6話:フィリア1
マリベル先生が、俺たち全員の自己紹介を聞き終えると、パンと手を叩いた。まるで今のギスギスした空気なんてなかったかのように、明るい笑顔を浮かべている。
「それでは、学園の基本的なことを説明しますね。まずこの学園は、才能を伸ばすための場です。どんな職業でも活躍できる力をつけていただきますから、安心してくださいね」
まあ、貴族の子弟が多いので権力関係で安心はできないだろう。
俺に関しては権力云々よりも、実家の武力でちょっかいすら出せないだろうけど。
マルベル先生は言葉を続ける。
「授業は、座学と実技が半々です。剣術や魔法といった、各分野で優れた先生方が指導してくださいますので、積極的に参加してくださいね」
クレイヴンハート家の名を背負っている以上、最低限のことは学ばなければならない。
先生が話している間も、ちらほらと小声で会話するやつらがいた。特にディックは、後ろの席の友人だろう人とニヤニヤしながら何か話している。
社交界やお互いの両親の付き合いが長いのだろう。この学園ではそう珍しくない光景だ。
まあ、俺は社交界なんて行ったことないけど。社交界よりも、ひたすら強くなるために鍛錬の日々だった。なので友人などはいない。
「ちなみに、学園内では多くの貴族の子弟がいます。ここではみなさんが平等であり、共に学ぶ場所です。それを忘れないように」
マリベル先生の口調は柔らかいが、それでもしっかりと釘を刺していることから、経験からくる注意なのだろう。
とはいえ、こういうのは言葉だけでは変わらないのが現実だ。俺もリリアのことを助けたつもりはないが、あの状況がずっと続くのは見ていられなかった。まあ、リリアが自分の力で這い上がるなら、それはそれでいい。
「次に、実技訓練の施設について説明しますね。学園には訓練場がいくつもあります。魔法の実験室や剣術の道場、さらには模擬戦を行う場所も用意されています。学生の実力では暴れても壊れない結界魔法で保護されていますので、遠慮なく力を発揮してください。まあ、例外も存在しますが……」
フィリア姉さんのことを言っているのだろう。
俺もちょっと試したくなるじゃないか。
「また、事前に説明を受けていると思いますが、寮で生活する人は規則正しい生活を送ってもらいます。門限や食事の時間など、厳守してくださいね。それと、訓練以外の時間は、図書館やラウンジで自由に過ごせます。友人との絆を深めるのも大切なことですよ」
友人との絆ね。俺は少しだけ周囲を見渡した。リリアは相変わらずおどおどしているし、ディックは相変わらず軽薄そうだ。イリスは、相変わらず俺を睨んでいる。友人なんて、今のところはリュークくらいだろう。
「最後に、卒業試験について簡単に触れておきますが、この学園を卒業するためには、厳しい試験に合格しなければなりません。詳細はまだまだ先になりますが、心の準備だけはしておいてくださいね。まあ、授業をしっかりと受けていれば問題ないでから」
卒業試験か。先のことだし今はスルーしていてもいいな。フィリア姉さんも余裕そうにしていたし。
「それでは、今日はここまでにしておきます。午後からはみなさんの実力を見させていただきます。第三訓練場に集まるように」
実力を見せる、か。一瞬だがディックが俺を見た気がしたが、同年代の実力がどの程度なのか見極めるのも悪くない。
マリベル先生が教室を出て行き、生徒たちはそれぞれ思い思いの行動を取り始めた。俺も席を立ち、リュークと一緒に教室を出ようとしたとき、リリアが小さな声で話しかけてきた。
「あ、あの、アルドさん……ありがとうございました」
その言葉に、俺は振り返り、少しだけ笑って答えた。
「別に助けてなんていない。ただ気に食わなかっただけだ」
すると、リリアはほんの少しだけ笑顔を見せた。その表情は、自己紹介のときの暗さとは全く違う。
本当に助けたつもりはなかったが、まあいいか。
「リューク昼飯にしよう。食堂に行こうぜ」
「そうだな」
「あ、あの……」
するとリリアに呼び止められた。
「わ、私もご一緒していいですか……? その、友達とかいなくて……」
俯く彼女を見て、俺とリュークは顔を見合わせる。
「まあ、アルドがいいなら、いんじゃない?」
「別にいいよ。一緒に行くか」
「は、はい!」
断られると思ったのか、俺は「一緒に行くか」というと笑顔を見せた。
俺たちは食堂に向かっていると、道中でフィリア姉さんが歩いて行くるのが見えた。彼女も俺が見えたのか、手を振っている。
「アルく~ん!」
生徒たちがフィリア姉さんを見て、次に手を振っている先の俺を見る。
リリアが俺に聞いて来る。
「アルくん?」
「俺の姉さんだ」
驚いた顔をリリアにリュークが説明する。
「フィリア・クレイヴンハート。クレイヴンハート家の次女で職業は【魔法剣士】。各騎士団からも声がかかっていると聞く」
「すごい……」
二人の会話を耳に、俺はフィリア姉さんに声をかける。
「フィリア姉さん」
抱き着いて来るフィリアを受け止める。
「アルくんはこれから食堂?」
「うん。二人も一緒にね」
「へぇ~、私も一緒にいい?」
リュークとリリアを見る。
「もちろん。生徒会長と一緒なら色々な話が聞けそうだ」
「私もです!」
「だってさ」
「じゃあ、早速行こう!」
俺の手を取り鼻歌を歌いながら俺たちは食堂へと向かうのだった。




