9話:【剣聖】イリス・ルクセリア1
俺とディックは、互いに武器を持って向き合う。
ディックの職業は【剣士】で、狂戦士の俺とは違い、剣を使った技術や技などに優れている。剣士の職業スキルは様々な応用が利くので、熟練者が相手だったら今の俺だと苦戦するかもしれない。
しかし、相手はまだ十五歳の子供なので、天才でもない限りは問題なく勝てる。
実際、俺は相手の実力をある程度測ることが出来る。
ディックに関しては、下の下もいいところだろう。
「どうした? 構えないのか?」
俺が構えないのを不思議に思ったのか、ディックが聞いて来る。
「俺はこれが構えなんだ」
もちろん、嘘である。
「ふん。辺境の田舎者は構え方も知らないのか」
フンッと鼻で笑うディックの言葉に、取り巻きたちもクスクスと笑っていた。
気にはしないが、あまりいい気分ではない。
「――始め!」
マリベル先生の合図で試合が始まった。
ディックは身体を強化したのか、素早く斬り込んで来たが……遅い。あまりに遅い攻撃だ。
欠伸が出そうになるほど遅く、この間に十回くらいは攻撃できる。
強化した拳を腹に叩き込めば、一瞬で終わらせることもできるが、それではつまらないし、何よりも、回復魔法を馬鹿にされてそのままにはしておけない。
「はぁ!」
俺は横に飛んでディックの攻撃を躱す。
そこから何度も攻撃を繰り出すディックに対し、俺は攻撃もせずに躱すのみ。
時間もまだまだあるが、ディックはスタミナが少ないのか息が上がっており、俺を睨み付けた。
「に、逃げてばかりか! 卑怯者ッ!」
すると取り巻きたちも口々に俺を非難し始める。
「いや、攻撃が遅すぎてすぐに終わるからこうして躱しているんだろ? それに、すぐに終わったらマリベル先生だって評価できない。……ですよね、先生?」
そう言ってマリベル先生を見ると、何か言いたそうな表情をしつつも俺の言葉に同意を見せる。
「はい。すぐに終わってしまったら、実力を見ることができません。しかし、アルドくんの試合は相手を侮辱しているようにも見えます」
「仕方がないでしょう? 俺からすれば熱くなれるような試合じゃない。スキルすら使う必要もないんですから」
「クレイヴンハート家の人は相変わらず、戦うことが好きですね」
呆れるマリベル先生に、俺はある提案を持ちかけることに。
「先生。そこで野次を飛ばす奴らも一緒にどうです?」
俺が言っているのは、ディックの取り巻きたちのことである。
するとディックが真っ赤な顔で声を荒げた。
「貴様、この俺を侮辱しているのか! 一対多数でやれと⁉」
「そう聞こえなかったのか? お前じゃ俺の相手は務まらねぇよ」
「貴様……ッ! ふぅー、いいだろう。マリベル先生。本人がこう言っているんです。いいですか?」
「アルドくん、本当にいいんですね?」
「はい」
実際、一対多数の良い練習になる。
マリベル先生は溜息を吐くと、「わかりました」と言って、取り巻きたちを入れて再開することになった。
取り巻きたちが俺の前に立つと、ディックと共に剣を構えた。計四人の対戦相手を前に、周囲のクラスメイトはさらにざわついている。
「ふん、お前が後悔するのが目に見えているな。覚悟しろ!」
「どうなるか、見ものだな」
ディックが自信満々に挑発してくるが、俺は淡々と周囲を見渡し、四人の動きを冷静に観察していた。
「始め!」
マリベル先生の合図と共に、四人が一斉に動き出した。
ディックが正面から勢いよく突き込んでくる。同時に取り巻きの一人が左側から横薙ぎの斬撃を狙い、もう一人は後方に回り込もうとしている。残りの一人は魔法を詠唱しているようだ。
だが、全てが遅い。
俺はディックの突きを半歩横にずれるだけで回避し、そのまま足元を払うように軽く蹴る。
「ぐあっ!」
ディックはバランスを崩して倒れ込む。続いて左からの薙ぎ払いを狙う取り巻きに、俺は剣を軽く振るだけで彼の剣を弾き飛ばした。
「なっ、なんだと……⁉」
驚愕する取り巻きを無視し、後方に回り込んできた取り巻きの動きを捕捉。振り向きざまに拳を軽く放つと、彼は剣を構える暇もなく吹き飛ばされた。
「ひっ……!」
魔法を詠唱していた最後の一人が、恐怖で詠唱を止める。その隙を逃さず、俺は彼の正面に立ち、デコピンをお見舞いする。
「ぐべっ⁉」
デコピンされた取り巻きは吹き飛び気絶する。
そして残るはディックだけとなった。
「お、お前……どうしてこんなに強いんだ!」
ディックは倒れ込んだ状態から必死に剣を握りしめるが、もはや戦意が感じられない。俺はその場に立ったまま彼に向かって言った。
「学園では誰もが平等で、実力が全てだ。お前がそれを理解するまで、何度でも教えてやるさ。ほら、立てよ。もっとやろうぜ? もっと熱く戦おうじゃないか」
ディックは震えながら剣を落とす。
「どうした? 剣を拾え。立て。立ち向かってこい! お前の闘志を見せてみろよ!」
「お、俺の負けだ」
ついに降参の意思を示した。
「俺は納得していない。あそこまで舐め腐った態度を取ったんだ。俺はまだ、スキルすら使っていない。身体強化ですら使っていないんだ」
その言葉に誰もが驚きの声を上げる。
当然だ。この程度の奴らなら、身体強化を使うまでもない。
「ゆ、許してくれ」
「そこまで! アルドくん、もういいです」
するとマリベル先生が終わりを告げた。
「マリベル先生が言うなら終わりにしますけど、俺はまだ、準備運動すらできてないんですが。身体強化すら使っていないんですよ」
「でも実力は分かりました。アルドくんはすでに、一年生の域を超えています」
すると、クラスメイトたちがいる方から、声が上がった。
「私が彼とやります」
その声の主は【剣聖】の職業を持つ、イリス・ルクセリアであった。
俺は思わず、口角を釣り上げるのだった。




