7,とてもとても長く感じる廊下と時間
フィンリーは動けずにいた
本をどかそうにも、手首に痛みがでてしまい持ち上げる事が出来なかった
足を動かそうにも、本の角が刺さって痛いので現状まったく動けない状態といって謙遜は無かった
本棚は斜めに倒れ
収納されていた本は山のように積み重なり
出口は見えない
マリィが”すぐいく!”とくれたその返事だけが、心の支えだった
少しずつ、現状を把握できるようになってきて
それと同時に全身の痛みと、それから自分の情けなさが時間差で襲ってきた
さらに、八つ当たりという訳では決してないのだけれど、この膨大な資料を現状維持のままで行くと決めた陛下に対して、やるせない気持ちまで湧いたので、感情変化が色々と忙しかった
勿論口には出せないが…。
よく見ると、制服が破けて足が出てしまっている
厚みのある生地が代わりに敗れてくれたおかげで、服の下の四肢は比較的浅い傷に見えた
制服採寸の時に
ロードライドが「安い生地はすぐ駄目になるから良くないわ」と、立派なものをあつらえてくれた事を思い出す
「………殿下………、」
思いがけない場所でロードライドへの感謝が湧き上がる
ふと奥の窓を見る。先程日の光に反射して舞っていた粉塵の量が落ち着いている事に気付いた
それでも不衛生にキラキラと埃が舞ってはいるが
本棚が倒れた時の最大時と比べたらだいぶ落ち着いた方だと言えるのではないだろうか
「………、っ痛い…。」
フィンリーは、床が抜けた時に居合わせたのが自分でよかったと思うようにした
沢山の擦り傷も、打撲も、殿下の身に起こった事でなければまず安心だし
多少の武道の心得も無いメイドが居合わせていればそれはまた良くない。
誰もいない時に倒壊していれば、発見が遅れて貴重な資料のおおきな破損に繋がりかねないし
やっぱり今回は、私が被害にあってよかったのだ。
と、そう思った
そう思うと、この痛みも納得できた
そのとき、近くから人の声が聞こえた
「フィンリー!!塔の中にいるのね?!開けるわよ!」
マリィの声がした
「マリィ!ごめんなさい…!有難う!」
フィンリーが大きな声をだして、存在を伝えた
「大丈夫よ!今助けるからね!」
ガチャリとドアが開いた音が聞こえた
「きゃーーーー!!!フィンリー?!フィンリー??!」
「わっ!これは大変な事だ…!フィンリーさん!?生きてるか!マリィさん、至急応援が必要だ」
「フィンリー?!生きてる?!大丈夫?!待ってて!頑張って!すぐに応援を呼んでくる!」
フィンリーは、全体像がよく分かってないので
あちら側から見てどんな惨事になっているのかがよく掴めていなかった
「すいません…大事にするつもりは無かったんですが…」
「フィンリーさん、ゴードンです!本棚がドミノ状に倒壊していて、すぐに貴女の所にたどり着けないので応援を呼びます!これは緊急を要します!体調に変化はないですか?!」
聞き覚えのある声の主は、ゴードンだと名乗ってくれた
マリィが片思いをしていると以前教えてくれたあのゴードンだろうか
「ありがとうございます。体調に変化はないんですが…四肢を強打してしまって自力で抜け出せなくなっています。」
「フィンリーさん、こちらから貴女が目視できませんが、どのあたりにいますか?」
「作付面積の資料と水質管理の資料の近くでした!」
「わかりました、場所を確認してから、すぐに救出します!俺と会話を止めないでください。大丈夫ですね?」
「ありがとうございます。今のところ気が張っておりますので、まだ頑張れます」
ゴードンが「これは労災が秒でおりますね」といわれて、そこでフィンリーは初めて笑った
・
・
・
マリィは走った
応援を…と言われてどこに向かうか考える時間も設けずに走った
あの場所は惨劇だった
ドアを開けたら床が抜けた本棚が
ドミノ倒しのようにぐしゃりと形を歪めて倒壊していた
その奥からフィンリーの声が聞こえたのは、奇跡だとさえ思った
それは、とても人が存命出来るようなイメージを持てない倒壊の仕方だった
作りのしっかりした本棚は持ち上げようにもビクともせず、本1冊だって辞書のように重たかった
「……っ、」
自分が興奮状態にあることは、言われなくても分かっていた
助けたいけど、助ける力を持ち合わせていない無力感で自然に涙が出ていた
途中走るたびにふわふわと当たるメイド服のスカートが邪魔で、裾をたくし上げて握って走った
「………っ、殿下!殿下…っ、!」
騎士が多く集まる訓練場に走った方がよかったのかもしれないが、マリィはロードライドの執務室に足を進めた
彼の部屋に行けば、護衛を含め必ず何人か人が居ると予想したからだ
そして部屋のドアを、ほとんど体当たりのような勢いで開けた
そこには突然入ってきた埃を被ったメイドの姿を見て驚くロードライドと、数名の従者や騎士がいた
(よかった…人が沢山いる…!)
マリィは安心した気持ちと、不安な気持ちと
多くの気持ちがぐしゃぐしゃになってしまい言葉が上手に出なかった
止められず、流れる理由もわからない涙をボロボロこぼしながら
「……殿下、助けてください…フィンリーが…フィンリーがしんじゃう……!」
と、声を絞り出したら緊張の意図が一瞬切れてしまったのか
人目も憚らずにわんわん泣いた
ただ事じゃないその様子に
ロードライドが慌てて席を立ち
優しくマリィの肩を支えた
「どうしたの?!貴女、フィンリーになにがあったの?大丈夫?!」
ロードライドも、マリィのその様子に顔色を変えている
他の従者が慌ただしく出動の準備を始めた
フィンリーが書物を取りに離れの塔に行っている事は、業務関係なので周知の事実であった
きっとその場で何かがあったに違いないと、全員がそう思って準備を進めていた
「…あの、塔の、っ、本棚が倒れて…フィンリーが、フィンリーが助けてって……っ、でも、棚はドミノみたいで…!」
精一杯話すマリィの話を聞いて、ロードライドが
「教えてくれてありがとう」と、一言お礼を言うやいなや、すぐに部屋を飛び出した
騎士達が、状況判断を瞬時に行い剣を置いて紐やジャッキなどに装備を変えた
それから、上等な飾りの多くついた上着を脱ぎ捨てた
その支度の速さは目にも止まらぬ勢いで、そのままロードライドの後を追って部屋から塔へと向かった
マリィは、従者に背中をさすられて
過呼吸気味だった呼吸を頑張って整えた
ボロボロと涙が止まらない
フィンリー、死んじゃ駄目よ!
そう強く思った
「い、医療班にも…!」
涙は止まらないし、呼吸も荒いけど、
それでも立ち上がって、従者にお礼を言ってから再び走り出した
・