9話:弟子入り
森を進んでいる最中、ナイミラが俺に名前を訊ねてきた。
「キミ、名前は? 身なりからして貴族なのだろう?」
「俺はアルド。アルド・クレイヴンハート」
するとナイミラが目を大きくして驚き、そして笑った。
「あはははっ。そうか、クレイヴンハート家の者だったか。道理であのような戦い方をするわけだ。それならば納得だ」
「俺は末息子だけどね」
「それでも、あの家の血筋だ」
「クレイヴンハート家を知っているのか?」
「クレイヴンハート家を知らない者は、この大陸には存在しない。私が生を受けた時から存在する、最狂の戦闘集団。存外、いい拾いものをした。これは教え甲斐がありそうだ」
そしてナイミラに連れられて森の奥へと進むと、そこには小さな開けた場所が広がっていた。
ナイミラは足を止め、周囲を見渡す。
「ここでいいだろう。さあ、見ているといい」
彼女が指を鳴らすと空気が震え、次の瞬間、大地が盛り上がるように変化した。光の粒子が宙を舞い、徐々に形を成していく。あっという間に、木造の立派な家が目の前に現れた。
「……魔法でこんなことまでできるのか?」
俺は目の前の光景に息を呑んだ。
ナイミラは肩を竦めながら、満足そうに家を見上げる。
「魔法の応用だよ。ただの修行場じゃつまらないからね。ここでしばらく暮らしながら、君の魔法を鍛えるとしよう」
「暮らすって……ここで?」
「もちろん。家族には適当に伝えておくといい。クレイヴンハート家のことだ。『森で武者修行する』とか言えば、問題ないだろう?」
ナイミラの提案に少し戸惑いながらも、俺は頷いた。家族には森で修行すると言えば納得してもらえるだろう。
というか、兄姉でも勝手にどこかで修業して数週間帰ってこないこともある。
俺も今回は一週間くらい森で修業をしようと考えていた。
また戻った時に言っておけばいいだろう。
そんなこんなで、ナイミラとの生活が始まった。
彼女はまず、俺の魔法の基礎を徹底的に見直した。
「君の問題は魔法を力任せに使っているところだ。魔法は繊細な制御が命。無駄をなくし、最小限の魔力で最大限の効果を引き出す訓練をする」
ナイミラの指導は厳しいものだった。魔法を放つたびに制御が甘いと指摘され、何度もやり直しをさせられる。だが、彼女の言葉は理に適っていた。魔法の流れを意識して力を込めすぎないようにすると、確かに消耗が減るのが分かる。
「魔法の基礎が身についたら、次は応用だ。回復魔法を攻撃や防御に転用する方法を教えよう」
ナイミラは独自の理論に基づいた技術を惜しみなく教えてくれた。例えば、回復魔法で自分の筋力を一時的に強化する方法や、相手の動きを封じる回復魔法の応用――「再生を逆転させる」技法など、既存の回復魔法の常識を覆すような内容ばかりだった。
ナイミラとの共同生活も、修行と同じくらい独特だった。
「食事の準備も修行の一環だよ。魔法を使って効率よく火を起こすとか、食材を保存する方法を考えてみるといい」
彼女は普段の生活でも魔法を活用するよう求めてきた。どんな些細な場面でも工夫を凝らすことが、魔法の上達に繋がると彼女は言う。
ナイミラの作った家は魔法の仕掛けがたくさん施されていて、俺はその便利さに驚くと同時に、魔法の可能性に胸を躍らせる。
彼女が俺に聞いてきた。
「職業は狂戦士と聞いている」
「ああ。狂戦士のスキルには、身体能力などを上げる代わりに、理性を失うというデメリットがある」
「当然だ。戦いに狂った戦士……それが狂戦士という職業だ」
「俺は、それを制御したい。理性を保った狂戦士。強くないはずがない!」
「くくくっ、キミは本当に面白い。だから回復魔法を学ぶのかい?」
首を振って否定したことで、彼女は首を傾げる。
俺はナイミラに語る。なぜ回復魔法に手を伸ばしたのか、俺の夢、そして理想を。
「傷つけば再生し、再生すればまた傷つき、何度でも、何度でも立ち上がる。魔力が尽きない限り、腕を斬り落とされようが、足を失おうが、一瞬で再生し、戦い続ける。肉体が壊れるたびに湧き上がる闘争の熱、その痛みさえも悦びに変え、戦いを渇望し続ける――これこそが、俺の理想、“不死身の狂戦士”」
ナイミラは、俺の言葉を聞き終えると、しばらく黙り込んだ。紫の瞳が揺れ、俺を試すように覗き込んでくる。そして、不意に微笑を浮かべたが、それはどこか冷たさを伴ったものだった。
「――愚かだね」
「愚か……?」
その言葉に俺は思わず息を呑む。だが、ナイミラは止まらない。
「キミの理想は確かに力強く、美しい。だが、同時に狂気そのものだ。戦うことだけを目的とし、自分の命を削り続ける。どれほど回復魔法を極めても、そんな生き方には限界がある。いずれ、魔力も身体も尽き果て、君は自らの理想に飲み込まれるだけだ」
冷たくも鋭い彼女の言葉は、剣のように心を貫いた。だが、その裏に微かな興味と好奇心が感じられる。
「それでも君は、その道を選ぶというのかい? 何度壊れても再生し続ける……そんな狂気に満ちた理想を、本気で追い求める覚悟があるのかい?」
彼女の声には威圧感があり、ただそこに立っているだけで心臓を握られているような感覚に陥る。それでも俺は目を逸らさず、はっきりと答えた。
「俺は、何度だって立ち上がる。壊れることを恐れずに進む。それが俺の信じる道だ。狂気と呼ばれても構わない。それが“最強”の狂戦士になる唯一の道だと信じているから!」
自分でも驚くほどの大声が森に響いた。返事をするナイミラの表情には、冷たい笑みがますます濃くなっていた。
「……いいだろう。キミの狂気、確かにその目に宿っている。まるで深淵を覗き込むような感覚さえ覚えるよ――狂戦士の理想か。私の長い生の中でも、それを目指す者は初めてだ」
ナイミラの目がギラリと光り、彼女は一歩近づいてきた。
「アルド、君の理想が実現するかどうか、この私、【悠久の賢者】が見届けてやろう。そのための技術も知識も、惜しみなく教えてやる。ただし――」
彼女の声が低く、そして冷酷に響く。
「私に付いて来られなければ、その理想のために命を捨てる羽目になるだろう。それでも構わないかい?」
俺は迷うことなく頷いた。
「構わないさ。ナイミラ。いや――師匠、あんたの指導を受けて、俺は最強の狂戦士になる!」
ナイミラは薄く笑いながら、再び森の中を進み始めた。その後ろ姿からは、どこか底知れぬ圧力が漂っている。
この瞬間から、俺の修行は本当の意味で始まったのだ。ナイミラとの共同生活の中で、俺は理想を追い求める狂気の中へ、さらに深く足を踏み入れていくことになる――。