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7話:遠い理想

 試合が終わり、シグルドとの一戦の余韻が胸に残る中、俺は父――ヴァルター――の言葉を思い返していた。


「回復魔法を使いこなしながら戦うその姿、正直、興味深い」


 だが、同時に彼が指摘した「不十分」という言葉も重くのしかかってくる。


 訓練場の片隅で、俺は剣を立てかけて一息ついた。試合を見ていた家族たち――シグルドやヴァルターだけでなく、他の兄弟姉妹たちも俺の戦いを興味深げに眺めていた。


「アルくんの戦い方って、本当に変わってるよね」


 声をかけて来たのは姉のフィリアだった。

 彼女は小柄で素早さを武器にした魔法剣士で、治しながら戦い続けるという俺の戦闘スタイルをどこか面白がっているのだろう。


「変わってる、か……まあ、普通じゃないだろうな」

「普通じゃないっていうか、アルくんは兄姉たちの中でも群を抜いてるよ。あんなに回復魔法に頼るなんて、正直、信じられないし……」


 フィリアが少し呆れたように笑う。


「でも、それがアルくんの目指している強さなんだよね。何度やられても立ち上がる姿、かっこよかったよ」

「……ありがとう、フィリア姉さん。でも、俺のやり方はまだまだ未完成だ。無駄が多いし、シグルド兄さんや父上には到底及ばない」


 俺は苦笑しながら肩を竦めた。


「それでも、みんな見てたよ。お父様だって興味津々だったじゃん」

「興味……ね。あれは好奇心というよりも、ただの評価だよ」

「お父様に評価されるってこと自体、すごいんだよ?」


 フィリアの言葉は、どこか励ますような響きがあったが、俺にはそれが逆に重く感じられた。家族全員が戦闘狂と言われるほどの実力者ばかり。その中で俺だけが回復魔法を主軸に戦う異端者だ。


 そして何より、回復魔法そのものが戦闘技術としては認められていない。この時代、ポーションが主流で、魔力を消耗する回復魔法を実践で使う者はほとんどいないのだ。


 その夜、俺は自室に戻り、机に広げたノートを見つめていた。そこには回復魔法の研究や試行錯誤の記録がびっしりと書き込まれている。


「無駄が多い……か」


 ヴァルターが指摘した通り、今の俺の回復魔法は効率が悪い。傷を治すたびに膨大な魔力を消費し、その持続性に欠ける。

 そのとき、扉がノックされた。


「アルド、まだ起きてるかい?」


 シグルドの声だ。俺は少し驚きながらも応じた。


「シグルド兄さん。起きてるよ」


 シグルドが「入るよ」と告げて部屋に入ってきた。彼は訓練の後の汗も拭い去り、どこか穏やかな表情を浮かべている。


「今日の試合のことだけどさ……少し話せるかい?」

「もちろんだよ」


 シグルドは俺の机の横に腰を下ろすと、真剣な表情になった。


「アルド、お前の戦い方は確かに異端だ。でも、それが悪いわけじゃない。むしろ、僕はそこに可能性を感じている」

「可能性?」


 シグルドは俺の返しに頷いた。


「そうだ。今日の試合で、お前の回復魔法がどれほど厄介かは十分に分かった。傷つくたびに治っていく姿を見ていて、僕ですら少し焦りを感じたよ」


 強者であるシグルドが焦る? その言葉に驚きながらも、俺は静かに耳を傾けた。


「だけど、問題はそこから先だ。今のやり方では、魔力の消耗が激しすぎる。持続性がないから、長期戦になれば自滅する。それに……」


 シグルドが言葉を区切り、俺のノートに視線を落とす。


「アルドの魔法の使い方には、まだ無駄が多い。たとえば、傷を治すとき、すべての傷を完全に回復させようとしているだろう? 戦闘中では必要以上の治癒は逆に時間と魔力の浪費になる。最小限の治癒で戦闘を続けるという考え方を持つべきだ」

「最小限の治癒……」

「そうだ。それに、攻撃に転じるタイミングも少なかった。お前の回復魔法は強力だけど、それを最大限に活かすためには攻防のバランスをもっと意識する必要がある。攻撃の手を止めないことで、相手にプレッシャーを与えることも重要だ。アルドは狂戦士という職業なら、なおさらだ」


 シグルドの指摘に、俺は思わず頷いた。確かに、俺は回復魔法に集中しすぎて、攻撃の機会を逃していたかもしれない。


「分かったよ、シグルド兄さん。攻防のバランスと効率を意識してみる。でも、それをどうやって実践すれば……」

「実践するには、まず基礎を磨くことだな。回復魔法の効率化、それと動きの精度を上げる訓練をしてみるといいかもね。あとは、遠征に行くまで僕が訓練に付き合うよ。兄としてね」


 シグルドは微笑みながら立ち上がった。

 遠征。クレイヴンハート辺境伯家では、毎月魔物討伐の遠征に行っている。

 ヴェルクス帝国とヴァルダーク連邦との国境の間には『黒樹海』と呼ばれる広大な森が広がっている。

 二国は、黒樹海との間に山脈があり、国に魔物が流れてくることはないが、俺が住むこのルクセリア王国にはその防波堤となるものが何もない。

 よって、黒樹海と接するクレイヴンハート辺境伯家が定期的に間引きに行かなければならないのだ。

 加えて、帝国とも領地が面しているので防衛を行わなければならない。

 現在、帝国との国境防衛はエルセリア姉さんが行っている。


 脱線したが、そんな理由がある。


「アルドにはまだ伸びしろがある。あの父上ですら、興味を示しているんだ。それに応える強さを身につけるんだ。俺も楽しみにしている。きっと誰よりも、強くなる」

「ありがとう、シグルド兄さん」


 俺は深く頭を下げた。その夜、ノートを見つめながら新たな目標を立てる。効率化と攻防のバランス――それを達成するために、明日からの訓練をさらに厳しくしよう。

 俺の目指す“狂戦士”の理想はまだ遠い。それでも、必ず辿り着き、最強へと至って見せる。





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