4話:回復魔法を教わる1
試合をしてから数日が経った。あれから色々と迷走していた気がするので、今日は気分転換に街へと出ていた。
俺が領主の末息子ということもあり、顔はバレている。
「アルド様、珍しいじゃないですか」
たまに顔を出す店の店主が俺に声をかけて来た。
「気分転換だよ。回復魔法を極めようとしていてな」
「回復魔法?」
「ちょっと思いついたことがあってな。そのせいで家族からは変な目で見られる日々だよ。「狂戦士に回復魔法は必要ないだろ」ってさ」
俺は困ったように笑う。
「ポーションの方が治療は早いですからね。昔から回復魔法を使う人はいませんよ。職業が【治癒師】【僧侶】が冷遇され続けている理由でもありますね」
「まったくだ。ところで、ここで回復魔法を使える人はいるか?」
店主が考えていると、隣店の店主が反応した。
「なら少し離れた場所の教会にマリアってシスターがいますよ。職業が【治癒師】なので回復魔法を使えると思いますよ」
「本当か? 場所を聞いてもいいか?」
「はい。場所は――」
場所を聞き出した俺はお礼を言っていくつか商品を購入した。そのまま協会まで行ってみることに。
購入したのも食料だ。協会では孤児院があるので、差し入れなら喜ぶと思ったからだ。
まさか身近に回復魔法を使える人がいるとは思わなかった。
気分転換に出たつもりだったが、思わぬ情報に頬が緩んでしまう。
教えてもらった場所に辿り着くと、目の前に広がったのは少しぼろついた教会だった。
屋根はところどころ苔が生え、外壁はひび割れている。それでも、教会の周りには花が咲き、小さな畑が整えられていて、手をかけられた温かみが感じられた。
中に入ると、子供たちの笑い声が響いていた。孤児院の一部を兼ねているらしく、小さな子供たちが元気に走り回っている。その中で、十代後半のひとりの女性が優しい笑顔で子供たちの相手をしていた。
「すまない。ここにマリアというシスターがいると聞いて来たがいるか?」
声をかけると、女性が振り返った。
長い栗色の髪を後ろでまとめ、清潔な修道服を着ている彼女は、穏やかな雰囲気を纏っていた。
「はい、私がマリアです。何かご用でしょうか?」
彼女は俺の格好を見て、上流階級の人だと判断したのだろう。表情が少し強張っていた。
まあ、貴族や商人の中には、権力を振りかざす馬鹿も多いので、緊張するなと言うほうが無理だろう。
「俺はアルド。アルド=クレイヴンハート」
そう名乗った瞬間、彼女の表情から警戒が読み取れたが、それも一瞬ですぐに警戒が解かれた。
クレイヴンハート家は、戦闘狂の集まりではあるが、領民想いの領主として知られている。
彼女もそれを知っているのだろう。
「えっと……アルド様、私にご用とは?」
末息子ではあるが、俺のことは領民にも知られている。
職業【狂戦士】のスキルを使って家臣たちをボコボコにした話だが。
「マリアは職業が【治癒師】だと聞いた。本当か?」
「はい……やっぱり、戦えない職業はクレイヴンハート辺境伯家の領地には必要ないってことでしょうか?」
申し訳なさそうな表情でそんなことを言うマリアに、俺は慌てて訂正をする。
「違う違う! 勘違いさせてすまない!」
「え? では一体……」
「マリアから回復魔法を教わりたい」
俺がそう言うと、マリアは驚いた表情を見せた。
当然だ。冷遇される回復魔法を学びたいと思う人など、この世界には存在しない。
「回復魔法を学びたい、と? 珍しいですね。領主様のご家族が冷遇されている魔法を学びたいとは……」
「そう思われるのも無理はない。ただ、どうしても極めたいんだ。その先に、俺の目指した光景が、最強になれる可能性が眠っているんだから」
俺の真剣な表情を見て、マリアは少しだけ考える素振りを見せたが、やがて笑顔で頷いた。
「わかりました。私でよければお手伝いします。ただ、ここは孤児院も兼ねていますので、手伝いをお願いするかもしれませんが、それでもよろしいですか?」
「七歳の俺にできることなんて限られるけど。できる範囲で手伝うよ」
「本当に七歳なのか疑わしいですよ。ですがクレイヴンハート家の家族と考えたら……」
おい。
シスターだけど、割と愉快な人なのかもしれない。
「あ、これ途中で買ってきたのでみんなで食べてください」
「ありがとうございます。正直助かります」
こうして、俺は教会に通いながら回復魔法を学ぶことになった。
マリアの指導は丁寧だった。俺が書庫で見た内容通りではあったが、その理解は人によって異なる。
一度俺の回復魔法みせたが、「発動の速さに囚われて、雑になっていますね」と言われた。
マリアはとにかく『ゆっくり丁寧に、それでいて確実に』と言っていた。
魔力操作については「私より上手ですね」と言っていたので、今は精度を高めるところからだ。
「回復魔法は、人を癒すための力です。強い感情や焦りがあると、魔力が乱れ、効果が薄れることがあると聞きます。まずは心を落ち着けてみましょう」
俺は、教えられた通りに心を整え、魔力を安定させる訓練を始めた。
訓練の合間には、子供たちの遊び相手をしながら、実際に擦り傷や打撲を治療することで実践の経験を積んだ。
時々子供たちの遊び相手をすることもあった。年齢はゼロ歳~十歳で、戦闘職の子供には戦い方などを教えていた。
子供たちの大半は、魔物などで両親が無くなった子が大半だった。
この世界では、協会が孤児院の役割を果たしていたので、この辺りもなんとかしないといけない。
誰もが職業で冷遇されない。そんな街を作れたらいいと思う。
今度相談してみようかな。
そんなことを考えながら、俺は今日も回復魔法の練習に精を出すのだった。