2話:最強への第一歩
茜色の空の下、訓練場の片隅に横たわり、息を切らしながら空を見上げる。
ここは、剣と魔法が支配する大陸の辺境に位置するクレイヴンハート辺境伯領。その中心にそびえる城館は、まさに「戦場に生きる者たちの砦」として知られている。
クレイヴンハート家――それは大陸中に名を轟かせる戦闘狂一族だ。
剣術に秀でた者、槍術に秀でた者、さらにはその両方を極めた者たちなどが代々生まれ、辺境の厳しい環境の中でその力を発揮してきた。
名誉と力を何より重んじるこの家では、戦いは生きる理由そのものであり、家族間ですら互いに競い合う日常が繰り広げられている。
俺の兄、シグルドはその筆頭だ。
【剣王】という名高い職業を授かった彼は、剣術において誰にも引けを取らない実力を持つ。
その堂々とした風格と揺るぎない自信は、まさに一族の誇りであり、次期当主としての威厳すら纏っている。
そして俺――クレイヴンハート家の六人兄姉の七男の末息子であるアルドは、五歳の時に自身の職業が【狂戦士】であると告げられた。
狂戦士――それは圧倒的な攻撃力と狂気にも似た戦闘本能を併せ持つ職業。
興奮すればするほど戦闘力が増し、戦場では無類の強さを誇る。だが、それは同時に「戦いの興奮が抑えられなくなり理性が消える」という危険な一面も持っている。
その時、家族みんなから笑い者にされたのは覚えている。家臣すら「血筋だねぇ」と笑っていたのだ。
その時に初めて、“職業スキル”を使った。
職業スキルとは、職業に応じて備わる特別な能力であり、その力は戦闘の中で発揮されることが多く、スキルの数も職業によって様々だ。
狂戦士の職業スキルの一つで、代表的なスキル――『狂気の解放』。
周囲の敵を圧倒する力を一時的に引き出し、身体能力を極限まで高めるものだ。
その代償として、戦闘中に理性が失われる危険がある。
五歳の俺がそのスキルを使った時、周囲の嘲笑が一瞬で消えたのを今でも覚えている。
目の前の訓練用の木剣を手に取り、『狂気の解放』を発動した瞬間、全身にこれまで感じたことのない力が漲り、訓練場の大人たちを相手に猛然と攻め立てた。たった数分間で彼らを圧倒し、訓練場の壁を剣で打ち砕くほどの力を見せたのだ。
――それが、俺が初めて家族や家臣たちに「狂戦士」としての力を認められた瞬間だった。
笑い声は消え、代わりに賞賛の声が上がった。
「さすがはクレイヴンハートの血筋だ」「戦場での将来が楽しみだ」と、誰もが俺の未来に期待を寄せるようになった。
だが、俺自身はそのスキルを使った時に感じていた。
――この職業スキルに頼るのは危険だ。
理性を失い、戦いの興奮に飲み込まれる恐怖は、幼いながらもはっきりと自覚できた。
戦いが好きなのは確かだが、自分を完全に制御できなくなるのは違う。それは、俺の望む戦いではない。
理性無き闘争など、ただの獣。
訓練で負った傷をポーションで癒しながら、俺はどうすれば制御できるのかと思索を巡らせた。
ポーションは、どんな深い傷も癒す万能薬だ。その効果と価格はピンからキリまでだが、一般的には回復魔法よりも即効性があり、安価で手に入りやすいとされている。
だからこそ、現代において回復魔法は覚える必要はないとされていた。
回復魔法を覚えているものは、需要の低さから冷遇され続けていた。
「どうしてわざわざ魔法を覚える必要がある? ポーションがあればいいだろう」
誰もが抱く感想だった。
クレイヴンハート辺境伯家の家臣や兵士たちですら、覚えているものは極わずかで、その者もポーションが無くなった時の予備として覚えている程度。
しかも覚えているだけで「お前、回復魔法なんか覚えてるのかよ」と笑いものにされる始末だ。
職業スキルを使うには、魔力を消費する。一々回復していたら魔力の無駄でしかないと。
けれど俺は、ふと閃いてしまった。
「これ、回復魔法を極めれば、治しながら戦い続けられるんじゃね?」
ポーションは便利だが、常に持ち歩かなければならないし、戦闘中に使用するには隙が生まれる。だが回復魔法なら、自分の意思だけで瞬時に治癒が可能になるはずだ。
体力だって回復し、無限に戦い続けることが可能になる。
狂戦士の強みである圧倒的攻撃力と耐久力を活かしつつ、傷を瞬時に癒す術を得られたら――それは、もはや「不死身の狂戦士」と言える存在になれるのではないか?
問題は魔力と理性の制御の二点が挙げられる。
魔力に関しては、魔力増幅訓練をして、使っても問題ないくらいまで増やせばいいだけだ。
ラノベや漫画などで、魔力を枯渇させると増えると聞くので試す価値はあるだろう。俺はまだ五歳なので、成功すれば誰よりも多く増やすことが出来る。
次に理性の問題だが、これに関しては策がある。
常に脳を回復させることで、冷静さを失わないようにする方法だ。
検証する必要がある。しかし検証には回復魔法が使えることが前提になるので、まずは覚えなくてはいけないし、原理を理解しなければならない。
「頑張るしかないな」
あらゆる傷を瞬時に再生し、絶え間なく戦い続ける――それこそが俺の目指すべき姿だ。
想像しただけで口角が上がってしまう。
こうして俺は、最強へと至るための第一歩を歩み始めた。