6話:試合
俺とシグルドが訓練場に立ったとき、空気が一瞬で引き締まった。以前の試合では、俺は何もできずに敗北した。それを思い出し、胸がざわついたが、すぐに深呼吸して集中を高める。
シグルドは剣を軽く構え、余裕の表情を浮かべている。その姿に挑発される気持ちを抑えながら、俺は自分の成長を証明する決意を固めた。
これは俺がこれまで磨き上げた回復魔法と、それを駆使した戦い方の見せる試合でもある。
「始めろ」
ヴァルターの合図で試合が始まった。
シグルドが一気に距離を詰めてくる。その剣が閃くたび、俺は間一髪で回避しつつ、軽く受け流す。だが、防御に専念するだけではいずれ限界が来る。
彼の速度と力は以前と同じどころか、さらに洗練されていた。
内心で「剣王は伊達じゃないな」とその強さに思わず口角が上がる。
「楽しそうだね」
「そりゃあもちろん。そう言うシグルド兄さんは?」
「僕もさ」
一撃が肩を掠めた瞬間、俺は即座に回復魔法を発動した。淡い光が肩を覆い、痛みが消えていく。シグルドはそれを見て驚いた表情を浮かべた。
「随分と手際が良くなったね。でも、その程度の治癒速度で僕に勝てると思う?」
「確かにまだ遅いかもしれない。でも、やるしかない。これは俺がこれまで積み上げてきた証明でもある」
「ふふっ、さすが僕の弟だ」
彼の口元に笑みが浮かぶ。俺だけじゃなく、シグルド兄さんも、この試合を楽しんでいるようだ。
俺は魔力を巡らせ、次の攻撃に備える。
シグルドの猛攻は止まらない。斬撃が次々と俺を襲い、防ぎきれない部分にダメージが蓄積していく。それでも俺は、攻撃の合間に回復魔法を使い続けた。傷が開いたそばから再生していく様子に、兄の表情がわずかに変わる。
「なるほど。回復しながら戦うつもりか。厄介だね。トロールを相手している気分だ」
トロール。Aランクに分類される、大型の魔物だ。動きは鈍いが、その再生能力は桁違い。
「隙を見せないようにするのが俺のやり方だ!」
「でも、体力は持つかな?」
俺は回避と回復を繰り返しながら、機を見て反撃を試みた。剣を振るい、軽い衝撃波を放つが、シグルドはそれを難なく躱す。
「攻撃の精度はまだ甘いね。でも、面白いよ!」
長時間経つも、俺の疲労やスタミナは回復魔法で随時回復しているので疲れることはない。しかし、それも魔力が続く限りの話しだ。
今の回復魔法には無駄に魔力を使っている感じがする。
それを改善するには、今の俺の知識では不可能だ。
試合が進むにつれて、俺の魔力の消費が激しくなってきた。回復し続けるには膨大な魔力量と制御が必要だ。だが、今の俺にはそれがまだ足りない。シグルドもそれを察しているのか、さらに攻撃を加速させた。
一瞬の隙を突かれて腹部に一撃を受け、俺は膝をつきかけた。
「――ぐっ!」
しかし、その瞬間を狙っていたのは俺も同じだ。
「今だ!」
俺は身体強化を発動した。身体が軽くなり、反射神経が研ぎ澄まされる感覚が走る。
次のシグルドの斬撃をギリギリで躱し、剣の先端で彼の剣を押し返した。驚いた表情を見せるシグルドに、俺は微笑んだ。
「ははっ!」
だが、シグルドはすぐに冷静さを取り戻し、さらなる攻撃を仕掛けてきた。
俺は残っている魔力を回復魔法へと注ぎ、発動しながら突き進む。
シグルドも、俺が回避ではなく前進を選んだことに驚いた表情を浮かべる。
シグルドの剣は俺の脇腹を深く斬り裂くが、残った魔力を回復魔法に注いだことでその傷は瞬時に治る。
俺が傷を一瞬で治すには、魔力に物を言わせた強引な方法だ。
今はまだ、この方法しか知り得ない。
「――なっ⁉」
シグルドだけではない。他のみんなも同様に驚いた表情を浮かべていた。
「どんなに傷ついても、治しながら戦えばいい。それこそが俺の目指す狂戦士だ!」
剣を振るったが、回避されてしまう。
当然だ。回復魔法にすべての魔力を使ったのだ。身体強化に回す魔力も残っていない。
シグルドの一撃が俺を襲う。躱すのは不可能と判断し、剣で受け止める。
しかし、その一撃は重く、俺の身体を簡単に吹き飛ばされた。
「ぐぁ⁉」
地面に転がった俺の目には青空が広がっていた。魔力枯渇による激しい頭痛と倦怠感が襲い、もう立ち上がる力すら残っていなかった。
「まだまだだな、アルド。でも……」
シグルドが剣を下ろし、俺に手を差し伸べる。
「思った以上にやるようになった。そのうち、本当に僕を倒せる日が来るかもしれないな」
俺はその手を取って立ち上がりながら、悔しさと嬉しさの入り混じった感情を噛み締めた。
「ありがとう、兄さん。でも次は……本当に勝つから」
試合を見届けていた父上が頷き、言葉を投げかける。
「アルド、お前の戦い方には光るものがあった。回復魔法を使いこなしながら戦うその姿、正直、興味深い。ポーションが主流のこの時代にあえて価値のない回復魔法を磨くとは、なかなかの異端児だ。だが、これだけではまだ不十分だ。さらなる高みを目指して精進しろ――次を楽しみにしている」
俺は深く頷いた。
「はい。俺の目指す“狂戦士”の理想には、まだまだ届いていませんから」
「理想か」
「ええ。理想に至れば、誰もが俺を止めることが出来ないでしょう」
「面白い。この私を超えると?」
ヴァルターはこう言っているのだ。「この最強を超えられるのか?」と。
だから俺は口角を釣り上げながら答えた。
「はい。必ず。俺は――父上を超え、最強に至ります」
するとヴァルターは大きな声で笑いだした。
「ではその時を楽しみにしている」
そう言って去って行くのだった。




