8,それはまるで王子様
ゴードンが
「フィンリーさん、まだ1時間は経ってないと思いますけど、足の痺れなどはどうですか?!」
と声を掛けながら1冊ずつ重たい本を退かしている
「ありがとうございます。圧迫されている感じは、じつはそんなに強くないんですけど
挟まれて動けなくなっている感じでしょうか…」
「コチラから状態確認が出来ないのでもどかしいです…!応援も、直に来ますので!」
「すみません…、そちらから見て、現状はそんなに酷いものですか?」
「フィンリーさんの所はそう酷くはないですか?」
「こちらは、本棚が倒壊して、それより向こうの確認がなにも出来ないんです。床に座り込んでいるような恰好なので余計に視界が悪くて…」
「なるほど。コチラからぱっと見ただけでも3つ本棚が倒壊しているように思います。正直な所、フィンリーさんが元気に会話出来ていることは奇跡的だと言っても過言ではないです」
「そうなんですね…、すみません。人命救助は自分には無縁だと思っていたので…申し訳ない気持ちで溢れております…」
「申し訳無くないです。これは国が責任の設備不良です。」
ゴードンは優しくフィンリーを気遣う
そのとき、遠くから声が聞こえた気がした
その声は気のせいではなくて、次第にハッキリと音として耳に届いた
「フィンリー!そこに居るのね?!」
「………殿下!」
ハァハァと息を切らして王宮から走ってきたロードライドが
この塔の入口に来たようだった
「ロードライド殿下!」
「ゴードン、挨拶諸々は不要。現状の報告を」
「はっ!メイドにSOSの連絡が入ってから概ね45分程度の時間が経っております。こちらからの目視は確認出来ませんが、水質管理の本棚付近にて倒壊に巻き込まれているということで、壁側にて救護を待っていると推測されます。会話は可能ですが、自力での脱出は困難です。両足の骨折の可能性、それからクラッシュ症候群の発症を視野に、早急に救出を行っているところです」
「………ごめん、アタシが連絡もらったときに気付いていたら……」
ロードライドが報告を聞きながら握りこぶしをキツく強めた
「殿下、すいません…ご迷惑をおかけしてしまいました…」
倒壊した向こう側からフィンリーの声が聞こえた
「フィンリー謝らないで!今助けに行くわ!待っててちょうだい!」
後ろから騎士団が数名機材を持ってやってきた
「貴方達、重機の扱いは訓練しているわよね?アタシじゃお荷物になってしまうから、裏の窓から侵入してフィンリーのもとへ行くわね」
「殿下…!それは自分たちが行います…!」
「応援が来るまで大人しく待っとける程、アタシ今冷静じゃないわ…!」
「ですが殿下、っ!」
本棚を起こす事と、大量の本をどかす事には多くの人員が必要なことは誰が見ても明らかだった
「この場において大事なのは、身分じゃないでしょう!」
「〜っ!言い合っている余裕も正直ないですから!」
確かに、フィンリーをよく知るロードライドであれば、体調変化などにより細かに気付けるのであろう
「殿下、では本棚の撤去および足場の確保に人員が集まりましたら、早急に殿下とフィンリーさんの救助に応援を回します。それまでの時間を、お願い致します」
「………ありがとう…、」
騎士がリュックサックをロードライドに手渡した
「色々入っていますが、殿下のご判断でお使い下さい」
「感謝するわ……、フィンリー!今行くからね!」
ロードライドは塔の裏にまわって窓の位置を確認した
予想でしかないけれど、フィンリーの居る場所と離れていそうなので、割って侵入しても彼女が怪我をするリスクは低いと思った
リュックの中から窓ガラスを割る工具を取り出してから
塔の近くに放置されていて殆ど使われていなかったであろう脚立を見つけたので、それを使い窓まで昇った
「フィンリー!窓を壊すわ!頭を隠して頂戴!」
コンコン窓をノックしてそう叫ぶ
そして次の瞬間に工具が息をするよりも早く、その窓ガラスを割ったのだった
ガシャーン!とガラスの形が崩れた大きな音が響く
その音をかき消すかのようにロードライドが声を出す
「…っ!フィンリー!!どこ!」
「殿下……!」
窓から顔をのぞかせて中を見ると
少し離れた所に本の下敷きになってしまっているフィンリーと目があった
「フィンリー!!!今行くわ!待っていて!!」
ロードライドは、リュックを先に部屋の中に投げてから
自分の身の事など二の次で部屋の中に侵入した
窓枠にすこし残ったガラス片で頬が少し切れたが、どうだってよかった
窓から中に入り込んで、気を付けながら着地をした
ブーツがガラスを踏む音や、本に足があたる音がした
向こう側で騎士が救出する声が確かに聞こえていて
この建物の中はとてもせわしなく揺らいでいるというのに
目の前居るフィンリーが傷だらけな状態を見た瞬間に世界の全てが止まったような感覚で立ち止まってしまった
「っ、フィンリー!」
安堵が滲むその声は確かに震えて聞こえた
ロードライドは、すぐに走り出して、慌てて乱暴に本をどかす
この本の全てに価値があるなどと言われても
もはやどうでもよかった
大切なフィンリーを苦しめている元凶であるならばそれはもう価値など塵に等しかった
「フィンリー!………っ、遅くなってごめんなさい!どこか痛いところは?!」
「恐れ入ります、大丈夫です…」
フィンリーはかすかに顔をしかめているものの、気丈に答えた
ロードライドは込み上げる感情を精一杯制した
どうしてまず自分に助けを求めなかったのか
こんな傷だらけ苦しそうなのに何が「大丈夫です」なのか
この塔の書物の保管方法をどうして現状維持と決めたのか!
その制した感情は、やり場の無い怒りのような色をしていた
「まず本を全て降ろしましょうね」と、一言告げて、ロードライドは手を動かした
「殿下…殿下ごめんなさい……、」
フィンリーは小さな声でそう呟いた
今たしかに、彼女の口から”ごめんなさい”という言葉が聞こえた
あの機械のような堅い口調がベースのフィンリーが
ロードライドに向かって”ごめんなさい”と告げたのだ
身体的なダメージに目がいきがちだったが、精神的な部分も疲弊していると判断をしたので、そっと微笑んで「大丈夫よ、フィンリー。」と肩を撫でた
急いで10冊程度の本をどかすと、痛い致しいその足が姿を現してきた
彼女を圧迫していた原因は全て排除したものの、無理に本人を動かすわけにもいかないのでその場で怪我の程度を確認することにした
「ごめんなさいね、フィンリー。怪我の確認をしてもいいかしら?」
「ご面倒をおかけしてしまい申し訳ないです…」
許可を得てからよく見ると、
制服は所々切れており、ぶつけた時の衝撃で赤くなっている部分や腫れている部分がその白い肌にはよく目立って見えた。腕にも顔にも擦り傷が目立ち、浅くだけ捲った腹部は強く打ち付けたであろう赤い模様が目を引いた
とはいえ、この部屋の状態を見てもその程度の怪我で済んでいるということは奇跡に近いことであった
「殿下、お顔にお怪我が…!」
フィンリーがロードライドの頬の切り傷に気付いた
「…………、フィンリー、謝らないでお願い。」
ロードライドは、優しく両の腕でフィンリーを包みこんだ
「アタシの方が謝らなければならないの…!もっと気をつけていれば…ごめんなさい…」
傷だらけの彼女を見て、ロードライドは心が締め付けられる思いだった
「違います殿下…!自分で頑張れば抜け出せると思っていたんです…ここからの景色だけだったら、そんなに大事になっている…、だなんて把握出来ておりませんでしたので…」
「フィンリー、本当に…本当によかった…ごめんなさい…」
「……殿下…、助けに来てくれてありがとうございます。」
その抱きしめる腕に自然に力がこもった
この愛おしい彼女を、もしかしたら失っていたかもしれないという恐怖が襲ってきたのだ
「本当に、本当によかった…アタシ、フィンリーが居ない人生なんて考えられない…」
「恐れ多いお言葉です。」
「本当よ…、心から大切なの…嘘じゃない…。アタシの一番は貴女なのよ…フィンリー。言葉にしたって足りないくらい、アタシ…の、アタシの世界の真ん中は貴女なのよ…!」
「……殿下…」
フィンリーがロードライドの胸元に、顔をうずめた
「……あの、せっかく身体を支えてくださっているというのに、自分の両の腕に力がはいらず、全体重を殿下に委ねるような形になってしまい申し訳ないのです…自分を支える力が入らないのです。ご容赦ください…。」
「もう…!いいの!アタシが沢山抱きしめるから!受け止めてちょうだい!」
両手があがらないというフィンリーに
ロードライドがリュックの中から水のボトルとストローを取り出した
「本当は、口移しでもいいんだけれども…!」
「いつでも場を和ませてくださる殿下のお心遣いには、救われる思いです」
「……………違うから!本心だから!」
ゆっくり水分をとってもらい、
リュックの中に入っていた冷却材で足や腹部を冷やした
「ここ…アザになっちゃうかも…医療班が到着したらすぐに見てもらいましょうね」
と、フィンリーの両手の代わりにロードライドが祈るようにフィンリーを冷やすのだった
・