8話:悠久の賢者
翌朝、俺とシグルド兄さんとの訓練が始まった。
彼は普段の戦闘だけでなく、回復魔法の効率を意識した戦闘スタイルを練習に取り入れてくれた。
「アルド、動きを止めずに魔法を使え。それができなければ、回復に頼る戦闘はただの足枷だ!」
シグルドの厳しい指摘を受けながら、俺は動き続ける訓練を繰り返した。攻撃と回復を同時に行うためのタイミングを掴むのは難しいが、それができれば新たな一歩を踏み出すことが出来る。
シグルドとの訓練が続く中、かねてより決まっていた黒樹海の遠征へと行く日になった。
正直に言えば、俺も一緒に行きたい。何度か行くことはあったが、今の戦闘スタイルが通用するのか試したかった。
それをヴァルターに伝えたのだが。
「正直に言えば、一緒に言っても構わない。と言いたいところだが、今回は諦めることだ」
「どうしてですか? いつもならついて行っても良いと言いますよね?」
「黒樹海の魔物レベルが高いことはお前も知ってるはずだ」
「はい。何度も戦いましたら」
他の魔物と違い、あの黒樹海は弱肉強食の世界だ。Aランクの魔物が浅い場所で普通に出て来るし、深く行けば変異種なんて当たり前だ。
俺は一度、Aランクの魔物と死闘を繰り広げたが、他のAランクよりもレベルが高く感じた。
「今回はさらい深い場所だ。まだお前の実力では厳しい」
そう言われては返す言葉がなかった。
俺は「わかりました。近くの森で魔物でも倒して練習しておきます」と言って書斎を出た。
シグルドやその他家臣や兵士たちを見送り、俺は一人で目標に向かって挑み続けた。
最近は日課の訓練の後、近くの森での魔物狩りをするようになっていた。魔物との実戦は、シグルド兄さんが教えてくれた戦い方を試す絶好の機会でもある。
幸いにも、ヴァルターからは何も言われない。
そもそも、家族が戦闘狂なので、兄姉たちも泊まり込みで魔物狩りをしているので咎められることもない。
その日も、俺は森の奥深くで魔物に立ち向かっていた。だが、いつもより強力な魔物に遭遇して、思わず笑みを浮かべてしまった。
「楽しいじゃねぇか……!」
傷つきながらも回復魔法を駆使してBランクの魔物を倒したそのとき、誰かの声がした。
その声に振り返ると、そこには黒髪を風に揺らし、紫の瞳でこちらをじっと見つめる一人の女性が立っていた。
彼女は威風堂々とした佇まいで、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っている。
「子供なのにずいぶんと危ない戦い方をするものだね」
森の静寂を破るような冷ややかな声。彼女は軽やかに地面を歩み寄り、俺の倒した魔物の死骸を一瞥する。
「魔物狩りを趣味にしているのかい? それとも、何かの修行?」
俺は彼女の突然の登場に警戒しつつも、どこか気圧されるものを感じた。その雰囲気はただ者ではない――それが一瞬で分かるほどの存在感を放っていた。
「修行の一環だ。誰だ?」
「私かい? 私はナイミラ。みんなは私のことを『悠久の賢者』と呼ぶ」
悠久の賢者――その異名に思わず息を呑む。ナイミラと名乗ったその女性の名声は、冒険者や学者の間でも伝説として語られる存在であり、その名の通り、悠久の時を生きる大魔法使い。
「悠久の賢者……あのナイミラか?」
俺の驚きに気づいたのか、ナイミラは口元に微笑を浮かべた。
「どうやら名前くらいは知っているみたいだね。まあ、信じるかどうかはキミの自由だけど」
彼女の態度はどこか気楽そうだが、その目は俺の全身を観察するように鋭く動いていた。
「君の戦い方、とても興味深い。無茶な攻撃を繰り返しながら回復魔法で無理やり体を保つ……だが、それでは自分を削るだけだろう?」
「……そんなつもりはない。ただ、俺の理想とする最強の狂戦士に至るための道だ」
彼女の的確な指摘に思わず言い返す。確かに魔力の消耗が激しいのは分かっていたが、代わりになる方法が見つからなかった。
「ふむ、見たところ、回復魔法の潜在能力は悪くない。ただし、君はその力を効率的に使えていない。回復魔法の真の可能性、試してみる気はないかい?」
「回復魔法の可能性?」
俺は眉を顰める。ナイミラは静かに頷き、まるで何か確信があるような表情を浮かべる。
「そうだ。回復魔法はただ傷を癒すためのものではない。うまく使えば、戦闘の流れそのものを支配することもできるだろう。攻撃と回復を同時に、あるいは防御を補強する形でね」
彼女の言葉は俺の常識を覆すものだった。回復魔法にそこまでの可能性があるなんて想像もしていなかった。
「本当か? そんなことができるのか?」
「できるとも。だが、そのためには基礎からやり直す必要がある。君は回復魔法を力任せに使いすぎだ。まずは制御の仕方から教えよう」
ナイミラの言葉には不思議な説得力があった。俺はその場で彼女に頭を下げた。
「お願いします! 俺にその方法を教えてください!」
「いいだろう。ただし、覚悟しておくといい。私の教えは甘くはないよ」
ナイミラは微笑むと、軽やかに背を向けて歩き出した。
「さあ、ついておいで。ここでは始められない。少し奥へ行くとしよう」
俺は慌てて彼女の後を追った。この出会いが、俺の戦い方だけでなく、魔法に対する考え方そのものを大きく変えることになるとは、このときはまだ知らなかった――……。