤城君!」
赤城太斗が指導係、それだけで他の部員たちはもう、真鏡天音に何も言えなかった。安座真の狙いは、そこにもあったようだ。
赤城はニコニコと笑いながら天音の傍らに近づくと、肩をポンポンっと叩いた。
「敬語なんかいらないよ。もう俺、お前のこと天音って呼ぶからさ、俺のことも太斗って呼んでよ」
親しげで、そして頼れる笑顔。天音は安心感に包まれた。
「ああ、太斗!よろしくな!」
いい奴だな、天音は単純にそう思った。
赤城太斗の霊気の色は、透明感が美しい青だった。
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僕は小学1年まで沖縄に住んでいた。そしてその夏、僕と母さんは東京に移り住んだんだ。
でも、その母さんは僕の本当の母親じゃない。本当は小学1年の時の担任だ。
僕の本当の母親は、僕を狙う怪異との闘いで命を落とした。そのとき僕を守ってくれた担任、真鏡優梨先生が僕を引き取って、本当の子供のように育ててくれた。
でもこのことは、その時からずっと、ずっと忘れていた。
本当の母親の存在も、怪異との戦いも、優梨先生が僕を引き取ってくれたことも。
僕が覚えていたのは”アンマークートゥ、アンマークートゥ、おかあさんのことだけ見ておきなさい”、というおまじないの言葉。
それと、母の胸の温かさ。
そうして僕は、高校生になった。
中学から卓球部に入っていた僕は、東京ではなく、千葉の高校に進学した。その高校はスポーツ校で卓球部も強かったが、それにこだわったわけじゃない。文武両道を掲げる校風に惹かれるところがあったからだ。そして当たり前のように卓球部に入った僕を、剣道部の監督の安座真さんが引き抜いたんだ。
あの夏の夕方、教室で聞いた安座真さんの話、そして見せてくれたもの。
僕はそのとき、はっきりと思い出した。
今の母、真鏡優梨先生とチーノウヤという怪異のこと、そして四体で襲ってくるミミチリボージという怪異との激しい闘い。そして、ミミチリボージを封じるため、自らの命を投げ出した僕の本当の母親、名城明日葉のこと。
僕が持つ力に気付かせて、引き出してくれたのも、安座真さんだ。
僕はこの力を、もっともっと強くする。
そのために剣道部に来たんだ。安座真さんに鍛えてもらうために。
僕が鍛えてもらうのは、剣道じゃない。
僕の、霊力だ。
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つづく
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